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第1話 無能な姫
しおりを挟む寒いな、と思った私はそっと窓の外を覗く。
「雪……?」
比較的暖かかった祖国では見た事の無い“雪”が降っていた。
「どうりで寒いわけね…………クシュンッ」
身体を震わせくしゃみをしたその時、後ろからふわりと優しい温もりに抱きしめられた。
(ん? 暖かい……)
「クローディア。どうした、大丈夫か?」
「ベルナルド様?」
「寒いと思ったら……雪か」
「……初めて見ました」
私がそう言うと彼は少し驚いた顔を見せる。
「そうか。なら、余計に慣れなくて寒いだろう? よし、たくさん抱きしめてあげよう!」
「え!?」
そう言って何故かギューッと抱きしめられる。
すると私の胸が大きく高鳴った。
(あ、熱いわ……寒いはずなのに熱い……)
「ん? 顔が赤いな? 寒かったのでは?」
「だ、誰のせいだと思っているんですか!」
「あははは」
笑いながらベルナルド様が私の額にそっと口付けを落とす。
そんな私はますます真っ赤になる。
「!!」
「クローディアは可愛いな」
「~~!」
この方はいつもこうやって私をからかってくる。どこまで本気なのかはよく分からないけれど。
「可愛いよ、本当に。君と会えて良かったな」
「!」
そう言ってベルナルド様の麗しの顔が近付いて来る。
───それは、私のセリフです。
優しく唇を塞がれてその言葉は声にならなかった。
(まさか、私にこんな日々が訪れるなんて……)
暖かくて優しい温もりを感じながら私はこれまでの事を思い出していた。
─────────……
───クローディア。あなたはとても“大きな力”を持っているの。だから、どんな事があっても真っ直ぐ前を向いて生きていくのよ。
私のお母様は、自分の生命が永くない事を知っていたのかもしれない。
いつも口を酸っぱくして私にそう話してくれた。
───あなたのその心が曇らない事を願っているわ。私がいなくなっても誰か代わりにあなたを愛してくれる人が現れると良いのだけど。
私はお母様がよく言っていた“大きな力”が何なのかは知らない。
お母様も詳しい事は言わないまま儚くなってしまった。
だから、力の無い私はこう呼ばれている。
────王家の出来損ないの“無能な姫”と。
「あーら、クローディア。そんな所で何をしているのかしら?」
待てど暮らせど本日の朝食が部屋に運ばれて来なかったので、私、クローディアはこっそり厨房に向かおうとしていた。
そこを姉のナターシャに見つかってしまい、いつもの調子で声を掛けられた。
「お、姉さま……」
「そっちは、厨房しかなくてよ? 一応、王女でもある貴女がいったい彼らに何の用事があるというのかしら?」
「そ、それは……」
「まさか、彼らに日頃の不満でも言うつもりなの? 貴女って“出来損ない”のくせにそういう所だけは一人前なのね!?」
「違っ」
私は否定しようとするも、その言葉はお姉様には届かない。
「厨房を訪ねるなんてやめて頂戴。彼らはわたくし達のために毎日毎日一生懸命働いてくれているのよ? まさかそんな事も分からない子だったなんて!」
「だからお姉様、違います! 私は」
「言い訳は聞きたくないわ。さっさと部屋に戻りなさい。いくら、力も無くて無能な貴女でも本くらいは読めるでしょう?」
お姉様はそう言ってグイグイと私を押し返す。
その表情はニッコリとした笑顔。だけど、私はお姉様のその目の奥が本当に笑っていない事を知っている。
「貴女は大人しくしていなさい。出来損ないで無能なクローディア」
「……!」
私はそれ以上は何も言い返せなかった。
ぐーきゅるる……
(お腹が空いたわ)
私は肩落としトボトボと自分の部屋まで歩いていた。
一応、王女という身分のはずなのに私には護衛の一人すらついていない。
「部屋に何か食べる物は残っていたかしら」
お姉様に見つかってしまい厨房まで辿り着けなかったので、今日の朝食抜きが決定した。朝に食べないと元気が出ないのに。
(まぁ、厨房に辿り着いた所で、残飯が残っているかもその時の運だけれど)
それに料理長がいる時は絶対に何も恵んで貰えない。
はぁ……と、私はため息を吐いた。
私、クローディアは一応この国の王女。
本来なら王女に対してこの仕打ちは有り得ないし何て待遇をしているんだ! そう怒るところ。
(でも、私が強く言えず、また訴えた所で誰にも話を聞いて貰えないのは……)
父親である国王陛下ですらこの状況を知っていて助けるどころか黙りを決めている。 その理由はたった一つ。私が“出来損ない”で“無能な姫”だから。
ここはアピリンツ国。さほど大きくもない小国。
この国が他国に侵略されずにここまでやって来れたのは、このアピリンツ国の王族が、皆、ある“特殊能力”を持って生まれて来ており、その力を使って国を護り発展させて来たからだと言われている。
その王族の持つ“特殊能力”は様々で人によって力の強さも能力も全然違う。
その誰もが持つはずの力を、私、クローディアだけが持っていない。
クローディアはとても、期待されて生まれて来た子供だったという。
何故なら、クローディアは“側妃ロディナ”の子供だったから。
お父様……国王陛下の正妃マデリンは、正妃という地位を与えられているも、出身は男爵家。一方の側妃のロディナは陛下といとこ同士であり、元公爵令嬢。つまり、王族の一員で力が使える令嬢だった。
(普通なら身分の高いお母様が正妃で身分の低い令嬢のマデリン様が側妃となるものだけど……)
何とお父様は若い頃、ずっと婚約していたお母様に一方的に婚約破棄を突き付けて、半ば強引に男爵令嬢だったマデリン様を正妃にしたらしい。
しかし、やはり世間の反発は強く婚約破棄したはずのお母様を側妃とする事で周囲を納得させたと聞いている。
「……色々とバカにしているわよね」
お母様は、なんて事のない出来事よ、と笑って話していたけれど本音は分からない。
正妃になる為の教育も受けて来たであろう公爵令嬢が、突然その地位を奪われたのだから。
しかも、その後、泣いて縋って来られて求められたのは“側妃”という立場。
話を聞いただけの私ですら怒りを覚える話だった。
(お母様はいつもあっけらかんとしていたけれど)
何であれ、力のある者同士から生まれる子供はさぞかし大きな力を持って生まれてくるに違いない。お母様が私を身ごもった時、誰もがそう期待した。
──なのに。
「生まれた子……私には特殊能力が発現する様子すら無い……だものね」
とんだ肩透かしを受けた者達は大きく落胆し、一斉に私とお母様に避難の目を向けた。
王家の……お父様の子供では無いのでは? そんな噂も飛び交ったという話だけれど、直系の王族だけが受け継ぐという琥珀色の瞳のおかげで、お父様の子供である事だけは無事に認定された。
(力は無いけれど)
そうしているうちに、お母様は病気で亡くなり私だけが遺される。
いつしか、私は“無能な姫”と呼ばれこの国の王族のお荷物となっていた。
そんな無能な姫である私は王宮で誰からも愛されず、今日も厄介者として生きている。
「……お母様は私には“大きな力”があると言っていたけれど……」
もしかしたら、遅咲きの力というものがあるのかもしれない。
お母様の言葉を信じて、そんな淡い期待を抱いた時もあった。
しかし、私はもうすぐ18歳になるのに何の力も発現する兆候が無い。なので、期待する事も諦め、きっとお母様の願望だったのだろうと思う事にした。
「私は誰からも期待されていない」
私には婚約者がいない。むしろ、いた事がない。候補者すら聞いたことが無い。
この国の王族は特殊能力を国の為に使う事を義務としている為、国外に出す事はせずに国内の有力貴族と縁を結ばせる。
(力の無い私なんて貰い受けても得にならないものね)
そんな誰からも愛されず、出来損ないと呼ばれ続けた“無能な姫”である私の日常はこのまま飼い殺しのように変わらず続いていく。
───そう思っていた。
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