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56. 妹もヤバかった
しおりを挟む(……ん? 視線?)
これは愉快ね、と高笑いしているガーネットお姉さまの姿に見惚れていたら、何やら圧の強い視線を感じたので後ろを振り返った。
「ひっ!?」
そして、思わず小さな悲鳴を上げてしまう。
(な、なに? ア……アイラ・ギルモアが私を凝視している?)
ナターシャと兄のジョシュア・ギルモアの戯れ(?)を静かに見ていたはずのアイラ・ギルモアが何故かじーっと私のことを見ている。
─────ジョシュアと違って声も小さめで、大人しい子だけど、目力と言うのかしら? 無言の圧はすごいから
あうあ、の声にかき消されたけれどガーネットお姉さまはそう言っていた。
「……」
「……っ!」
(なるほど、これが無言の圧!)
そして、私の見た夢では登場したものの無言だった。
けれど、ガーネットお姉さま曰く、
“成長後は見た目とのギャップ萌えで令息たちを手玉に取るやべぇ女王様……”
「……」
「…………っ!」
まだ、0才のベビーに何故か私の方が圧倒されそうになる。
でも、よくよく考えればこの子もガーネットお姉さまの血を引く孫。
ニパッと笑う兄の影に隠れがちだけど、この子もやべぇ子なのは間違いない。
「あら、アイラ? どうかしたの? あなたも女性トークに混ざりたい?」
アイラ・ギルモアの視線に気付いたガーネットお姉さまがホホホと笑いながら呼びかける。
「………………ぅ」
ここでアイラ・ギルモアが初めて口を開いた。
(な! なんて、か細くて可愛い声なのかしら……!)
母親であるセアラ夫人によく似た可憐でおっとりした顔に加えてこの可愛らしい声……
ジョシュア・ギルモアとは違う可愛さ……
(無口・無表情は大正解かもしれない)
もし、こんな子に微笑まれたら、その辺のカス男はもうイチコロ間違いなし!
「ホ~ホッホッホッ! こっちへおいで、アイラ」
「ぅぁ」
(────え?)
突然のことに驚いた私はコシコシ目を擦る。
か細い声で返事をしたと思ったその瞬間、私たち目の前にアイラ・ギルモアが…………居る。
「え? いつの間に移動、え?」
「ホーホッホッホッホ! 凄いでしょう? アイラはね、ジョシュア並の素早さでハイハイ出来る子なのよ」
「こ、高速ハイハイ……」
「そうよ。ほんの一瞬、目を離しただけで消えられるのよ、凄いでしょ?」
ガーネットお姉さまがアイラ・ギルモアの頭を撫でながらそう口にする。
「しかも、ジョシュアと違って無言で静かに消えるから厄介なのよねぇ。気付くといないの」
ホーホッホッホッと笑いながら話すガーネットお姉さま。
私は驚いて言葉を失う。
(え、つまり……)
私は考える。
将来、成長した我が家のナターシャがこの音もなく消える技能を持ち、かつ方向音痴の血を引いたアイラ・ギルモアを捕まえるには……
(────気配を察知出来るような感覚の鋭い子にならないといけない……?)
清く正しく気高く美しく強く逞しく図太く……そして鋭く?
(どんな超人……)
私はチラッとナターシャに視線を向ける。
「あっぷぁあ~~!!」
「あうあ~」
ハイスペック超人にならないといけないナターシャは何も知らずにまだ、ジョシュア・ギルモアの上で飛び跳ねている。
(あれ、いつ終わるのかしら……)
「…………ぅぁぅ」
「ん? アイラ? 何か言った?」
「……」
「え? ナターシャがすごいですって?」
「……」
よく分からないけど、ナターシャが褒められている?
ガーネットお姉さまも不思議そうに聞き返す。
「……」
「えっと? 注文の多いお兄様が求める場所をピンポイントで踏んでいる……?」
「……」
「あの子は最高のお兄様専属のマッサージ師になれますわ? 引き抜きましょう……って、アイラ! ナターシャはマッサージ師じゃなくて公爵家の令嬢よ!?」
「…………ぅ?」
アイラ・ギルモアの眉がピクリと動いた。
ガーネットお姉さまがさらに慌てて説明する。
「ナターシャはこちらのコックス公爵夫人の孫なのよ! あなた分かっていなかったの?」
「……」
「あんなベビーのマッサージ師いるはずないでしょ!」
アイラ・ギルモアがムムッと眉を寄せる。
ガーネットお姉さまがふぅ、と息を吐いた。
「全く……ナターシャはナターシャでジョシュアを下僕にすると言ったり、アイラはナターシャを凄腕マッサージ師だから我が家に引き抜こうと言ったり……ベビーたちは互いをなんだと思ってるのよ」
「……」
嘆くガーネットお姉さまをじぃぃっと無言で見つめるアイラ・ギルモア。
(本当に静かな子ね……)
もしここにいるのがナターシャだったなら、この間もずっとあっぶぁぁあ、うあったあーなど、何かしらペラペラお喋りしているはず。
私は謎に満ちたアイラ・ギルモアにそっと声をかけてみた。
「ねぇ、あなたは何か好きな物とかあるのかしら?」
「……」
顔を上げたアイラ・ギルモアは無言で頭についてるリボンをスッと指さした。
「ああ、そのおリボン? 可愛いわね。そういえばナターシャも最近、たくさんリボンを作らせているけど───」
「ぅ」
「え?」
これがベビー界では流行りなの? そう聞こうとしたらか細い声に遮られた。
「……ぅぁ」
「えっと?」
「…………ぅぁ、ぅ」
これは何事? すごい圧を感じる。
そしてグイグイ迫られている気がする。
「ぅ!」
「えっと?」
「ぅぁ!」
「うあ? えっと、だから……」
グイグイ来る姿はジョシュア・ギルモアを彷彿とさせる。
さすが兄妹だと思わされた。
(しかし、この尋常ではない何かを訴えるかのような圧……)
「はっ! も、もしかして、ナターシャのコレクションのリボンが見たいのかしら……?」
「…………ぅぁっ!!」
「近っ!」
アイラ・ギルモアの顔が更に迫って来る。
私はガーネットお姉さまに助けを求めた。
「ホーホッホッホッ、大正解! 今、ベビー界ではあのデカリボンが流行ってるらしく、アイラはかなり興味津々なのよ」
「や、やっぱり……」
「だから、もし可能ならナターシャのコレクションをあとで少し見せてあげてくれると嬉しいわ」
「ぅ!」
「少しだけでも見られればアイラも満足すると思うのよねぇ」
ガーネットお姉さまはケラケラ笑いながらそう言った。
「な、なるほど。分かったわ。では、ナターシャが踏みつけるのを満足し終えたら一緒に……」
「うあっ!!」
(ん?)
ナターシャのコレクションなので、ナターシャの許可なく私が勝手に見せるわけにはいかない。
だから、ジョシュア・ギルモアへの踏み踏みが終わってから一緒に、と言おうとしたのだけど……
(気のせいかしら。今、アイラ・ギルモアの今日一番の大声を聞いたような……?)
なんて思っていたら、アイラ・ギルモアの視線が今もキャッキャウフフしているナターシャと兄であるジョシュアに向けられた。
「…………ぅぁ」
そして、小さく何か呟いたと思ったその瞬間、アイラ・ギルモアは高速ハイハイで二人の元に向かって駆け出した。
そして……
「う、うっあ、あっばぁぁ!?」
「あうあ~~」
「……」
アイラ・ギルモアはそのまま減速することなくどーんと勢いよく二人に向かって体当たりした。
(え、えぇええぇえ!?)
「……」
「あうあ~」
突然のことに呆然とするナターシャは完全に言葉を失っている。
その横では、体当されて吹き飛ばされて転ばされたのに、ニパッと笑うジョシュア・ギルモア。
「ホーホッホッホ、アイラったら、終わるのなんかちんたら待ってなどいられませんわ───ってことで体当たりしたみたいね」
お姉さまが笑いながらそう言った。
「つ、つまり? 我慢できず強制終了させた、ということかしら?」
「そういうことになるわねぇ」
(お、大人しい顔して、えげつない!!)
そんなアイラ・ギルモアは呆然としているナターシャとニパッと笑う兄を無言で見つめていた。
「……」
やがて、ハッと我に返るも混乱するナターシャが叫ぶ。
「うあ、あっぷぁあうあ、うあっあぁぁ~~!?」
────い、いまどーんって、いったい何が起きたんですのぉぉ~~!?(通訳:侯爵)
続いて、いつでもどこでも転んでてもマイペースでニパッと笑うジョシュア・ギルモア。
「あうあ~」
────アイラは元気いっぱいです~(通訳:侯爵)
そして自分の欲のためなら手段も厭わないアイラ・ギルモア。
「……ぅぁ」
────おリボン! さあ、早くおリボン見に行くですわ。どこですの!(通訳:ガーネットお姉さま)
(ああ、ナターシャ…………強く生きて)
私はこの日、こう結論づけた。
─────ギルモア家はベビーから大人まで……皆、それぞれヤバい。
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