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第10話 混乱
しおりを挟む「そう言えば、結局聞けなかったわ……」
記憶の一部である夢の話と、突然のロベルトの行動に振り回されてしまったせいで、ロベルトの婚約者の有無を私は聞きそびれてしまっていた。
それに自分自身の事も……
「知りたいような、知りたくないような……」
そして思う。いくら事故の責任を感じてるからと言っても、ロベルトはいつまでこうして私に会いに来てくれるんだろう?
……記憶が戻るまで? でもいつ戻るかなんてそんな保証はどこにも無い。
もし、このまま私の記憶が戻らなかったら……責任でも何でもこれからもずっと傍にいてくれるのかな……
「……って駄目よ! 私ったら!!」
一瞬、考えてしまった悪い想像を必死に打ち消す。
そんな理由で傍にいられてもお互にとって良くない事になるのは目に見えている。
「頭、冷やそう」
このまま部屋にこもって1人で考え事をしていると、どんどん悪い思考ばかりが浮かんでしまいそうだったので、気分を変えるためにとそっと部屋を出た。
屋敷内なら怒られる事もないはず。
すると近くの部屋からボソボソと話し声が聞こえて来た。
「…………だろ?」
「ですが……」
ロベルトとお兄様だった。
いけない。このままでは盗み聞きになってしまう。そう思って引き返そうとしたのだけど、次に聞こえて来た言葉に私は思わず立ち止まってしまう。
「……つまり、シーギス侯爵令嬢がお前の縁談相手なのか?」
「そうなります」
「……あぁ、あそこの令嬢は婚約者がいなかったからな」
(縁談、相手?)
ロベルトとお兄様の話は続いていたけれど、私にはその後の二人の会話は全く耳に入って来なかった。
フラフラとその場を離れ部屋に戻り、ベッドに突っ伏す。
シーギス侯爵家の令嬢?
縁談相手って言ってたわ。
つまりロベルトはその令嬢と……
ズキンッと胸が痛んだ。
──この先ロベルトの隣にいるのは私じゃないんだ……
「だったら! ……何でキスなんかしたのよ…………」
こんな事なら、あんな思わせぶりな事はしないで欲しかったと心の底から思った。
「……は? リリア何言って……?」
目の前のロベルトは、意味が分からないって顔をしている。
「だから、明日からはもう来なくてもいいわ。そう言っているの」
「いや、だから何で」
お兄様との話を終えたロベルトが、帰る前に私の部屋へもう一度やって来た。
その時に私は「明日からはもう来ないで」そう切り出したのだった。
「そもそも私の事故はロベルトが責任感じる事じゃないでしょ。だから、もう充分だと思うの。記憶だって戻るのかどうかすら分からないんだし。それにー……」
「リリア?」
目を伏せて途中で言葉を切った私にロベルトが怪訝そうな顔で首を傾げる。
「こうも毎日のように私の所に通っていたら、ロベルトの縁談にも差し支えがあるでしょ? 相手の令嬢にも失礼だわ」
「……なっ!?」
「ごめんなさい、さっきお兄様との会話を少し聞いちゃったの。ロベルトには縁談の話があるって」
「いや、待っ……リリア! 違う……それはー」
「もういいのよ。ロベルトは自分の幸せを考えるべきだわ。本当に今日までありがとう」
私は精一杯笑顔を作ってそう言った。
ロベルトはまだ必死に弁解しようとしていたけど、私はそれ以上聞きたくなくて、無理やり追い出した。
「…………これで良かったのよ」
私は独りになった部屋でそう呟く。
だって、これ以上近くにいたらもっと好きになってしまうもの。
ロベルトと私の未来は交わらない──
(スフィア……ごめんね。素直になる以前の問題だったわ)
私の幸せを願ってくれていた親友の顔を思い出して心の中で謝った。
───まさにその頃、スフィアの身に大変な事が起きている事も知らずに。
翌朝、気分は最低だった。
きっと今日からロベルトは来ない。
…………私自身が彼を拒否したのだから当然の事なのに胸がまだ痛かった。
そんな私を更なる衝撃が襲う。
朝食を終えて部屋に戻ろうとした時、お父様とお兄様が私を呼び止めた。
「何かあったの?」
「リリア。落ち着いて聞くんだ」
「?」
二人の顔は真剣だった。……嫌な予感がする。
どうしよう。ロベルトに何かあった? 昨日私が拒否した事と関係ある?
そう思ったのだけど、話は違った。
「実は昨日の夜会で……」
夜会? 夜会と私に何の関係があるの?
ますますなんの事かわからず私は眉を顰める。
だけど、続けて発せられた言葉は私の想像を超えたものだった。
「ランバルド公爵令嬢……スフィア嬢が牢屋へと繋がれた」
「…………え?」
「ニコラス殿下から婚約破棄を突きつけられたらしい。理由は学院でとある令嬢を虐めて陥れたからだ、と」
「!!」
──その言葉を聞いた後、私は無意識に叫んでいた。
「……違うわ!! それはスフィアじゃない! スフィアはそんな事していないわ!!」
「リリア!? お、落ち着け、そんなに興奮するな!」
お兄様が何とか宥めようとしてくるが、私の興奮は止まらなかった。
いや、止められなかった。
だって、親友が牢屋に繋がれたと知って落ち着いていられるわけがない。
ズキズキズキ……
……頭が、とても痛い……今にも割れそうなくらい痛かった。
それは興奮して怒鳴ったせいだろうか。
──だって、違う。スフィアはそんな事をしていない。
私はその事を誰よりも知っている。
ズキンズキンズキン……
あぁ、 頭痛はどんどん酷くなっている気がする。
だけど、そんな事はお構い無しに私はとにかく感じるままに叫んでいた。
「私は知っているもの!! セレン・エンバース男爵令嬢は、スフィアを目の敵にしていたのよ! 嫌がらせを受けていたのはスフィアの方なのだからっ!」
「……リリア、お前…………?」
私の叫ぶ言葉を聞いてお兄様が怪訝な顔をしたが、当の私はそれどころじゃない。
「私は、スフィアに言ったわ! ちゃんと先生や学院、父上である公爵にも報告するべきだって! でもスフィアはいつも“このままでいいの”って、首を横に振ってたのよ! そんなスフィアが罪に問われるなんておかしいでしょう??」
「おい、リリア……」
お兄様がは必死に落ち着かせようとしたけど、私はそれを振り切って更に叫んだ。
「……どうしてよ!? ニコラス殿下は、そんなにスフィアが邪魔だったの!? 殿下は、私を脅すだけじゃ足りなかったの!? ねぇ、お兄様、どうして!!」
私はお兄様の胸をポカポカと叩きながら叫んだ。
「脅す……? リリア、お前、何言って……」
私はとにかく混乱していた。
頭痛もどんどん酷くなっていた。
もはや、自分でも何を言っているのか分からない。
涙で顔もグチャグチャ。息も上手く吸えていなかった。
お兄様は、そんな私の両肩を掴んで落ち着けと声をかけてくる。
「リリア! まず息を吸え! そうだ吸って吐いて」
「………………」
言われるがまま、息を吸っては吐き、興奮しすぎた息をどうにか整える。
「…………」
「なぁ、リリア」
興奮が治まったのが分かったからか、お兄様が落ち着いた声で問いかけてくる。
「お前、さっきから自分が何を口走っているのか分かってるか?」
「……えっ?」
「俺は、“スフィア嬢が、とある令嬢を虐めて陥れたとして、昨日の夜会でニコラス殿下から婚約破棄を突きつけられ牢屋へと繋がれたようだ”とだけ言ったんだぞ?」
「…………?」
だから、何だと言うの?
ニコラス殿下が、スフィアという婚約者がいながら、セレン・エンバース男爵令嬢と人目も憚らず2人で過ごしているのは、学院に通っている者なら誰でも知っている事だった。
セレン嬢は殿下の愛人と言われていた。
そんなセレンが、身分差を気にもせず、ことある事にスフィアにつっかかっていたのも知らない者はいない。
お兄様にそう伝えると、
「……だからだよ、リリア。お前、記憶戻ったのか? 俺はとある令嬢がセレン・エンバース男爵令嬢とは言ってないぞ? いや、もちろん間違っていないんだが……」
お兄様の言葉に私はようやく自分が何を口走っていたか気付いた。
「あ……」
「それに、ニコラス殿下からの脅しって何の事だい? リリア」
そこで初めて今までお兄様の隣で沈黙していたお父様が口を開いた。
「っ!」
スフィアの話を聞いて、興奮した私は気が付いたら叫んでいた。
ニコラス殿下の事も、セレン男爵令嬢の事も……映像が流れるかのように私の頭の中になだれ込んできて私は深く考えることもせず口走って……
──あぁ、そうだった。私はあの日ニコラス殿下から──……
ズキンズキンズキンズキンズキン
更に頭が割れるように痛む。
さっきまでの痛みとは比べ物にならないほどの痛みだった。
「……ゔっ…………」
「「リリア!?」」
私は頭を抱えてその場に倒れ、そのまま意識を失ってしまった。
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