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第9話 聞きたい事
しおりを挟む──愛、に続く言葉は何だったのかしら?
「愛……愛する? 愛される?」
そもそも、これは夢の中の話。
本当に私に力が隠されているかどうかすら分からないし怪しい。
(今までだって何度期待しては裏切られて来たことか……)
それに“愛”と言われても、私にはよく分からない。
これまでに私を愛してくれたのはお母様だけだったから。
私はそんなことを考えながらグッと拳を強く握りしめる。
「……ところで、ベルナルド様って婚約者とかいなかったのかしら?」
愛について考えていると、ふとそんな疑問が頭に浮かんだ。
あの場でベルナルド様は当然のように私を妃にすると口にしていたから、そのまま話を聞いていたけれど、彼はつい最近までこの大国の王太子だった方。
(そんな方に婚約者がいないはず……ないわよね?)
「……」
ズキッ!
咄嗟に胸を押さえる。
急に自分の胸が痛みだして、更にモヤモヤまでし始めた。
ベルナルド様は本当に私を妃に迎えたら、その方はどうするつもりなのだろう?
「あ、待って? 妃ってもしかして、お母様みたいに側妃になれって事だった?」
ハッと気付く。
お父様の場合は少し……いえ、かなり特殊な例だったとは思うけれど、その可能性は充分にある。
そうなると、もともとベルナルド様に以前から婚約していた令嬢がいた場合、後からしゃしゃり出て来た私の存在なんて邪魔でしかない。
それなら、私は大人しく出しゃばらず──……
(待って? でも、それって何だかアピリンツにいた頃と変わらないわ)
「……」
なんだかそれはそれですごく嫌だと思った。
───クローディアはクローディアだろう?
───妃の話に力の有無なんて関係ない。俺がクローディアともっと一緒にいたくて罰と称してここに残らせようとしているだけだ。
「……」
ベルナルド様の言葉も鮮明に頭の中に甦って来る。
「……そうだったわ、ベルナルド様はちゃんと私の事を見てくれて、それでもっと私と一緒にいたいって言ってくれた……」
祖国が戦争になってもおかしくないくらいの有り得ない事をしでかし、私自身も無礼な態度を取ったにも関わらず、結局罰らしい罰は与えられなかった。
しかも、このまま私を娶るつもりだという。
「……バカね私」
膝の上でギュッと拳を握りしめる。
(一人で勝手に決めつけて結論出すのは良くないわ)
「でも、もしも……もしも、本当にベルナルド様に婚約者や、お好きな方がいたなら、その時は邪魔をしないで生きていく事を考えなくてはね。ただ───……」
(何だかそれは少し寂しいと思ってしまうけれど)
時間が出来たらベルナルド様に確認してみようと決めた。
◇◇◇
「俺に確認したいこと?」
「はい」
「───それで、わざわざ訪ねて来たのか?」
「はい! 今なら、迷惑にならなそうな時間だと思ったのですが、大丈夫でしたか?」
「ああ。今なら問題は無いが……」
(良かった!)
私はホッと胸を撫で下ろす。
翌日、私は侍女にベルナルド様のだいたいの行動パターンを聞き、公務の邪魔にならなそうな時間を見つけて彼の元を訪ねた。
「えぇと、昨日は私が妃に……って話ばかりでベルナルド様側の事情などを全く聞いていなかった事に気が付きまして」
「…………そうか。何だ……顔が見たかった……とかそんな理由じゃないのか」
「えっと、ベルナルド様?」
「……なんでもない」
ベルナルド様の顔が若干、落ち込んだ様子に見える。
あと、何かブツブツ呟いているけれどあまりにも声が小さ過ぎてよく聞こえなかった。
(ま、いっか)
「──ですから、ベルナルド様にお聞きしたいのです!」
「……何だ?」
「はい! ベルナルド様には今、意中の方はいらっしゃいますか?」
「意中?」
ベルナルド様が今度は目を大きく見開いてびっくりした顔をした。
驚かせて申し訳ないという気持ちになるけれど、ここはどうしても確認しておきたい。
「そうです! 実は愛する婚約者がいるとか、内緒の恋人がいるとか、誰にも言えない秘密の恋をしている、とかです!!」
「まっ、待て待て待て、クローディア。ち、近い! ……その、か……わいい顔が、距離……が、近過ぎる!」
「はい? 近い? …………あっ、申し訳ございません」
興奮していた私は、気付けばグイグイとベルナルド様に詰め寄っていた。
近い……という声を受けて、慌てて距離を取る。
「……くっ! 無防備すぎだろ。こんな事されたら…………あー、コホンッ…………で? 意中の方? 恋? がなんだって?」
何かを言いかけて誤魔化された気がするけれど、私はそのまま質問を続ける事にした。
「はい、ベルナルド様のそういう相手の事が知りたかったのです。もし、特別な方がいるようでしたら、私は……」
「……クローディア」
「っ!? は、はい……」
私はギクッと肩を震わせた。
何故なら今、かなり低い声で私の名を呼んだ目の前のベルナルド様は笑っていた。
それも凄くいい笑顔。
昨日私に向けてくれたあの優しい微笑みとは全然違う笑顔だった。
そ…………率直に言って……怖い!
(ああぁあ、私、絶対間違えた……!)
今、自分の顔は真っ青に違いない。
きっとこの事は追求すべきではなかったんだわ!
そう思ったけれど、もう遅い。
「クローディア」
「えっ?」
ベルナルド様の両手が私の頬に伸ばされる。
そして……そのまま両頬を軽くつねられた。
「ひっ!? ……まっふぇ、へるなるほはま!」
「いや、待てないよ。クローディアのその可愛い口がおかしな発言をしたからね。だから、これは軽いお仕置だ」
「おひおひ……」
よく分からないけれどベルナルド様が言っていた“お仕置”というのはこういう事らしい。
「いや、クローディア。これはほんの一部。他にもお仕置の方法というものはあるからね? よく覚えておくといいよ」
「!?」
何故かベルナルド様には私の考えが筒抜けの様子……
今のこれはあまり痛くはないけれど、もっと痛いお仕置は勘弁して欲しい。
「クローディア、俺は悲しいよ。つまりこれは、もうすぐ俺の可愛い可愛いお嫁さんになろうとしている女性に浮気を疑われたという事だろう?」
「うわひ!?」
「クローディアの目に俺は浮気するような最低な奴に見えていたのか」
「ひ、ひがっ! ほうひうほほへは!」
つねられてるせいで間抜けな言葉しか口から出て来ない。
「違う? そういう事ではない? では、どういう意味?」
何故か一言一句全てを理解していたベルナルド様に聞き返される。
ついでに、ようやく手を離してくれた。
私は咳払いしながら答える。
「ケホッ……ベルナルド様は私を妃にすると仰っておりましたが、婚約者の方は大丈夫なのかと思いました。その為の質問です」
「婚約者?」
ベルナルド様が首を傾げる。
「もしくは、こ、恋人とか……もです」
「恋人?」
更に怪訝そうに首を傾げる。
「えー……私としましても、ベルナルド様にもしも意中の方がいるのなら、今後の自分の立ち位置や役割というものを考えておきたくてですね……」
「えーと? …………つまり、クローディアは婚約者の有無と俺の意中の人が気になった。という事であっている?」
「は、はい」
そこでベルナルド様が、がっくり肩を落とすと、はぁぁぁ……と、深いため息をついた。
「……そっちか! くっ……俺はてっきり……クローディアは身を……はぁ」
「……?」
「クローディア」
「あ!」
そのままぐいっと腕を引っ張られた私は、ベルナルド様の胸の中に飛び込む形になった。
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