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第3話 隣国へ
しおりを挟むファーレンハイト国までの道のりは誰からも見送られる事のないまま出発し、一緒に着いてきくれる侍女もいない私にとってはとにかく孤独だった。
(こんな手紙、破り捨ててしまいたい)
何度も何度もそんな衝動に駆られながら、我慢し続けた私を乗せた馬車は淡々と道を進み、あっという間に国境までやって来た。
ここで、私は迎えに来ているファーレンハイト国の馬車に乗り換える事になっている。
(一応、護衛として私の乗る馬車に着いて来ていたアピリンツ国の者達とはここでお別れね……)
そんなアピリンツの国の者達は、国境に着いて私を馬車から降ろし、ファーレンハイト国の者に私を引き渡すと挨拶もなくさっさと引き上げて行く。
当然、引き継がれたファーレンハイト国の者達は驚きを隠せない。
「お、王女殿下……もしかしてお一人……なのですか?」
「……ええ」
「それに、そのお召し物……何故……ヴェールを?」
「これは…………祖国の風習なのです。夫となる者以外にあまり顔を見せてはいけないという……」
もちろん、これは真っ赤な嘘。そんな風習は無い。
私はお父様達の命令で出発時にヴェールを被らされていた。
これは、ファーレンハイトの城に着くまでに、万が一、お姉様の顔を知っている人に会ってしまった時に怪しまれない為の対策だと言われた。
(本当に……あの人達はどこまで腐っているのかしら)
「そうなのですね。そんな風習が……あ、えっと、お疲れではありませんか? 少し休んでから出発されますか?」
「いいえ、大丈夫。あなた達の無理のないスピードでなるべく早く到着するように……お願い」
「承知しました」
(ファーレンハイト国は我が国と違って広いもの。ここから王宮のある王都までは、まだまだ数日かかるはず)
出来る範囲で構わないから少しでも急いでもらいたい。
とにかく私は一刻も早く解放されたかった。
ガタゴトと馬車に揺られながら考える。
(私を迎えに来たファーレンハイト国の人達は今頃……)
───輿入れに来たアピリンツ国の王女はちょっとおかしいのでは?
そんな風に思われている気がする。
ヴェールの件だってかなり無理やりな話だったもの。
だけど、本当にこの先の自分はいったいどうなるのかしら?
私はお姉様の代わりなんてなれないのに。
それに、“力”を求められたらどうしたらいい?
───そんな事を考えていた時だった。
ガタンッ
急に馬車が変な音を立てて停車した。
(……何? 車輪でも外れてしまったのかしら?)
まさか、野盗とか物盗り──……
変な事を一瞬考えてしまったけれど、外が騒がしくしている様子はないので、おそらくは違う。
では何かと思い、カーテンの隙間からそっと外を除くと、馬車に付き添っている護衛に話しかけている集団がいて何やら深刻な顔をしていた。
(あの人達の格好は護衛の人達と同じね。これは、お城から何か伝達事項でもあったのかしら?)
そう思った。
さらに言えば、こんな所で馬車の足を止めさせているくらいなのだから、かなり緊急の用事なのが窺える。
気にはなったけれど、私の出る幕ではないと思い大人しく待つ事にした。
「王女殿下」
少しして、馬車の扉をコンコンと叩く音がしたので私はそっと顔を出す。
「すみません、王女殿下。実はその……」
「?」
「き、緊急事態が発生しておりまして……わ、我々もどうしたら良いのか……」
そう話す彼の顔色は相当悪く、良くない方面での緊急事態だと分かる。
「……私はこのままお城に向かわない方が良いというお話かしら?」
「い、え……このまま王女殿下を放り出すわけには参りませんのでそれは無いのですが」
「そう……」
確かにここでいきなり放り出されてしまうのは困る。
(だけど、本当に何があったのかしら?)
「王女殿下。とりあえず我々は予定通りお城には向かいますが……詳しくはお城に着いてからお話があるかと思います」
「わ、分かったわ」
含みのあるその言い方に何があったのか無性に気になりながらも馬車は再び走り出した。
───
休み休みの行程で辿り着いたファーレンハイト国の王宮は、アピリンツ国の王宮とは比べ物にならないほど広く大きかった。
私はお城を見上げながら思う。
(高い、大きい! そして、本当に広いわ……)
とにかく語彙力皆無になるほど圧倒的だった。
ヴェールがあって良かったかもしれない。
だって、きっと今の私は間抜けな顔をしている自信がある。
「王女殿下! ようこそファーレンハイト国へ。私はこの国の宰相を務めております、二ーギムと申します」
私がお城を見上げながら呆けていると、この国の宰相を名乗る人物が私を出迎えてくれた。
……だけど。
(……何だかやつれている?)
頬はこけて目の下には大きなクマが出来ている。
明らかにまともに眠っていないと分かる程のやつれっぷりだった。
(まさか、これも例の緊急事態とやらのせい?)
「あー、申し訳ございません、王女殿下。実はここであなたの夫となる“国王陛下”との顔合わせ……となるはずだったのですが……」
「……」
なるほど。その緊急事態とやらで顔合わせどころでは無い、という事ね。
対応に追われているのかしら?
私は、瞬時にそう理解した。
「分かりました。それでは、陛下との顔合わせは後にするとして、先ずは部屋に案内して貰えると助かります」
「そ、そうですね。そうしましょう」
こうして私は、肝心の国王陛下と顔を合わせる事もないまま部屋へと案内された。
「…………もう、いいわよね?」
部屋に案内された私は、ずっとずっと邪魔だったヴェールを外す。
一人でいる時なら外しても構わないはず。
「やっと息が出来るわ」
と、大きく深呼吸をしたその時、部屋の扉がノックされた。
(誰かしら?)
一応、念の為、もう一度ヴェールを被り、私は扉の向こうの人物に声をかけた。
「……どちら様?」
「お疲れのところ、申し訳ございません。私達は王女殿下のお世話係です」
「お世話係?」
とりあえず不審者ではなさそうなので扉を開けると、王宮侍女と思われる数名が部屋に入って来た。
「失礼致します、王女殿下。私達は、本日から殿下のお世話をさせて頂きます。よろしくお願いします」
「……」
(お世話……お世話ってそういう事……)
私は内心で大きく困惑する。
だって、私は朝食を抜かれて、厨房を訪ねて残飯を恵んでもらおうとしているような王女。
(……私、今までこんな風に頭を下げられた事もお世話をされた事も無いのだけど……?)
一国の王女として、また、お姉様の身代わりとしてどう振る舞うのが正解なのかがさっぱり分からない、という事に気付かされた。
「王女殿下……? どうかされましたか?」
「な、何でもないわ、え、えっと、よろしく……?」
「はい! よろしくお願いします」
ぎこちない返事しか返せなかったけれど、特に不審に思われなかった様でホッとする。とにかく今後はこれで何とかやっていくしかない。
(そうだわ。せっかくだからちょっと聞いてみてもいいかしら?)
「あの、聞いてもいいかしら?」
「はい、何でしょう?」
「この話があまりにも急だったので、不勉強で大変申し訳ないのだけれど、私の“夫”となる国王陛下ってどんな方なのかしら?」
「!!」
私のその質問に、何故か部屋の空気がビシッと固まった気がした。
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