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15. 眼鏡と共に誓う未来
しおりを挟む無理! さっぱり分からないわ。
どれだけ会場内を見渡してもアーネスト様が何処にいるのかなんて分からない。
このままでは、私だけでなくトリントン伯爵家そのものが処罰を受ける事になってしまう。それだけは何としても避けたい。
そして私はアーネスト様と生きていきたい。
そんな事をぐるぐる考えていた私は足元が大変疎かになっていたようで、ズルっと足を滑らせてしまった。
「……ひっ!」
衝撃を覚悟したのに何故か何も起きない。
おそるおそる目を開けると私は見知らぬ女性に支えられていた。
(あ、あれ……助けられた?)
「あ、ありがとうございます……」
顔はよく見えないけれど、お姉様に似た雰囲気の豊満な身体を持つ女性だった。
ちょっと羨ましいわね、こんな時なのにそんなどうでもいい事を考えてしまった。
(今、考えるのはそこじゃないわ!)
なんとなく会場内の空気がホッとしているように感じるのは今の転びそうになった一部始終を見られていたからだと思うと恥ずかしい。
(アーネスト様もどこかで私を見てるかしら?)
今の情けない私の姿は忘れてくれないかしらね。
「本当にありがとうございました」
助けてくれた令嬢に再度お礼を言いながら顔を上げたその時、
(あ、れ?)
「……?」
何故か胸がドクンッと鳴った。
(いえ…………でも、まさか、そんなはず……)
だけど、何故か私の心が何かを叫んでいる。
(どうして?)
私がそんな考え事をしている間、すでに助けてくれた令嬢は私のそばを離れ人混みの中に戻ろうとしていた。
「……っ、そこのあなた、待って!」
気付くと私は令嬢に向かって叫び、彼女の元へ走り出した。
──今、彼女を見失ってはダメ! そんな気持ちが湧き上がって来たから。
「おい? クリスティーナ。何をしてるんだ? 君は血迷ったのか?」
ヴィルヘルム殿下の馬鹿にしたような声が聞こえる。
だけど、そんなの関係無い。
だって私の心が“この人だ”って言っているんだもの!
私はその令嬢の前に辿り着くと顔を上げて、その人をじっと見つめた。
表情は分からない。
でも、間違いない。
「……アーネスト様、ですよね?」
私の言葉に会場内がざわめく。
一気に視線が集中したのが分かる。
「は? 何を言っている! それはどこからどう見ても女性だろう!?」
ヴィルヘルム殿下が再び馬鹿にしたような声を出した。
「いいえ、私には分かります! この方はアーネスト殿下に間違いありません!」
変装したとは聞いていたけど、まさかドレスを着て女装してるなんて思わない。
髪の色から何から何までアーネスト様を彷彿とさせるものは何一つ無い。
……私の心以外は。
だから、私はもう一度声を張り上げた。
「この方です!! 私は誰よりも大切な人を間違えたりしません!」
「……なっ!!」
ヴィルヘルム殿下がそう小さく叫んだと同時に目の前の令嬢……アーネスト様(女性版)が動いた。
「クリスティーナ……!」
そう言ってアーネスト様は、どこから出したのか私の顔に眼鏡を掛ける。
お姉様が私に持たせてくれた予備の眼鏡。
あの夜の逢瀬の時にアーネスト様に「私だと思って持ってて下さい」と、渡していたあの眼鏡。
視界がクリアになった事でよりハッキリ見える。
ドレスなんて着ちゃって女装してるけれど、ばっちりお化粧まで決めてしまっているけれど、アーネスト様だ。
「アーネスト様、嫉妬しちゃうくらいお綺麗です」
「え?」
「それに、お胸までしっかりと……」
さっきも思ったけれど、アーネスト様(女性版)は、お姉様みたいな豊満な身体をしていた。
ズルいわ! 偽物だと分かっていても私よりあるのでは?
思わずツルペタの自分の胸を見る。……とってもとっても悲しくなった。
「え!? あはは、そこなんだ? これはマデリーン嬢が張り切ってくれてね」
アーネスト様がとても綺麗な顔で笑う。くぅ! なんて美人なの……!
キラキラ王子ならぬキラキラ王女!
そして悔しいけどお姉様、流石です!!
そんな事を思っていたらそのまま優しく抱き締められた。
「……僕を見つけてくれてありがとう、クリスティーナ」
「アーネスト様……」
「それと、クリスティーナ。誕生日おめでとう!」
「あ……」
その日、初めて祝われたおめでとうの言葉は、誰よりも大好きなアーネスト様からだった。
(……嬉しい)
「だけど、何で女装しているんですか?」
「この姿ならクリスティーナに近付いても兄上が警戒しないかな? と思ってね。隙を見て攫うつもりだったのに、伯爵に良い所を全部持ってかれちゃった」
アーネスト様(女性版)が残念そうに笑う。
「……私のお父様ですから」
「うん、そうだね。僕はクリスティーナもクリスティーナの家族も大好きだ」
「ふふ、ありがとうございます」
私達はそうして静かに微笑み合い、その場でしばらくお互いを抱き締め合っていた。
◇◇◇
「クリスティーナ!」
「アーネスト様?」
それから。
ヴィルヘルム殿下は、大勢の前で私があの中からアーネスト様を見つけ出せたら婚約の話を無かった事にする! と宣言していた事で後戻り出来なくなり、約束通り婚約の話を全て無かったことにしてくれた。
そんなヴィルヘルム殿下は、私の気持ちを無視して話を進めた事や、私を脅して王宮に軟禁していた事などが周囲にバレて今は謹慎しているらしい。
その辺のもろもろゴタゴタが片付き、ようやく今日、私とアーネスト様の婚約が正式に結ばれる運びになった。
「……どうして、中庭に呼ばれたのです?」
私が首を傾げながら尋ねると、アーネスト様がフッと笑った。
「どうしてもここでもう一度ちゃんと言いたかったんだ」
「何をー?」
「クリスティーナ・トリントン伯爵令嬢」
アーネスト様が私の前に跪いた。
「初めてこの場所で会った時から僕は君の事が好きだった。今も変わらず君が好きです。だから、僕と結婚して下さい」
「……ここ?」
「そう。僕達……まぁ、兄上もだけど……ここで初めて会ったんだよ」
「……」
「クリスティーナは迷子になっていた。なのに、君は強がって……」
「「迷子なのは私じゃないわ! お父様とお母様よ」」
私とアーネスト様の言葉が重なった。
「そう。クリスティーナはそんな可愛い事を言っていたね」
「あ、あ、あの時の……!」
ようやく思い出した。昔、まだ眼鏡を掛ける前……お父様とお母様に連れられてここに来た事がある。
私は案の定、迷子になって……男の子に助けられた。
そのまま私はその男の子と遊んだわ。そうね、確か途中で勉強だかなんだかをサボって昼寝してたもう一人男の子を捕まえて……無理やり遊びに加えて……最後は3人で遊んだ……
でも、私はその男の子達の顔を全く覚えていなかったわ。見えていなかったから。
「迷子のクリスティーナを助けたのが僕。だけど、クリスティーナとはその後、すれ違いが続いたのか全然会えなくて。でも、あの舞踏会でようやく見つけた。一目であの子だって分かったよ」
「……眼鏡をしていたのに?」
おそらく、ヴィルヘルム殿下は私が眼鏡を取るまで気付かなかった。
それくらいこの眼鏡は私の顔立ちや印象をガラリと変えてしまっていたと言うのに。
「もちろん! すぐ分かったよ。眼鏡を掛けてても可愛いなってずっと舞踏会の間、見ていたからね!」
そう口にするアーネスト様の顔に嘘は無い。
「アーネスト様、私を眼鏡ごと……愛してくれますか?」
「当たり前だよ! 前にも言ったよ? 眼鏡を掛けてるクリスティーナの可愛いところは僕だけが知っていたい。だから、これからもこの先もそのままの眼鏡でいて欲しい」
「……ふふ、そのままの眼鏡って」
その言い方が可笑しくて思わず笑いがこぼれる。
「アーネスト様……ありがとうございます。どうか私をあなたの唯一の眼鏡にして下さい」
「…………! あははは! うん、分かった。唯一の眼鏡……ははっ」
私の言葉に一拍遅れてアーネスト様が笑い出した。
────こうして私達は眼鏡と共に将来を誓い合った。
◇◇◇
「そうそう、クリスティーナ。言ってなかったけどね? そして多分君は分かっていなかったと思うのだけど」
「?」
あれからあっという間に時は流れ、気付けばもう私とアーネスト様の結婚式の前日になっていた。
「この国の王位継承は生まれた順では無いんだよね」
「……へ?」
「僕の結婚を持って正式に王太子が発表される事になっているよ」
「……えーと?」
それって、まさか……
「つまりだ。僕が王太子に選ばれれば君は王太子妃となり、ゆくゆくは王妃になるって事だね」
「…………」
そう言って笑顔を見せるアーネスト様。いや、あなた分かってて今日まで黙ってたわよね?
王子妃教育は受け始めてたけど、そんな事、誰も教えては……
いや、常識すぎて教える話でも無かったって事!?
「め、眼鏡には無理ですっ!!」
「いやいや、そんな事は無いからね?」
「で、でも、ヴィルヘルム殿下や2番目の王子様がー……」
何故かアーネスト様が残念そうに首を横に振る。
「ヴィル兄上は、謹慎は解けたけどクリスティーナへの失恋のショックから未だ立ち直れず、困った事に今はまともに公務をしていない。ルキ兄上はもともと身体が弱くて引きこもりだからなぁ……」
「!!」
ここに来て今まで何故、2番目の王子の存在感が無かったのかをようやく知った。まさかの引きこもり! どうりで王宮に通っても全く会わないはずだわ!
そして、ヴィルヘルム殿下……どうしちゃったのよ……姿が見えないなとは思ってはいたけれど……
「一緒に頑張ろうね、クリスティーナ!」
「ひぃぃ!」
アーネスト様がとてもいい笑顔で言い切った!
(あ、無理。逃れられない……)
どうやら私は眼鏡ごと愛してくれる人を手に入れたけれど、引き換えにとんでもない地位へつく事になりそうだった。
ルスフェルン王国に眼鏡の王妃と、その眼鏡の王妃をこよなく溺愛する王が誕生するのは、もう少し先の話───
~完~
✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼
これで完結です!
ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました!
いつも書きたい話を好きな様に書き散らかしている私ですけど、今回は完全に趣味に走ったと言いますか……
どう振り返っても眼鏡しか言ってないこの話を、思ってた以上に読んでくれた方が多くいてくださった事が本当に嬉しくて幸せ者だなと思ってます。
ちなみに最初に浮かんだのが第2話のお父様との会話の部分で、その後にタイトルが浮かび書き始めた話でした。
(私には珍しいパターン)
3人の出会いの話を途中で挟もうかなとも思ったんですけど、何かしっくりこなくてやめちゃいました。
(私の脳内設定では)怖いもの知らずのクリスティーナに王子2人がひたすら振り回されてる感じでした。
どこに惚れる要素が……
私は、終始楽しんで書いていましたが、読んでくださった皆様の少しでも暇潰しになれていれば幸いです。
いつもの事ですが、お気に入り登録、感想、etc 本当にありがとうございました!
もちろん、たまたま目にして読んでくれただけでもありがとうございます!
そして、毎度の事ですが、
入れ替わりで新しい話も始めましたので、もしよろしければまたお付き合い頂けたら嬉しいです。
『飽きたからと捨てられていたはずの姉の元恋人を押し付けられたら、なぜか溺愛されています!』
何とまぁ……捻りも何も無い、先の読めるタイトルですが(笑)
新しい話に出てくるお姉様は嫌なヤツです。
もし、ご興味があれば!
本当にありがとうございました✩°。⋆⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝
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