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第30話 私の道標
しおりを挟むこれまで色々な目にあって来たけれど、こんなにも黒い感情を持ったのは多分初めてだった。
何より、この人の開き直っているその態度がとにかく悔しくて許せない。
───そんな私の負の心に反応してしまったのか、アピリンツ国側の空が段々と暗くなり、明らかに天候が変わった。
そのせいでアピリンツ国側にいるこの場に集まっていた人々もどんどん不安な様子になっていく。
そして、遠くでゴロゴロと雷まで鳴り出した。
「え? やだ、何!?」
それまで涼しい顔をしていたお義母様も、急激なこの変化にはさすがに慌て出す。
「何これ? そ、空が……お父様、何とかして下さいませ!?」
「……っ」
お姉様が怯えた顔でお父様にどうにかしてと頼むも、お父様は苦しそうな顔をするばかりで答えない。
「父上! このままではまた嵐が来ます! まだ、制御出来ないのですか!?」
真っ青な顔をしたお兄様もお父様に向かって叫ぶ。
「む、無茶を言わないでくれ! 私は、私だって…………くっ! 何で急にまたこんな天候が荒れだし……」
そこまで言いかけた青白い顔をしたお父様。
ハッとした様子で何かに気づいて私に向かって叫んだ。
「クローディア! まさかお前の仕業か!」
「……」
私は答えない。
じっとお父様の顔を見返すだけ。
「こ、これがお前の……お前の力なのか!?」
「……」
「お前は私の国を滅ぼす気なのか!? こ、この国は、アピリンツはお前にとっても祖国だろう!?」
「……」
その言葉にモヤッとした黒い気持ちがわたしの中に生まれる。
───祖国?
散々、私を蔑んだあげく、最悪殺されても構わないという心づもりで私を追い出したこの国が?
お母様を殺しておいて開き直っているような人が王妃面をしているこの国が?
(──ふざけないで!!)
「……わた」
「────クローディア!!」
(えっ!?)
口を開きかけたその瞬間、ベルナルド様に大声で名前を呼ばれた。
私はびっくりして、慌てて彼に顔を向ける。
ベルナルド様の顔は真剣だった。
「……駄目だよ、クローディア」
「え?」
ベルナルド様は小さな声でそれだけ言って、やや強引にそのまま私の唇を自分の唇で塞ぐ。
「──!?」
突然の口付けに私は驚く。
私だけでなくこの場にいる誰もがベルナルド様のその行動に驚いていた。
「……クローディア。君の気持ちは分かる」
「ベル、ナルド……様?」
唇を離したベルナルド様が優しく諭す様に語る。
「君の大事な母君を手に掛けたそこの王妃や、これまでクローディアを傷付けてきたような人達しかいない国を憎く思う気持ちは分かるよ」
「……」
「でも、駄目だ。これ以上、その負の感情にのまれては駄目だ」
「ベルナルド……様?」
ベルナルド様がそっと私の両頬に手を添えて顔を上に向かせる。
私たちの目が合った。
「俺はクローディアのことが大好きだから、君が望むことは何でも叶えてあげたい。そう思うけど」
「……けど?」
「このままだと、絶対にクローディアが傷付くから駄目だよ。俺は大切なクローディアが傷付くのを分かっていて黙って見てはいられない」
ベルナルド様のその言葉に私は純粋に驚いて目を大きく見開く。
「私……が、傷付く?」
「そうだよ、今、その黒い感情を抱いたまま流されてしまったら、後で必ず傷付くのはクローディアだから」
「!」
そう言ったベルナルド様は優しく私の頬を撫でる。
「アピリンツで過ごした日々は、嫌な思い出ばかりだったわけじゃないだろう? 大好きだった母君と過ごした楽しい時間だってあっただろう?」
「……あ」
その言葉に、大好きだったお母様の笑顔が浮かぶ。
いつだって強くて優しくて愛情たっぷりに私を抱きしめてくれたお母様……
(そうだ……私)
「あんな奴らの為に、そんな大事な思い出まで黒く消してしまう必要はないよ?」
「……っ」
「君の持つ優しいその二つの力は、誰かを傷付けるものじゃない。守るためのものだ」
「守る……」
優しく微笑んだままのベルナルド様が、そう言いながらチュッと私の額に口付けを落とす。
「俺の可愛い可愛いクローディアにぴったりの力だと思ってるよ?」
「ふ……ふふっ、何ですかそれ」
その言葉に思わず笑がこぼれた。
「ああ、やっと笑ってくれた。俺の大好きなクローディアの笑顔だ」
「!」
ベルナルド様はそう言って笑うと今度はチュッと頬に口付けをする。
「クローディア。あんな奴らを懲らしめる為に、わざわざ君が力なんか使わなくても、最も効果的な方法があるんだ」
「え? 効果的な方法……ですか?」
私が聞き返すと、ベルナルド様は優しく笑った。
「それは、クローディア。君がこの場にいる誰よりも幸せになることだ」
私は目を見張った。
「しあ……わせ?」
「そう、幸せだ」
ベルナルド様が甘く優しい口付けを顔中にたくさん繰り返しながら言う。
「どうせ、くだらない嫉妬心か何かの理由で安易に人の命を奪おうと企み、実行した愚かな王妃を名乗る女や、そこにいるだけの何も知らされず、また知っても何も出来ずにオロオロしているだけの一応国王である夫や……」
「……」
「クローディアの力の事を知って利用する事しか考えない兄に、自分こそが一番美しいなんて大きな勘違いをしている姉……」
ベルナルド様が笑顔で毒を吐いている。
「彼らはそんな情けなくて哀れな醜い姿を大勢の前で見せつけたからね。今更言い訳はきかないだろう? だから、もうこれからどん底に落ちる未来しかない奴らの前でクローディアが幸せになる事が一番効果的な方法だと俺は思うよ」
「ベルナルド様……」
「クローディアの事は、俺が絶対に幸せにするから」
「あ……」
そう言ってベルナルド様が今度は優しく私の唇を塞ぐ。
「お腹いっぱいだから、要らないなんて返品は言われても受け付けないよ?」
「……ん、い、言いません!」
「ははは、それは良かった。それなら可愛いクローディアの事をこれから全力で愛せる」
(ぜ、全力? なら、今までは──!?)
「ベル……」
ベルナルド様はそう笑いながら何度も迫って来た。
皆の前だと言う事もすっかり忘れて私は目の前のベルナルド様の愛を受け入れる。
(そっか、私が幸せになる事が───)
それこそがきっとお母様が自分を犠牲にしてまで一番に望んでくれていた事で、そしてあの人達が最も悔しがる方法……
「……ベルナルド様、大好き、です」
「俺もだよ、愛しいクローディア」
口付けの合間に私達は何度も難度も互いへの愛を囁きあった。
「幸せに……私と一緒に幸せになって、くれますか?」
「もちろんだ」
そんな風にベルナルド様との愛を確認し合っていたら、ずっと燻っていた黒い感情がどんどん薄れていくのが分かった。
同時に鳴り響いていた雷も静かになり、今にも嵐が起きそうなくらい暗くなっていた空は晴れ間を見せて明るさを取り戻し始めた。
その空を見て私は思う。
(ああ、良かった。めちゃくちゃにしないで……壊さないで済んだ)
ベルナルド様が止めてくれなかったら、きっと私は取り返しのつかないことをしていた。
そしてそれはアピリンツ国だけじゃない、もしかしたら、大事にしたいと思った筈のファーレンハイトまでをも巻き込んで酷いことになっていたかもしれない。
(ベルナルド様……ありがとうございます)
あなたがいてくれて良かった。
心の底からそう思った。
「ベルナルド様……」
「うん?」
チュッチュと甘い口付けを交わしながら、どうしてもどうしてもこれだけはあなたに伝えたい。
「あなたは……私の道標です、ベルナルド様」
「クローディア?」
「これからも一緒にいてください」
私の言葉に不思議そうな顔をするベルナルド様。
目を瞬かせている。
「んー? よく分からないけど、そう言って貰えるのは嬉しいな」
「……」
そう笑うと、再び甘い甘い口付けが降って来た。
───そんな、私が ベルナルド様からの甘い甘い口付け攻撃で頭の中が半分くらいトロトロに蕩け始めていた頃……
「空が、晴れ……た?」
「あんなにずっと嵐か雨か……良くて曇りだった空が……晴れた」
「な、何日ぶりだ?」
アピリンツ国側にいた人たちが空を見上げながら驚きの声をあげ始めていた。
「これが……クローディア様の真実のお力……?」
「どこが“無能”だ! ……それどころか役立たずな国王や他の人達なんかより……」
「しっ! 本当の事でも口にしたら駄目だ!」
(……? 皆、何か……言っている?)
「それもだが、我々はさっきからずっとラブシーンを見せつけられているのはどうすればいいんだ?」
「誰かあの二人を止められるか?」
「無理だ!」
あの雰囲気に割って入れる奴がいたら見てみたい。
なので、話はあの甘いイチャイチャが終わってからだ……
誰もがそう思いながら二人を静かに見守ることにした。
そんな一方で、アピリンツ国の王族たち────国王、王妃、王子王女はそれぞれ唖然呆然とした様子でその場に立ち尽くしていた。
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