【完結】憧れの人の元へ望まれて嫁いだはずなのに「君じゃない」と言われました

Rohdea

文字の大きさ
31 / 34

31. 失った記憶と引き換えに

しおりを挟む


 もしも、あの光が“封印”の解けたことによる光だったなら。
 夫も何らかの力を封印していたことになる───……

 そう思った私はおそるおそる夫を見ると、静かに自分の手のひらを見つめていた。
 そして、私の視線に気付いた夫がこっちに視線を向ける。

「マーゴット?  どうかしたの?」
「…………あの!  ナイジェル様、“フィルポット公爵家”の力ってなんですか?」
「我が家の力?  どうしたの急に?」

 質問が唐突過ぎたせいか、夫は驚いていた。
 だけど、どうしても気になる。

(ナイジェル様は一体なんの力を持っているの?)

「我が家の力は“守護”だよ」
「守護……」
「うん。王族でもあり、筆頭公爵家として国を護るお役目の一つを請け負っている」
「そ、そうでしたか」

 義父はそんな大層なお役目を持っていたのか、と思った。
 そして夫も───……

「だから、俺はその力を活用して騎士団にいたわけだけど……」

 夫はそう言って少し遠い目をした。
 詳しくは分からないけれど、現場を離れて一年以上のブランクは大きいのかもしれない。
 だからこそ思う。

(いつか、この人が剣をふっている姿が見たいなぁ……)

 その姿を見て興奮して鼻血を出しちゃう自分が容易に想像出来た。
 でも今、私が確認したいことは……夫の力の“封印”に関すること。

「───ナイジェル様。あなたの持つ“力”って本当にそれだけですか?」
「えっ!?」

 夫の身体が分かりやすく震えた。
 これは明らかに動揺している。

「ナイジェル様!」

 もう一度、私が力強く呼びかけると夫は観念したように笑った。

「───やっばり、あの光は異様だったから……さすがにおかしいと思うよね」
「……」
「俺もびっくりした。まさか解けるなんて思わなかったから」

 その言葉で夫には何らかの封印された力があることを認めたことになる。

「昨日、帰ったあとに確認してもらったよ。封印は解けていた」
「……解けるとは思わなかったってどういうことですか?」
「自分より強い力を持った“封印”の使い手でないと、絶対に解けない仕様になっていたんだ」
「え……?」

 そう言われて、私は思わずペンダントを握りしめた。

(自分より強い力……?  それって)

「───小さい頃にお前の力を解放出来そうな人は居なくなってしまったなぁ……って、父上に言われたけど、それってきっとマーゴットの母君のことだったんだと思う」
「……!」
「そう思うと不思議な繋がりだ」

 夫はそう言って柔らかく笑った。

「まぁ、この一年は“守護”の力さえも使えない状態だったから、それどころじゃなかったけど」
「……」

 この話……これ以上、踏み込んでもいいのかしら?
 でも、知りたい。
 私はナイジェル様のことがもっと知りたい!

 そう思った私は遠慮せずに聞いてみることにした。

「ナイジェル様……それって」
「───王族の血を引くものは、通常とは異なる“力”も授かるんだ」

 私が全部訊ねる前に教えてくれた。

「通常とは異なる力も……ということは力は二つ?」
「そう。だけど、どんな力を授かるかは血筋関係なくて人それぞれ。俺も例に漏れずに授かったけど……」
「……」
「ただ、強力な力だったから俺の身にもよくないということで、まだ物心がつくかつかないかの頃に封印されたらしいよ。正直、その時のことは覚えていない」

 物心がつくかつかない頃……?
 つまり、自分でもよく分からないうちに封印されて、今回、お母様の形見のペンダントの力でその封印が解けてしまった───……?

「────マーゴット」
「ナ、ナイジェル様!  ……か、身体は大丈夫なのですか!?」

 まだ病み上がりの身体なのに、そんな力なんて解放してしまって……!
 ────何かあったらどうしよう!
 私がそんなことを思って泣きそうになっていたら、夫の手がポンッと頭に置かれた。
 そして、そのまま私の頭を優しく撫でてくれる。

「……えっと?」
「心配かけてごめん。でも、大丈夫だから」
「ほ、本当に……?」
「ああ。自分でも不思議なんだけど、全然大丈夫みたいなんだ、ほら!」
「……」

 そう言われて改めて夫の顔や身体を見てみるけれど、確かに辛そうにしている様子はない。

(よかった……)

 私はホッと胸を撫で下ろす。
 夫はそんな私の頭をもう一度撫でながら言った。

「……マーゴット。君は母君の記憶がないと言っていたよね?」
「え? ええ……」

 夫は頭を撫でるのを止めると、じっと私の瞳を見つめる。

「それを聞いて思ったよ。俺は、マーゴットの記憶を何がなんでも取り戻したい」
「……え?」
「母君がどんな人だったのかなら、人伝に聞くことは出来るだろう。でも、実際に母親と過ごす中でマーゴット自身が感じていた思いはマーゴットの中にしかないものだ」
「……っ」
「その全てが無かったことになるのは…………悲しい」
   
 夫が言った言葉は私が感じていたことそのもので……涙が出そうになった。
 でも、涙をこぼさないようにとこっそり拭う。

「記憶があってもなくてもマーゴットはマーゴットだけど……記憶がないことを実感するたびにマーゴットが憂い顔になるのは俺も……悲しい」
「ナイジェル様……」

 その気持ちは嬉しい。
 だけど、私の記憶喪失はただの記憶喪失ではない……力を使ったことによる代償。
 普通の記憶喪失と違ってきっと、元に戻す方法なんてない。
 そう思ったのだけど……

「マーゴット。俺のこの力を使えば君の記憶が戻せるかもしれない」
「え?」

(記憶を……戻せる……?)

 その言葉にトクンッと胸が高鳴る。
 そんな特別な力を持っているの?
 それなら───と思いかけてハッと気付く。

(そんな大きな力、代償もなしに使えるはずがないわ……)

 私は気持ちを落ち着けてから訊ねる。

「……ですが、私があなたを助けるために記憶を失くしたように、大きな力を使うには代償が必要……ですよね?」
「そうだ。この王家の力を使うにはもちろんそれなりの代償が必要だ」
「───嫌!」

 私は無意識のうちにそう叫んでいた。

「マーゴット?」
「あなたが……ナイジェル様が、し、死んでしまうのも……わ、私みたいに記憶を失うのも……嫌!  絶対に嫌!!」

(……あなたを失うくらいなら……記憶なんて戻らなくても構わない!)

「……マーゴット」
「それだけは……嫌なの」

 私がそう訴えた時、ナイジェル様は腕を伸ばしてギュッと私を抱きしめた。

「……王家の力を使う時の代償は決まっているんだ」
「決まっている……?」
「ああ。命を取られたり記憶を失うものではないよ。だから、心配はいらない」
「ほ、本当?」

 私が聞き返すと、夫は苦笑しながら言った。

「だって力を使って簡単に死んじゃったら王族は誰もいなくなっちゃうかもしれないだろう?」
「そ、それはそうです……けど」
「それに……マーゴットが自らを犠牲にしてまで救ってくれたこの命を俺は絶対に無駄になんてしない。そう決めている」

 その言葉と共に私を抱きしめている腕に力が入った。

「だから、俺にこの力を使わせてくれ。マーゴット」
「……」

 今すぐ頷いてしまいたい。
 でも、これだけは絶対に聞いておかないと駄目だ。

「そ……それなら、私の記憶と引き換えに、あなたが請け負うことになる代償は……なんなのですか?」
「……」

 私のその質問に夫は静かに微笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 203

あなたにおすすめの小説

手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです

珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。 でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。 加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。

【完結】想い人がいるはずの王太子殿下に求婚されまして ~不憫な王子と勘違い令嬢が幸せになるまで~

Rohdea
恋愛
──私は、私ではない“想い人”がいるはずの王太子殿下に求婚されました。 昔からどうにもこうにも男運の悪い侯爵令嬢のアンジェリカ。 縁談が流れた事は一度や二度では無い。 そんなアンジェリカ、実はずっとこの国の王太子殿下に片想いをしていた。 しかし、殿下の婚約の噂が流れ始めた事であっけなく失恋し、他国への留学を決意する。 しかし、留学期間を終えて帰国してみれば、当の王子様は未だに婚約者がいないという。 帰国後の再会により再び溢れそうになる恋心。 けれど、殿下にはとても大事に思っている“天使”がいるらしい。 更に追い打ちをかけるように、殿下と他国の王女との政略結婚の噂まで世間に流れ始める。 今度こそ諦めよう……そう決めたのに…… 「私の天使は君だったらしい」 想い人の“天使”がいるくせに。婚約予定の王女様がいるくせに。 王太子殿下は何故かアンジェリカに求婚して来て─── ★★★ 『美人な姉と間違って求婚されまして ~望まれない花嫁が愛されて幸せになるまで~』 に、出て来た不憫な王太子殿下の話になります! (リクエストくれた方、ありがとうございました) 未読の方は一読された方が、殿下の不憫さがより伝わるような気がしています……

『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』

ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。 現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?

宮永レン
恋愛
 没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。  ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。  仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……

せめて、淑女らしく~お飾りの妻だと思っていました

藍田ひびき
恋愛
「最初に言っておく。俺の愛を求めるようなことはしないで欲しい」  リュシエンヌは婚約者のオーバン・ルヴェリエ伯爵からそう告げられる。不本意であっても傷物令嬢であるリュシエンヌには、もう後はない。 「お飾りの妻でも構わないわ。淑女らしく務めてみせましょう」  そうしてオーバンへ嫁いだリュシエンヌは正妻としての務めを精力的にこなし、徐々に夫の態度も軟化していく。しかしそこにオーバンと第三王女が恋仲であるという噂を聞かされて……? ※ なろうにも投稿しています。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

処理中です...