【完結】婚約発表前日、貧乏国王女の私はお飾りの妃を求められていたと知りまして

Rohdea

文字の大きさ
45 / 67

45. ベビーと約束

しおりを挟む


 ジョシュア・ギルモアに遊ばれながらもエドゥアルトが面白いくらい伯爵令嬢に想いを募らせていく中、残念ながら私は彼女と会う機会がなかなか訪れずにいた。
 しかし……

「───なんですって?」

 私が聞き返すとナンシーは言った。

「ですから、ウッドワード伯爵令嬢が坊っちゃまを訪ねて来られました」
「……!」

 私はクワッと目を見開く。

(キタキタキタキタキタキターーーー!)

 ついに来た!

「……奥様、顔がゆるっゆるです」
「ほっほっほっ、失礼」

 ナンシーに指摘を受けて私はムニュッと緩んだ顔を元に戻す。

「あら、でも待って?  エドゥアルトは確か……」
「はい。はっはっはっ!  行ってくるとだけ言い残して外に出かけられました」
「………………それは確実にギルモア家に行ってるわよね?」
「おそらく」

 帰りはきっとあのベビーと共に笑って帰ってくる。

「そういうわけで、奥様。前に命令受けた通り、ウッドワード伯爵令嬢は引き止めております」
「ナンシー!」

 なんて出来る子!
 侍女の鏡よ!!

「さすがね」
「ありがとうございます」
「ほっほっほっ!  よくやったわ、ナンシー!  息子の未来のお嫁さん(仮)…………ついに対面の時よ!!」

(ほっほっほっ!  元王女で公爵夫人の顔で行くわよ~)

 私は顔を引き締めて彼女……レティーシャ・ウッドワード嬢の元へと向かった。




(あらあらあら、ガッチガチに緊張してるわ……)

 初めて会ったレティーシャ・ウッドワード嬢は、聞いていた通り、強い瞳が印象に残る令嬢だった。
 エドゥアルトの話だと、それを怖いなどと言うおバカさんもいたようだけど。
 そんな彼女は突然訪れた私との対面に固まっている。

(まあ、仕方がないわよね) 

 内心で苦笑しながらゆっくりお茶を飲む。
 あのエドゥアルトが心惹かれ、ジョシュア・ギルモアが懐いているくらいなのだから、“いいお嬢さん”なのは分かっている。
 もちろん、エドゥアルトのこともガンガン利用してくれて構わない。
 なので、エドゥアルトの“母親”として知りたいことは……

 ───どこまで、あのエドゥアルトのことを理解してくれているか!  よ。

 そもそも踏まれたい欲を秘めてる性癖を持つやべぇ男なんてそうそういない。
 当然、人を踏める令嬢もいない。
 でも、予感がする。
 この子なら────やれる!
 あの微笑みの天使……いえ、微笑みの悪魔が懐いている彼女なら!

「貴女も想像がつくと思うけど───」

 私は神妙な顔で息子、エドゥアルトのことを語り出した。




(……この子、いいわ!)

 エドゥアルトの三十五回失敗したお見合いの話も、妙ちくりんな格好の話も、珍妙グッズ専用ルームの話も出してみたけれど、どれも引いてない!
 それどころか、知ってますという顔!  素晴らしい!

(そうよね……あの素直なエドゥアルトだもの……これらの話を隠してるはずがなかったわ)

 カス男と別れるためという事情があるにせよ、あの性格を分かった上でエドゥアルトと居てくれるお嬢さんなんて今後、出てこないんじゃないかしら?

(エドゥアルト────)

 三十五回のお見合い失敗はきっと彼女との出会いのためにあったに違いないわ。
 内心でそう興奮した私はついうっかり、お嫁に来てあの子を踏んで……と口走ってしまった。

 その時、玄関が騒がしくなる。
 騒がしくなったということは───
 睨んだ通り、あのニッパニパの微笑みベビーを連れて帰って来たわね?

 ───あうあ~

 ニパッ!
 あの口癖とセットで無邪気(に見える)微笑みでジョシュア・ギルモアは我が家の使用人たちをメロメロにしている。

『奥様、あうあくんは今日も可愛いです!』

 あうあは口癖で名前じゃない……
 でも使用人界隈ではそう呼ばれている。

『奥様、ギルモア家のあうあくんがズリズリ腹這いしてます、可愛い……!』

 特技、高速ハイハイだけかと思えば腹這いも信じられないくらい早いのよねぇ……
 とにかく皆、あの子にメロメロ。

「あうあ~」
「はっはっはっ!」

 そうこうしているうちに、ベビーの元気な声とエドゥアルトの声が聞こえて来た。
 でも、私は知っている。
 彼らはこのままここには来ないで意味不明な物置部屋を目指す冒険の旅に出ることを。
 しかし、この日のベビーは何故かレティーシャ嬢の匂いを嗅ぎ取った。

「お姉さんの匂いがしますです?  なに?  もしかしてお姉さんとはあのお姉さんか!」
「あうあ!」

 エドゥアルトの声が弾んでいる。
 そんな嬉しさが爆発している息子より、私はベビーの方が恐ろしい。

(いったいどんな嗅覚してるわけ?)



 その後、ベビーの案内で迷子となったエドゥアルト。
 ようやくレティーシャ嬢と出会うことが出来た。
 そんなエドゥアルトの顔を見て私は思う。
 やっぱり、エドゥアルトは彼女を特別に思ってる……と。



────


「ほっほっほっ……まさか、貴方と部屋で二人っきりになる日が来るとは思わなかったわ」
「あうあ!」

 私の膝の上にちょこんと乗ったベビー、ジョシュア・ギルモアはいつもの調子でニパッと笑う。
 エドゥアルトとレティーシャ嬢に“二人っきり”の時間を作るため、私はベビーと強引に部屋に残った。
 逃げ出さないよう、膝の上でガッチリ捕まえておく。

「あうあ!」

(……ダメね、何を言ってるのかさっぱり)

 エドゥアルトは何故、この子の言葉が分かるのかしら?
 本当に不思議で仕方がない。

「ほっほっほっ!  ジョシュア・ギルモア。ちょうどよい機会だからお話させてもらいます!」
「あうあ!」

 ニパッ!

「……」

 この無邪気な笑顔を見るだけで負けそうになる。
 でも、可愛い息子の未来のためにもこれだけは確認……いえ、釘を刺しておかないと。

「あなたはエドゥアルトが好きね?」
「あうあ!」

 ニパッ!
 満面の笑顔で手をパタパタさせるジョシュア・ギルモア。

「ウッドワード嬢……レティーシャお姉さんも好きよね?」
「あうあ!」

 ニパッ!

(好きです!  と言ってると信じるわよ……)

「ジョシュア・ギルモア」
「あうあ」
「貴方をガーネットお姉さまの孫───いえ、ギルモア家の漢と見込んで大事なお願いがあります」
「───あうあ!!」

 ジョシュア・ギルモアの目の奥がキラッと輝いた。
 やはり……!
 これまでのエドゥアルトの会話(?)で感じていたけど、この子は“ギルモア家の男”であることを誇りに思ってる。
 だから、こう言えば話に乗ってくると思ったわ。

「私はね、あなたのお父様のようにエドゥアルトにも幸せになってもらいたいの」
「あうあ!」
「そして、レティーシャお姉さんは、その幸せに欠かせない人なの」
「あうあ!!」

 ニパッ!

「だから、貴方は二人が幸せになれるようにこれからもお手伝いをして欲しいのよ」
「あうあ!」
「───まずは、レティーシャお姉さんを苦しめるカス男をペッシャンコにしないとね」
「あうあ!!」

 ニパッ!

「これからもその圧の強い笑顔で二人の距離を近づけつつも見守ってくれるかしら?」
「あうあ!!!!」
「……」

 よく分からないけど、“任せてくださいです”と言ってくれている気がするわ。

「───よろしくね!  ジョシュア・ギルモア!」
「あうあ!!」
「あ、でもエドゥアルトには私がこんなお願いしたことは秘密にしておいてね?」
「あうあ!」

 私はクスッと笑って口元で指を一本立てる。

 ニパッ!
 こうしてこの日、私は小さなベビーとこっそり秘密の約束をした。

しおりを挟む
感想 177

あなたにおすすめの小説

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

愚か者が自滅するのを、近くで見ていただけですから

越智屋ノマ
恋愛
宮中舞踏会の最中、侯爵令嬢ルクレツィアは王太子グレゴリオから一方的に婚約破棄を宣告される。新たな婚約者は、平民出身で才女と名高い女官ピア・スミス。 新たな時代の象徴を気取る王太子夫妻の華やかな振る舞いは、やがて国中の不満を集め、王家は静かに綻び始めていく。 一方、表舞台から退いたはずのルクレツィアは、親友である王女アリアンヌと再会する。――崩れゆく王家を前に、それぞれの役割を選び取った『親友』たちの結末は?

私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?

睡蓮
恋愛
セレスとクレイは婚約関係にあった。しかし、セレスよりも他の女性に目移りしてしまったクレイは、ためらうこともなくセレスの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたクレイであったものの、後に全く同じ言葉をセレスから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。 ※全6話完結です。

婚約破棄された地味伯爵令嬢は、隠れ錬金術師でした~追放された辺境でスローライフを始めたら、隣国の冷徹魔導公爵に溺愛されて最強です~

ふわふわ
恋愛
地味で目立たない伯爵令嬢・エルカミーノは、王太子カイロンとの政略婚約を強いられていた。 しかし、転生聖女ソルスティスに心を奪われたカイロンは、公開の舞踏会で婚約破棄を宣言。「地味でお前は不要!」と嘲笑う。 周囲から「悪役令嬢」の烙印を押され、辺境追放を言い渡されたエルカミーノ。 だが内心では「やったー! これで自由!」と大喜び。 実は彼女は前世の記憶を持つ天才錬金術師で、希少素材ゼロで最強ポーションを作れるチート級の才能を隠していたのだ。 追放先の辺境で、忠実なメイド・セシルと共に薬草園を開き、のんびりスローライフを始めるエルカミーノ。 作ったポーションが村人を救い、次第に評判が広がっていく。 そんな中、隣国から視察に来た冷徹で美麗な魔導公爵・ラクティスが、エルカミーノの才能に一目惚れ(?)。 「君の錬金術は国宝級だ。僕の国へ来ないか?」とスカウトし、腹黒ながらエルカミーノにだけ甘々溺愛モード全開に! 一方、王都ではソルスティスの聖魔法が効かず魔瘴病が流行。 エルカミーノのポーションなしでは国が危機に陥り、カイロンとソルスティスは後悔の渦へ……。 公開土下座、聖女の暴走と転生者バレ、国際的な陰謀…… さまざまな試練をラクティスの守護と溺愛で乗り越え、エルカミーノは大陸の救済者となり、幸せな結婚へ! **婚約破棄ざまぁ×隠れチート錬金術×辺境スローライフ×冷徹公爵の甘々溺愛** 胸キュン&スカッと満載の異世界ファンタジー、全32話完結!

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

赤毛の伯爵令嬢

もも野はち助
恋愛
【あらすじ】 幼少期、妹と同じ美しいプラチナブロンドだった伯爵令嬢のクレア。 しかし10歳頃から急に癖のある赤毛になってしまう。逆に美しいプラチナブロンドのまま自由奔放に育った妹ティアラは、その美貌で周囲を魅了していた。いつしかクレアの婚約者でもあるイアルでさえ、妹に好意を抱いている事を知ったクレアは、彼の為に婚約解消を考える様になる。そんな時、妹のもとに曰く付きの公爵から婚約を仄めかすような面会希望の話がやってくる。噂を鵜呑みにし嫌がる妹と、妹を公爵に面会させたくない両親から頼まれ、クレアが代理で公爵と面会する事になってしまったのだが……。 ※1:本編17話+番外編4話。 ※2:ざまぁは無し。ただし妹がイラッとさせる無自覚系KYキャラ。 ※3:全体的にヒロインへのヘイト管理が皆無の作品なので、読まれる際は自己責任でお願い致します。

婚約破棄されたので辺境でスローライフします……のはずが、氷の公爵様の溺愛が止まりません!』

鍛高譚
恋愛
王都の華と称されながら、婚約者である第二王子から一方的に婚約破棄された公爵令嬢エリシア。 理由は――「君は完璧すぎて可愛げがない」。 失意……かと思いきや。 「……これで、やっと毎日お昼まで寝られますわ!」 即日荷造りし、誰も寄りつかない“氷霧の辺境”へ隠居を決める。 ところが、その地を治める“氷の公爵”アークライトは、王都では冷酷無比と恐れられる人物だった。 ---

【完結】婚約破棄はいいのですが、平凡(?)な私を巻き込まないでください!

白キツネ
恋愛
実力主義であるクリスティア王国で、学園の卒業パーティーに中、突然第一王子である、アレン・クリスティアから婚約破棄を言い渡される。 婚約者ではないのに、です。 それに、いじめた記憶も一切ありません。 私にはちゃんと婚約者がいるんです。巻き込まないでください。 第一王子に何故か振られた女が、本来の婚約者と幸せになるお話。 カクヨムにも掲載しております。

処理中です...