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第2話 姉の縁談

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 私の“日常”が、大きく変わったのは隣国の大国、ファーレンハイト国からの一通の手紙だった。
 その手紙は、ファーレンハイト国の国王陛下からナターシャお姉様宛てに届いたものだった。
 手紙が届くとすぐに王族による“話し合い”が行われる事になった。


「────嫌!  絶対に嫌よ!」
「しかし、ナターシャ」
「お父様!  我が国の王族は国内の貴族に嫁ぐと決まっているはずでしょう!?  なのに何故わたくしがファーレンハイトに嫁がねばなりませんの!?」
「そ、それはそうなのだが……」

 その“話し合いの場”には何故か私も呼ばれた。
 普段は呼ばれる事など無いのに。

(何でかしら……)

 よく分からないまま、私は席についてその“話し合い”を静かに見守っていた。

「そうよ陛下。隣国のファーレンハイトは大国だけど、そこの国王陛下、ローランド王は私達とそう変わらない歳のはずよ?  そんな所にどうして私達の可愛いナターシャを……」

 そう言いながら美しい顔を歪ませているのは正妃のマデリン……お義母様。

「分かっている。だが、先方がナターシャを指名している」
「ですから、そう言われてもわたくしは嫌ですわ!!  お父様!」
「ナターシャ……」

 お父様はお姉様を何とか宥めようとするも、ヒートアップした話し合いは止まらない。

「我が国が他国と婚姻しないのは広く知られている事でしょう?  どうにかお断り出来ませんの?  いくら私達の可愛いナターシャが国一番、いえ、大陸一の美姫と噂されているとは言え、こんなのあんまりです!」
「マデリン……そうは言うもファーレンハイトは大国……逆らうのはあまり得策とは言えん」
「お父様!  手紙には王妃待遇として迎えると書いてあるけれど、結局は後妻でしょう?  既に王太子も立太子しているのに何の為にわたくしが嫁ぐ必要があるんですの!?」

 本日のこの話し合いの議論は、先日届いた手紙でファーレンハイト国の王が、お姉様を娶りたいと申し出ている事についてだった。

 ファーレンハイト国の陛下は歳はお父様達とそう変わらない。
 王妃は亡くなっているらしく、嫁げば大国ファーレンハイトの王妃となれるけれど、既に跡継ぎもいる状態。
 お姉様はそんな縁談の話を当然の様に嫌がっていた。

(それに確か、お姉様はもうすぐ婚約も内定するはず)

 お父様も本音は断りたいけれど、大国であるファーレンハイトを無下には出来ない。そう思っているようだった。

「あぁ、私がこんなにも美しいばっかりに……」
「えぇ、えぇ、本当に。ナターシャは私に似て本当に美しいからこんな事に……」

 泣き出すお姉様とそれを宥めるお義母様。
 いったい私は何を見せられているのかしら?  そんな気持ちになっていた。

「……クローディアだったら良かったのに」

(──え?)

 その時、それまでずっと沈黙を保っていた我が国の王太子でもあるお兄様が小さな声でそう呟いた。

「ブルーム?  今なんて言った?」
「お兄様?」
「いや、クローディアだったら、何の気兼ねもなく差し出せたのに、と思っただけさ」

 お兄様が私にチラッと視線を向けながらそう口にする。
   
「だって、クローディアは出来損ないで無能なんだから、いてもいなくても我が国には影響が無いだろう?  だが、ナターシャは嫁いでしまうと力も我が国の為に使えなくなるから困る」

 お姉様は“緑を操る力”を持っている。
 それは、国を豊かにするのに大きく貢献していた。

「…………そうよ!  クローディア。クローディアがわたくしの代わりに嫁げばいいのよ!」

 お兄様の言葉を受けてお姉様の目が爛々と輝き出した。
 一方の私は言われた意味が分からずその場で固まった。

「あら、いいわね!  そうしましょうよ!  クローディアなら確かに居なくなっても誰も困らないわ!  ね、陛下!」
「だ、だが、一応相手はナターシャを指名……」

 一応、お父様の中には躊躇いがあったのかお義母様のように即答はしない。

「お父様、そんなのは適当な理由でもでっちあげて、わたくしは無理だけど代わりに第二王女を送ります!  でいいと思うわ!」
「厄介者払いも出来て丁度いいわね」
「あぁ」

 お姉様、お義母様、お兄様の三人の中では既に決定事項のように話が進んで行く。

(この人達は何を言っているの?)

 本当に本気でそれでいいと思っているのかしら?
 向こうの国が“アピリンツ国の王女”としか指名しなかったのならそれもまかり通る話かもしれないけれど、しっかり“ナターシャ王女”と名指している話なのに!
 私は慌てて叫ぶ。

「待って下さい!  そんなのは駄目です。ファーレンハイト国を怒らせる事に繋が……」
「あーら、クローディア?  貴女、口答えする気なのかしら?」

 お姉様が、鋭い目を向けて私の言葉を遮る。

「出来損ないで無能と呼ばれ続けた貴女が、ようやく……ようやく役に立つ時が来たというのに?  わたくしの代わりだなんて光栄でしょう?」
「そうよ。誰のおかげで名ばかりの王女のくせにここで暮らせていると思っているの?  王家に恩を返してくれても良いでしょう?」
「私の治世に役立たないクローディアは不要だ」
「!」

 三人は再びそう言って私を追い詰める。

(駄目だわ。これはもう私が何を言っても聞いてくれない!)

 チラリとお父様の方を見ると、賛同はしていないものの大きく心が揺れているのが分かった。
 クローディアで可能ならクローディアを送りたい。
 顔にはそう書いてあった。

「……」

 これまで誰からも省みられず、愛されなかった私なんて本当にどうでもいいと思われている事がよく分かった。

(あれもこれもそれも、私が無能だから───)

「……お前達の気持ちは分かった」

 お父様が静かに語り出す。

「とりあえず、外交にも関わってくる話だ。我らだけで決めるわけにもいかない」

 そう言ってこの話は会議にかけられる事にはなったけれど、どうなるかは私には分かりきっていた。
 国にも貢献し、皆に愛されている王女ナターシャと出来損ないのお荷物王女クローディアのどちらを取るかなんて今更、聞かなくても既に答えは出ている。

 (私はお姉様の身代わりとしてファーレンハイト国に行く事になるのだわ)

 でも、もしも向こうの国が反対してくれたなら……
 だって“ナターシャ”を指名しているのに代わりに妹姫を送ると言われて簡単に納得するかは分からない。
 少しだけそんな淡い期待も抱いた。

 だけど、
 それから直ぐに国は私、クローディアを嫁がせると決定した。

 慌てて私を嫁がせる準備が開始する。
 そんな慌ただしい日々の中で、

(ファーレンハイト国王も私で納得したのかしら?  それなら良かったのだけど)

 と思っていたのだけど、実は違っていた。




「え!?  話を通していない!?」

 出発の日、唯一私の見送りに来た外交大臣が一通の手紙を私に渡す。

「こちらに、ナターシャ様ではなく、クローディア様を送り出す理由が書かれております。あちらに着いたらこの手紙を向こうの陛下にお渡し下さい」
「な、なんて事を!」

 これでは完全に騙し討ちのようなもの。
 お姉様ナターシャが来たと思って迎えたら妹だった……なんてその場で激昂されてもおかしくない。

「せ、戦争になってもいいというの!?」
「そこは、クローディア様の手腕にかかっておるかと。何卒、ファーレンハイト国の国王陛下によろしく……」
「!」

(この人達は、腐っている!)

 手紙を持つ私の手が震えていた。これは怒りだ。  

 この人達は……いえ、この国は私を捨てた。
 事前に花嫁を交代するなんて連絡をしたら拒否されると分かっていたから!

(きっと手紙には、この対応が不満なら私を処罰するなり好きにしろと書いてあるんだわ)

「……」

 この酷い対応に放心している間に、私はあれよあれよと馬車に乗せられ王宮を出発させられてしまう。
   
 絶望しかない嫁入りだった。
 見栄なのか、嫁入り道具が今まで私に与えられた事がない程の立派な物が用意されていた事がますます私を惨めな気持ちにさせた。
   
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