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45. ベビーと約束
しおりを挟むジョシュア・ギルモアに遊ばれながらもエドゥアルトが面白いくらい伯爵令嬢に想いを募らせていく中、残念ながら私は彼女と会う機会がなかなか訪れずにいた。
しかし……
「───なんですって?」
私が聞き返すとナンシーは言った。
「ですから、ウッドワード伯爵令嬢が坊っちゃまを訪ねて来られました」
「……!」
私はクワッと目を見開く。
(キタキタキタキタキタキターーーー!)
ついに来た!
「……奥様、顔がゆるっゆるです」
「ほっほっほっ、失礼」
ナンシーに指摘を受けて私はムニュッと緩んだ顔を元に戻す。
「あら、でも待って? エドゥアルトは確か……」
「はい。はっはっはっ! 行ってくるとだけ言い残して外に出かけられました」
「………………それは確実にギルモア家に行ってるわよね?」
「おそらく」
帰りはきっとあのベビーと共に笑って帰ってくる。
「そういうわけで、奥様。前に命令受けた通り、ウッドワード伯爵令嬢は引き止めております」
「ナンシー!」
なんて出来る子!
侍女の鏡よ!!
「さすがね」
「ありがとうございます」
「ほっほっほっ! よくやったわ、ナンシー! 息子の未来のお嫁さん(仮)…………ついに対面の時よ!!」
(ほっほっほっ! 元王女で公爵夫人の顔で行くわよ~)
私は顔を引き締めて彼女……レティーシャ・ウッドワード嬢の元へと向かった。
(あらあらあら、ガッチガチに緊張してるわ……)
初めて会ったレティーシャ・ウッドワード嬢は、聞いていた通り、強い瞳が印象に残る令嬢だった。
エドゥアルトの話だと、それを怖いなどと言うおバカさんもいたようだけど。
そんな彼女は突然訪れた私との対面に固まっている。
(まあ、仕方がないわよね)
内心で苦笑しながらゆっくりお茶を飲む。
あのエドゥアルトが心惹かれ、ジョシュア・ギルモアが懐いているくらいなのだから、“いいお嬢さん”なのは分かっている。
もちろん、エドゥアルトのこともガンガン利用してくれて構わない。
なので、エドゥアルトの“母親”として知りたいことは……
───どこまで、あのエドゥアルトのことを理解してくれているか! よ。
そもそも踏まれたい欲を秘めてる性癖を持つやべぇ男なんてそうそういない。
当然、人を踏める令嬢もいない。
でも、予感がする。
この子なら────やれる!
あの微笑みの天使……いえ、微笑みの悪魔が懐いている彼女なら!
「貴女も想像がつくと思うけど───」
私は神妙な顔で息子、エドゥアルトのことを語り出した。
(……この子、いいわ!)
エドゥアルトの三十五回失敗したお見合いの話も、妙ちくりんな格好の話も、珍妙グッズ専用ルームの話も出してみたけれど、どれも引いてない!
それどころか、知ってますという顔! 素晴らしい!
(そうよね……あの素直なエドゥアルトだもの……これらの話を隠してるはずがなかったわ)
カス男と別れるためという事情があるにせよ、あの性格を分かった上でエドゥアルトと居てくれるお嬢さんなんて今後、出てこないんじゃないかしら?
(エドゥアルト────)
三十五回のお見合い失敗はきっと彼女との出会いのためにあったに違いないわ。
内心でそう興奮した私はついうっかり、お嫁に来てあの子を踏んで……と口走ってしまった。
その時、玄関が騒がしくなる。
騒がしくなったということは───
睨んだ通り、あのニッパニパの微笑みベビーを連れて帰って来たわね?
───あうあ~
ニパッ!
あの口癖とセットで無邪気(に見える)微笑みでジョシュア・ギルモアは我が家の使用人たちをメロメロにしている。
『奥様、あうあくんは今日も可愛いです!』
あうあは口癖で名前じゃない……
でも使用人界隈ではそう呼ばれている。
『奥様、ギルモア家のあうあくんがズリズリ腹這いしてます、可愛い……!』
特技、高速ハイハイだけかと思えば腹這いも信じられないくらい早いのよねぇ……
とにかく皆、あの子にメロメロ。
「あうあ~」
「はっはっはっ!」
そうこうしているうちに、ベビーの元気な声とエドゥアルトの声が聞こえて来た。
でも、私は知っている。
彼らはこのままここには来ないで意味不明な物置部屋を目指す冒険の旅に出ることを。
しかし、この日のベビーは何故かレティーシャ嬢の匂いを嗅ぎ取った。
「お姉さんの匂いがしますです? なに? もしかしてお姉さんとはあのお姉さんか!」
「あうあ!」
エドゥアルトの声が弾んでいる。
そんな嬉しさが爆発している息子より、私はベビーの方が恐ろしい。
(いったいどんな嗅覚してるわけ?)
その後、ベビーの案内で迷子となったエドゥアルト。
ようやくレティーシャ嬢と出会うことが出来た。
そんなエドゥアルトの顔を見て私は思う。
やっぱり、エドゥアルトは彼女を特別に思ってる……と。
────
「ほっほっほっ……まさか、貴方と部屋で二人っきりになる日が来るとは思わなかったわ」
「あうあ!」
私の膝の上にちょこんと乗ったベビー、ジョシュア・ギルモアはいつもの調子でニパッと笑う。
エドゥアルトとレティーシャ嬢に“二人っきり”の時間を作るため、私はベビーと強引に部屋に残った。
逃げ出さないよう、膝の上でガッチリ捕まえておく。
「あうあ!」
(……ダメね、何を言ってるのかさっぱり)
エドゥアルトは何故、この子の言葉が分かるのかしら?
本当に不思議で仕方がない。
「ほっほっほっ! ジョシュア・ギルモア。ちょうどよい機会だからお話させてもらいます!」
「あうあ!」
ニパッ!
「……」
この無邪気な笑顔を見るだけで負けそうになる。
でも、可愛い息子の未来のためにもこれだけは確認……いえ、釘を刺しておかないと。
「あなたはエドゥアルトが好きね?」
「あうあ!」
ニパッ!
満面の笑顔で手をパタパタさせるジョシュア・ギルモア。
「ウッドワード嬢……レティーシャお姉さんも好きよね?」
「あうあ!」
ニパッ!
(好きです! と言ってると信じるわよ……)
「ジョシュア・ギルモア」
「あうあ」
「貴方をガーネットお姉さまの孫───いえ、ギルモア家の漢と見込んで大事なお願いがあります」
「───あうあ!!」
ジョシュア・ギルモアの目の奥がキラッと輝いた。
やはり……!
これまでのエドゥアルトの会話(?)で感じていたけど、この子は“ギルモア家の男”であることを誇りに思ってる。
だから、こう言えば話に乗ってくると思ったわ。
「私はね、あなたのお父様のようにエドゥアルトにも幸せになってもらいたいの」
「あうあ!」
「そして、レティーシャお姉さんは、その幸せに欠かせない人なの」
「あうあ!!」
ニパッ!
「だから、貴方は二人が幸せになれるようにこれからもお手伝いをして欲しいのよ」
「あうあ!」
「───まずは、レティーシャお姉さんを苦しめるカス男をペッシャンコにしないとね」
「あうあ!!」
ニパッ!
「これからもその圧の強い笑顔で二人の距離を近づけつつも見守ってくれるかしら?」
「あうあ!!!!」
「……」
よく分からないけど、“任せてくださいです”と言ってくれている気がするわ。
「───よろしくね! ジョシュア・ギルモア!」
「あうあ!!」
「あ、でもエドゥアルトには私がこんなお願いしたことは秘密にしておいてね?」
「あうあ!」
私はクスッと笑って口元で指を一本立てる。
ニパッ!
こうしてこの日、私は小さなベビーとこっそり秘密の約束をした。
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