【完結】憧れの人の元へ望まれて嫁いだはずなのに「君じゃない」と言われました

Rohdea

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8. あなたの為に

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「……くっ……うっ」
「ナイジェル様!  大丈夫ですか!?」
「す……すまな……」

 今日もいつものようにナイジェル様の元で話をしていたら、突然苦しみ出した。
 咳き込むことが多かったけれど、今は全身が痛そうだった。

(午前中は治癒魔法と解呪魔法の両方の治療を受けていたのに!)

 ナイジェル様の元には王家から派遣されたそれぞれの能力者が治療に当たっているのだけど、やはり効果がみられていない。

(こんな頻繁に発作を起こしていたら体力が奪われるばかりだわ……!)

 おそらく騎士として体を鍛えていたナイジェル様だからこそ、この呪いに耐えられているのではないかと思う。
 もし、鍛えてもいない普通の人が同じ状態に陥ったら……
 想像するだけでゾッとした。

「ぐっ……」
「ナイジェル様!」

 苦しそうなナイジェル様の手を取って両手でギュッと包み込むように握る。

「大丈夫です、大丈夫ですよ?」 

 私は必死にナイジェル様に向かって声をかける。

「ハァハァ……だ、い……」
「そうです。大丈夫!  すぐに治まりますから」
「くっ……マーゴッ……」 
「はい、私はここにいますよ」

(こんなことしか出来ない自分が悔しい)

 私がこうして手を握るのは、お父様がずっとそうしてくれていたから。
 子供の頃に身体の弱かった私が苦しんでいた時は、いつもお父様はこうして手を握ってくれた。
 そうしてもらうと身体がだんだん楽になっていった。
 だから、自分には力が無いと分かっていても、お母さんが苦しそうな時も私はいつも手をたくさん握ることにしていた。

 ───不思議ね、マーゴットがこうしてくれていると、旦那様の治療より落ち着ける気がするわ。

(なんて口にしてお父様がショックを受けていた時もあったっけ……)

「ナイジェル様、大丈夫、大丈夫です」
「……っ、…………っっ」
「!」

 荒かった呼吸が少し落ち着いてきたかも!
 だけど、すごく手が熱いからこれはかなり熱も上がっていそう……

(ナイジェル様……!  頑張って!)

「…………っ!  ん……」

 途中、私の方が少しクラッと目眩がした気がしたけれど、とにかく私は早く良くなるようにと祈りを込めて手を握り続けた。


───


(……んー……また、少し身体が重い……かな?)

 ナイジェル様の容態が落ち着いたことを確認した私は公爵様の元へと向かった。

「実家に、薬草を取りに行きたい?」
「はい」

 不思議そうな様子の公爵に私は説明をする。

「ナイジェル様、発作が頻繁なのでかなり体力消耗していると思うのです」
「ああ、それは医者からも言われている」
「治癒魔法を使ってその時は回復しても、結局呪いの力の方が上回ってしまってあまり意味をなしていませんよね?」
「確かにその通りだが……」

 それならば、どこまで効果があるかは分からないし変わらないかもしれないけれど、即効性よりも体質の強化に目を向けたらどうかと思った。

(呪いがジワジワくるんだもの、それならこっちもジワジワ体力強化して相殺よ!)

「実家の庭にいくつか体力強化効能のある薬草があったはずなので、少しでも役に立てたらな、と思うのです」
「マーゴット嬢……」

 公爵様には少し涙ぐみながら何度もありがとう、すまないとお礼を言われた。



「……マーゴット!?」
「お父様、ただいま!」

 突然帰宅した私をお父様がオロオロした様子で出迎える。
 顔が真っ青だ。

「ま、まさか、とんでもない粗相して結局、もう公爵家から追い出され……」
「ち、違うから!  薬草を取りに来たの!」

 私は慌てて首を振って否定する。

「薬草?  そ、そうか……あぁ、ナイジェル殿のためか」
「そうよ!」

 私が笑顔で答えたらお父様はホッと胸を撫で下ろす。
 その顔を見てやっぱり、すぐに離縁とならないで良かったと思った。

「うまくやれているなら良かっ…………ん?」
「どうしたの?  お父様」

 早速、腕まくりして庭に向かおうとした私の顔をまじまじと見たお父様が怪訝そうな表情になる。

「マーゴット、お前少し疲れていないか?」
「え?  あ……うん。少し身体が重いかな、とは思っていたけれど?」
「……ちょっと庭に行くのは待ってそこに座りなさい!」
「え?  あ、ちょっ……」

 お父様はそう言って強引に私を一旦座らせると、額に手を置いた。

(……あたたかい)

 重かった身体が軽くなっていくのを感じた。

「……少しどころか、かなり疲れているじゃないか」
「あら、お父様。新しい生活が始まったのだからそれは仕方がないと思うの」
「……それはそうだが」

 お父様はやはり公爵家の嫁ともなると気苦労も……などとブツブツ呟いている。

「マーゴット、お前は昔から疲労を蓄積してしまうタイプなのだから───って、人の話を聞きなさい!」
「え?  でもお父様のおかげでもう元気になったわ!  だから早く庭に……」

 私が再度腕まくりをしているのを見たお父様がギョッとしていた。

「いや、そんなに急がんでも……」
「え?  でも、早く持って帰ってお茶にしてナイジェル様に飲ませてあげたいんだもの!」
「マーゴット……お前!」
「では、庭に行ってきまーす!」
「こら!  マー……」

 私はそう言ってお父様の前から飛び出した。



「……」

(お父様の様子……変わらなかったなぁ)

 廊下を進みながら私はそんなことを考えていた。

 今回の求婚が人間違いだった件は、公爵様がお父様の元に出向いて直接謝罪したという。
「よりにもよってプラウズ家だとーーーー!?」
 お父様は話を聞いて最初はそう怒ったらしい。
 けれど、そもそもの家名が紛らわしい問題から始まり、色々と確認を怠ったこちらにも落ち度があったことも含めて、最終的には私の気持ちを尊重してくれることになった。

「……お父様、私ね?  もう一度元気になって剣をふるうナイジェル様の姿が見たいの」

 だから、しばらくはこの我儘を許して────……



 ナイジェル様の為に使えそうな薬草を見繕って公爵家に帰宅した私は、そっとナイジェル様の様子を窺う。

(まだ、眠っているみたいね)

 私はそっと部屋の中に入りナイジェル様の手を取る。

「ナイジェル様!  色々持ってきましたよ!  あ、中には苦いのもありますけどそこは我慢してくださいね!」
「……」
  
 何となくだけど、子供みたいに“苦いの嫌だ”とか言いそうな雰囲気があるのよね。
 そんな姿を想像するだけでつい笑ってしまう。

「……早くナイジェル様が元気になりますように」

 私は、心からそう願う。
 呪いが解けるまで───そう言ったのは私。
 だから“その時”が来れば、きっと“別れ”が待っていると分かっていても。それでも願わずにはいられない。



 その後、目覚めたナイジェル様に薬草を煎じたお茶を淹れたところ、予想通りの反応をしたので大笑いしたら、ちょっと不貞腐れていて可愛かった。
「これは嫌がらせか!」
 なんて言っていたくせに、よくよく見たら律儀に全部飲み干していたので、これまた私の笑いが止まらなくなった。

 ───そんな日々を送っていた私の元に一通のパーティーの招待状が届く。

 それは、フィルポット公爵家に嫁いでから初めての社交場への誘いだった。

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