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第29話 私の力が覚醒した日
しおりを挟む───いったい、どういうこと?
私がお母様を救った?
それは、この“願いを叶える力”で……??
記憶を探ろうと自分の頭を押さえる。
しかし……
(駄目……分からない……何も覚えていないわ。どうして?)
「───その時のことは儂が説明しよう」
「……っ」
私が何も思い出せずに困っていると突然、騒ぎを聞きつけ集っていた人たちの中から聞き覚えのある声が聞こえて来た。
私はハッとする。
(───この声は!)
その声に私が驚いていると声の主がそっと姿を現した。
(やっぱり……)
私はそっと目を伏せた。
「……昔、まだ、クローディアが子供だった頃、ロディナが毒に倒れて死にかけたことがある。王妃殿下が言っているのはその時の話だろう?」
「ちょっと! な、何で貴方がここにいるのよ!」
お義母様がその声の主を見ながら叫んだ。
知っていたけれど、やっぱり彼らは仲が良くないことがこの様子からも窺える。
「……何で、とは心外だな。野次馬がこんなにたくさんいるのに儂がここに来たら駄目だという決まりはないだろう?」
その人はお義母様を見ながらククッと笑った。
「くっ……相変わらず口の減らない……」
「なに、国王一家が揃いも揃って皆、国境に移動したと聞いたものでな。これは……と思いあとを追いかけて来たまで」
「くっ……」
その人はそこまで言うとキョロキョロと辺りを見回す。
そして、私と目が合った。
「そこにいたのかクローディア」
「……!」
名前を呼ばれた私の身体がビクッと震える。
「え? ……クローディア。もしかして、あの方は君の……」
ベルナルド様が私の耳元でコソッと訊ねてくる。
私は軽く息を吐くと小さく頷いた。
「はい……私のお祖父様です」
(まさか、こんな所に……そして、こんなタイミングで現れるなんて)
「クローディア、久しいな」
「……ご無沙汰しております。ブゥワント公爵様」
私がそう挨拶をすると、お祖父様の眉がピクリと動いた。
その表情から言ってどうやら何か不満そうな様子だけど……
私はお祖父様からスッと目を逸らす。
「……」
───クローディア。力の無いお前を我が一族の者と認めることは出来ない。
昔、私にそう言い放ったこの人を軽々しく“お祖父様”と呼ぶことなんて出来ない。
「……最後に鑑定した日以来だろうか?」
「そうですね」
「先程からのお前の話は聞いていた……まさか、クローディアが儂にも見抜けぬほどの稀有な力を持っていたとはな……」
「……」
お祖父様は私に向かってそれだけ言うと、今度は隣のベルナルド様の方にチラッと視線を向ける。
「隣でクローディアを支えているのが、お前が嫁いだ先のファーレンハイトの国王陛下か?」
「そうです。私の大事な人です」
「……つまりもうお前はアピリンツ国には戻らない、と?」
「ええ、戻りません。私はベルナルド様とファーレンハイトで生きていきます」
私が迷う素振りすら見せずにはっきり答えるとお祖父様は少し寂しそうな顔を見せた。
「そうか……」
「はい」
「…………その話は後でいい。今はロディナの話だったな」
「……」
そう言いながらお祖父様は自分で話を戻した。
私も頷く。
「あの時のロディナは重症で助からない、医者もこれ以上の治療は無理だと諦め、誰もがロディナの死を覚悟をした───だが峠だと言われたその日の夜、奇跡が起きた」
「奇跡……?」
私が聞き返すとお祖父様は小さく頷いた。
「ロディナの毒が綺麗に解毒されていたのだ」
(え?)
「誰もが首を傾げた。医者も奇跡としか言えない。もちろん、どうしてこうなったのかは誰にも分からず、目覚めたロディナ自身も何が何だか分からないと言う」
誰にも分からない?
お母様も?
私は驚いて目を見張る。
「結局、この事件は有耶無耶のまま、当時の両陛下の命令で秘密裏に処理をされることになったのだ」
「ま、待て! 待ってくれ! 何だその話。私は聞いていないぞ!?」
そこで突然、待ったを出して叫んだのはお父様。
(聞いていなかった?)
私は耳を疑う。
まさか、夫である当時王子だったお父様に知らされていないとは。
当時の両陛下の命令とは言え、これはさすがに誰もが驚く。
するとお祖父様は、ハッハッハと小馬鹿にしたように笑いだした。
「陛下……それは当時、王太子殿下だったあなたは、そこの王太子妃だった王妃殿下と仲良く長期で視察に向かって城を開けていたから知らぬのだ!」
「……なに?」
「そもそも普段からロディナのこともクローディアのこともそなたは全く省みていなかったのに……何を今更ぬけぬけと!」
「ぐっ……」
お父様はその指摘に黙り込む。
「ロディナもそなたには黙っていることを望んだ。この時は、毒を飲ませた実行犯はその場で自害していて黒幕が不明のままだったからのう……」
「ロディナが……伝えるな、と望んだ?」
お父様はショックを受けた様子で項垂れた。
自分がどれだけお母様に信頼されていなかったのかを思い知ったらしい。
(そんなの当たり前でしょうに……)
私が冷ややかな目でお父様を見ていたら、お祖父様が話を続ける。
「さっき、クローディアの力の話を聞いてようやく謎が解けた。あの時、ロディナの毒を解毒したのは、ずっと側で泣きじゃくっていた小さなクローディアだったのだな」
「!」
お祖父様がそう言って私を見る。
その瞳は悲しそうに揺れている。
「助けて! 誰かお母様を助けて! 苦しんでいる母親……ロディナを見てクローディアはずっとそう言って泣いていた」
「……」
「その必死の願いが形となってロディナを助けたのだろう。そして、それこそがクローディアの力の発現した瞬間だったというわけだ」
「お、覚えていません……」
私は首を横に振る。
そう言われても全く記憶がない。
何故かは分からないけれど、お母様もその話を私にしてくれた事はなかった。
(だけど、お母様はこの件を通して私の“力”に気付いた?)
お祖父様はふぅ、と息を吐く。
「黒幕は不明だと言ったが王妃殿下。ロディナの意識が戻った日、儂はロディナを見舞った帰りに、あなた付きの侍女達を見かけましてな。会話を聞いてしまったのだよ」
「まぁ、なんの会話かしら?」
お義母様はとぼけた様子で訊ねる。
「“マデリン様にとっての邪魔者がようやく死んでくれると思ったのに失敗するなんて困ったわね”あと、他にも“クローディア王女が覚醒して何かしたんじゃないの?”……と言った会話だったな」
「あらあら、お喋りな子たちがいたものねぇ?」
「残念ながら物的証拠は何も出ずあなたを追求する事は叶わなかった」
そう語るお祖父様は悔しそうに唇を噛む。
「そして、あなたは侍女達の話からクローディアに目をつけた。何故なら、クローディアが人の命を救えるような力を持っていたら、再びロディナを暗殺するのに邪魔だったから」
(───あっ!)
その言葉に私は息を呑んだ。
「だが、その後、クローディアが力らしきものを使う様子はなく、しかも成長と共に“無能”だと言われるようになった」
「……」
「確かにクローディアには何の力も発現した様子は見受けられなかったからな……」
(そうね、何度お祖父様に鑑定されたかしら……)
「王妃殿下。あなたはとりあえずクローディアを警戒しつつもその事に安心したのだろう。そうして、時が経ってから再びロディナの暗殺へと乗り出した」
「ふふ、そうよ、クローディアが変な力を見せたらさっさと始末するつもりだったわ。でも無能らしいと分かって放っておいたわ。それに、ロディナの娘が蔑まれるのは見ていて楽しかったもの」
悪びれずにそう答えるお義母様。
私はショックを受けながら小さく呟く。
「……二度目に狙われたお母様を助けられなかったのは、私の力が封印されていたから……?」
(助けられなかった……あんなにあんなに助かって欲しいと強く願っていたのに!)
「クローディア」
「……ベルナルド様」
ベルナルド様が優しく抱きしめてくれる。
その胸にしがみつくように抱きつくと背中を撫でてくれた。
その温かさに涙がどんどん溢れて来る。
お母様はいつかこうなる事を分かっていて、それでもと思って私の力を封印したのかな?
自分の事より私の事を心配して?
私の力が明らかになると危険だったから?
「お母様……は、ずっとどんな気持ちだった、の……」
「クローディア……」
今はとにかくお母様の気持ちが知りたかった。
(だけど悔しい……どうしてお母様が殺されなくてはならなかったの……!)
お祖父様の言葉にあの人は一切否定をしなかった。
開き直っているのか罪には問われないとでも思っているのか……
(許せない!)
だけど、お母様の死の真実を知った今もあの人が王妃面していることがとにかく許せなかった。
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