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第11話 “私”として生きて行く
しおりを挟む「あ、そ、それと! ベルナルド様、そう言えばまだ聞きたい事がありまして!」
「うん?」
私はこのどさくさで、もう一つ気になっていた事を訊ねる。
「わ、私はお姉様、“ナターシャ”として生きて行かないといけないのでしょうか?」
「え?」
「だって、ファーレンハイト国王陛下に見初められて嫁いで来たのは“ナターシャ王女”のはずです。私は皆様に“ナターシャ”だと思われているのではありませんか?」
せっかく、ベルナルド様は“私”を望んでくれたのに。
クローディアとして生きられないのは……嫌だ。
すごくすごく嫌だ。
(私は……クローディアとしてベルナルド様の隣にいたいわ)
その事を心配した私が顔を曇らせると、ベルナルド様は優しい手つきで私の頭を撫でた。
「まず、国民にはアピリンツ国の王女を迎えることは、まだ公表していなかった。なので、そこは問題ない」
「はい」
「だが、父上がアピリンツ国から“ナターシャ王女”を迎えようとしていたという話は王侯貴族と王宮で働く者たちは皆知っている」
「はい……」
私は目を伏せる。
(やっぱりそうよね。大陸一の美姫だという話が侍女の口から出ていたもの)
「だが、今のところ“父上に望まれて嫁いで来たはずのナターシャ王女”に直接会った者は多くない」
「え?」
(どういう意味……?)
私は首を傾げる。
「国境からクローディアを王宮まで送り届け今もクローディアを守る護衛達、城に着いた時に挨拶した宰相、そして、身の回りの世話をする侍女達くらいだろう?」
「い、言われてみればそんなに多くはない……かもしれません」
そうだろう? と言ってベルナルド様がまた私の頭を撫でる。
(こんな時に思うのも変だけど、ベルナルド様って頭を撫でるの好きよね……)
もう何度こうして頭を撫でられたかしら。
「で、その者達には事情の説明と固く口裏合わせをしておいた」
「口裏合わせですか?」
「そう。お前達の会ったアピリンツ国の王女は最初から“クローディア”だったと。ナターシャと名乗った王女を王宮には連れて来ていないし、入城もしていない、と」
「!」
ベルナルド様は堂々とそう言い切った。
私は驚きながらもそれで大丈夫なのかしら、と心配になる。
「……それに、だ。クローディアが」
「私が?」
ベルナルド様が頷く。
「クローディアはファーレンハイト国に入ってから、自分の事を“ナターシャ”だとは名乗っていないだろう? そして皆には“王女殿下”と呼ばれている」
「あ!」
思わずハッとして口を押さえる。
その様子を見たベルナルド様はニヤリと笑った。
「唯一、俺だけが“ナターシャ王女か?”って直接確認したくらいだ。だから、クローディアがナターシャ王女であるフリをしたのはその時に返事を返した俺の前でだけ」
(言われてみればその通りだわ……!)
「つ、つまり?」
「皆にはクローディアは自分の事を“ナターシャ”だとは一言も名乗っていなかっただろう? と言い聞かせた」
「……!」
言い聞かせた……一見優しいそのセリフが脅しに聞こえるのは気の所為だと思いたい。
ベルナルド様はにっこり微笑む。
「まだ、クローディアに会っていない者達には、姉姫ではなく、妹姫を迎える事になったと話してあるよ」
その言葉に私の胸がトクンッと高鳴った。
(それは、つまり……)
「わ、私は“クローディア”として……ベルナルド様に嫁げる……のですか?」
「そうだ。そもそも俺だって嫌だ」
そう言い切ったベルナルド様の手が今度は私の頬に触れる。
ますます胸が高鳴る。
ベルナルド様はじっと私の目を見つめる。
「───こんなに可愛い可愛いクローディアの名前を呼べないなんて。耐えられない!」
「!!!?」
その言葉と仕草に私の胸は更に大きく高鳴り、同時に頬にもじわじわと熱が集まっていくのを感じていた。
(~~~~っっ!)
「誰がなんと言おうと……ファーレンハイトの新国王の妃は、アピリンツ国の王女、クローディア、だ!」
「……ベルナルド様!」
ベルナルド様はちゃんと色々考えて、私が私として生きられる場所を作ってくれていた。
そのことに感激する。
「ありがとうございます!」
「うわっ!?」
あまりにも嬉しくて、私から抱きついた。
私を抱きとめたベルナルド様が、少し体勢を崩しながらも優しく笑う。
「……クローディア」
「ベルナ……」
(あ……)
甘く優しい声で私の名前を呼んだベルナルド様の顔がそっと近付いて来た───
その時だった。
コンコンと部屋の扉がノックされる。
「「!!」」
私達はその音に驚いてパッと勢いよく離れる。
(人が来たーー……ではなく、い、いいい今、今……)
ベルナルド様と……く、くち……ああ駄目!
恥ずかしくて言葉に出来ない!!
両頬を手で押さえながら私は悶えた。
(でも、あの美貌の麗しの顔が……と、とても近くで……)
「~~っ」
思い出すだけで私の胸が盛大にときめく。
(どうしよう……私の心臓……おかしい)
ドキドキが止まらない。
こんなの初めて……とギュッと胸を押さえる。
「…………あぁ、もうこんな時間。休憩時間も終わりか。入れ」
ベルナルド様ががっくり肩を落としながら扉に向かってそう声をかけた。
すると、仕事の山がどっさりやって来た。
(すごい量……公務の邪魔をしてはいけないわ)
私は軽くため息を吐く。
「それでは、ベルナルド様。私は部屋に戻りますね。お邪魔しました」
「あ、ああ、クローディア」
「……」
「……」
(戻らなくては……そう思うのにどうしてか離れ難い……)
ベルナルド様も同じ気持ちだったのか、どこか熱のこもった目で私を見ている。
「───クローディア。よ、夜に……」
「は、はい!」
「……夜に、クローディアの部屋を訪ねてもいい、だろうか?」
「!」
(夜! 夜ですって!?)
胸が変な方向にドキドキし始めた。
落ち着け、落ち着くのよ!
私はまだ、妃になっていないのだから!
そう必死に自分に言い聞かせる。
(話! そうよ。きっと何かのお話をするだけよっっ!)
「は、はい! お、お、お、お待ちしております……!!」
「あ、ああ……」
「で、で、では!」
何だか甘酸っぱい空気の中、私は慌てて部屋を出た。
頬がとても熱い。
「───お戻りですか、王女殿下?」
「っ!」
部屋の前で待機していた護衛に声をかけられる。
私はほてり顔を抑えながら何とか頷いて答えた。
「え、ええ。部屋に戻ります」
「……何かありましたか? とても嬉しそうです」
「っっ!?」
(私ったら、そんなに締まりのない顔をしていたかしら……?)
私は油断すると綻びそうになる顔を無理やり引きしめながら部屋へと戻る。
そんな頭の中は夜に訪ねてくるというベルナルド様の事でいっぱいだった。
──────その頃。
「ナターシャ様!」
「皆、落ち着いて? 一体、何が起きたと言うの?」
ナターシャは自分に助けを求めてくる者達を見ながら内心苛立っていた。
(いったい、なんなのかしら? ちょっと嫌だわ。しかもこれ、平民も混じっているのではなくて?)
「どうにか出来るのは、ナターシャ様しかいないのです……お助けを!」
「───ですから、何があったのか説明してくれるかしら?」
(勿体ぶっていないでさっさと言いなさいよね!)
これで大した話でなかったら、こいつらまとめて処分決定ね!
ナターシャは美しい笑顔の裏でそんな事を考えていた。
「そ、それが」
「……」
「森……森が……」
「森?」
「何故か、国中の森が少しずつ、少しずつではあるのですが……突然、枯れ始めているのです!!」
「は? 何ですって!?」
ナターシャはその訴えに言葉を失った。
森が……?
(どういうこと───!?)
緑を操る力を持つナターシャにとって、それは今までに聞いた事も起きた事も無い現象だった───
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