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31. 失った記憶と引き換えに
しおりを挟むもしも、あの光が“封印”の解けたことによる光だったなら。
夫も何らかの力を封印していたことになる───……
そう思った私はおそるおそる夫を見ると、静かに自分の手のひらを見つめていた。
そして、私の視線に気付いた夫がこっちに視線を向ける。
「マーゴット? どうかしたの?」
「…………あの! ナイジェル様、“フィルポット公爵家”の力ってなんですか?」
「我が家の力? どうしたの急に?」
質問が唐突過ぎたせいか、夫は驚いていた。
だけど、どうしても気になる。
(ナイジェル様は一体なんの力を持っているの?)
「我が家の力は“守護”だよ」
「守護……」
「うん。王族でもあり、筆頭公爵家として国を護るお役目の一つを請け負っている」
「そ、そうでしたか」
義父はそんな大層なお役目を持っていたのか、と思った。
そして夫も───……
「だから、俺はその力を活用して騎士団にいたわけだけど……」
夫はそう言って少し遠い目をした。
詳しくは分からないけれど、現場を離れて一年以上のブランクは大きいのかもしれない。
だからこそ思う。
(いつか、この人が剣をふっている姿が見たいなぁ……)
その姿を見て興奮して鼻血を出しちゃう自分が容易に想像出来た。
でも今、私が確認したいことは……夫の力の“封印”に関すること。
「───ナイジェル様。あなたの持つ“力”って本当にそれだけですか?」
「えっ!?」
夫の身体が分かりやすく震えた。
これは明らかに動揺している。
「ナイジェル様!」
もう一度、私が力強く呼びかけると夫は観念したように笑った。
「───やっばり、あの光は異様だったから……さすがにおかしいと思うよね」
「……」
「俺もびっくりした。まさか解けるなんて思わなかったから」
その言葉で夫には何らかの封印された力があることを認めたことになる。
「昨日、帰ったあとに確認してもらったよ。封印は解けていた」
「……解けるとは思わなかったってどういうことですか?」
「自分より強い力を持った“封印”の使い手でないと、絶対に解けない仕様になっていたんだ」
「え……?」
そう言われて、私は思わずペンダントを握りしめた。
(自分より強い力……? それって)
「───小さい頃にお前の力を解放出来そうな人は居なくなってしまったなぁ……って、父上に言われたけど、それってきっとマーゴットの母君のことだったんだと思う」
「……!」
「そう思うと不思議な繋がりだ」
夫はそう言って柔らかく笑った。
「まぁ、この一年は“守護”の力さえも使えない状態だったから、それどころじゃなかったけど」
「……」
この話……これ以上、踏み込んでもいいのかしら?
でも、知りたい。
私はナイジェル様のことがもっと知りたい!
そう思った私は遠慮せずに聞いてみることにした。
「ナイジェル様……それって」
「───王族の血を引くものは、通常とは異なる“力”も授かるんだ」
私が全部訊ねる前に教えてくれた。
「通常とは異なる力も……ということは力は二つ?」
「そう。だけど、どんな力を授かるかは血筋関係なくて人それぞれ。俺も例に漏れずに授かったけど……」
「……」
「ただ、強力な力だったから俺の身にもよくないということで、まだ物心がつくかつかないかの頃に封印されたらしいよ。正直、その時のことは覚えていない」
物心がつくかつかない頃……?
つまり、自分でもよく分からないうちに封印されて、今回、お母様の形見のペンダントの力でその封印が解けてしまった───……?
「────マーゴット」
「ナ、ナイジェル様! ……か、身体は大丈夫なのですか!?」
まだ病み上がりの身体なのに、そんな力なんて解放してしまって……!
────何かあったらどうしよう!
私がそんなことを思って泣きそうになっていたら、夫の手がポンッと頭に置かれた。
そして、そのまま私の頭を優しく撫でてくれる。
「……えっと?」
「心配かけてごめん。でも、大丈夫だから」
「ほ、本当に……?」
「ああ。自分でも不思議なんだけど、全然大丈夫みたいなんだ、ほら!」
「……」
そう言われて改めて夫の顔や身体を見てみるけれど、確かに辛そうにしている様子はない。
(よかった……)
私はホッと胸を撫で下ろす。
夫はそんな私の頭をもう一度撫でながら言った。
「……マーゴット。君は母君の記憶がないと言っていたよね?」
「え? ええ……」
夫は頭を撫でるのを止めると、じっと私の瞳を見つめる。
「それを聞いて思ったよ。俺は、マーゴットの記憶を何がなんでも取り戻したい」
「……え?」
「母君がどんな人だったのかなら、人伝に聞くことは出来るだろう。でも、実際に母親と過ごす中でマーゴット自身が感じていた思いはマーゴットの中にしかないものだ」
「……っ」
「その全てが無かったことになるのは…………悲しい」
夫が言った言葉は私が感じていたことそのもので……涙が出そうになった。
でも、涙をこぼさないようにとこっそり拭う。
「記憶があってもなくてもマーゴットはマーゴットだけど……記憶がないことを実感するたびにマーゴットが憂い顔になるのは俺も……悲しい」
「ナイジェル様……」
その気持ちは嬉しい。
だけど、私の記憶喪失はただの記憶喪失ではない……力を使ったことによる代償。
普通の記憶喪失と違ってきっと、元に戻す方法なんてない。
そう思ったのだけど……
「マーゴット。俺のこの力を使えば君の記憶が戻せるかもしれない」
「え?」
(記憶を……戻せる……?)
その言葉にトクンッと胸が高鳴る。
そんな特別な力を持っているの?
それなら───と思いかけてハッと気付く。
(そんな大きな力、代償もなしに使えるはずがないわ……)
私は気持ちを落ち着けてから訊ねる。
「……ですが、私があなたを助けるために記憶を失くしたように、大きな力を使うには代償が必要……ですよね?」
「そうだ。この王家の力を使うにはもちろんそれなりの代償が必要だ」
「───嫌!」
私は無意識のうちにそう叫んでいた。
「マーゴット?」
「あなたが……ナイジェル様が、し、死んでしまうのも……わ、私みたいに記憶を失うのも……嫌! 絶対に嫌!!」
(……あなたを失うくらいなら……記憶なんて戻らなくても構わない!)
「……マーゴット」
「それだけは……嫌なの」
私がそう訴えた時、ナイジェル様は腕を伸ばしてギュッと私を抱きしめた。
「……王家の力を使う時の代償は決まっているんだ」
「決まっている……?」
「ああ。命を取られたり記憶を失うものではないよ。だから、心配はいらない」
「ほ、本当?」
私が聞き返すと、夫は苦笑しながら言った。
「だって力を使って簡単に死んじゃったら王族は誰もいなくなっちゃうかもしれないだろう?」
「そ、それはそうです……けど」
「それに……マーゴットが自らを犠牲にしてまで救ってくれたこの命を俺は絶対に無駄になんてしない。そう決めている」
その言葉と共に私を抱きしめている腕に力が入った。
「だから、俺にこの力を使わせてくれ。マーゴット」
「……」
今すぐ頷いてしまいたい。
でも、これだけは絶対に聞いておかないと駄目だ。
「そ……それなら、私の記憶と引き換えに、あなたが請け負うことになる代償は……なんなのですか?」
「……」
私のその質問に夫は静かに微笑みを浮かべた。
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