【完結】婚約発表前日、貧乏国王女の私はお飾りの妃を求められていたと知りまして

Rohdea

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60. 慣れって怖い

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「あうあ~~」
「ん?  ジョシュア。今日は張り切ってるな」
「あうあ~~」

 ニパッ!
 寝起きのドタバタを終えたジョシュア・ギルモアが祖父の侯爵と仲良く部屋を出ようとする。
 呆然としていた様子のナターシャがハッと我に返った。

「……あっぷぁあ!」

 ゲシッと一発、エドゥアルトに蹴りを入れた。

「おっふ!?  ナ、ナターシャ……」
「あっぷぁあ!  あっぷぁあうあっあ!  あうあうあっうあったぁ!!」

 苦しそうにお腹を押さえるエドゥアルト。
 ナターシャはそんな父親を気にすることなくジョシュアと侯爵を指さして叫ぶ。

「はっはっは!  ナターシャ。今のはいい蹴りだったぞ」
「あっあっあっうあっあ!  あぶぁあ」

(エドゥアルト、笑ってる場合!?  ナターシャが荒ぶってる。大丈夫かしら)

 私はハラハラしながら二人を影から見守る。
 そんな私の耳にはジョシュア・ギルモアと侯爵の会話が聞こえてきた。

「あうあ~~」
「ん?  ベビーちゃんはいつでも元気です~~?  そうだな」
「あうあ~~」
「なぜか、ボクの名前をいっぱい叫んでます~~?  …………ああ、確かに今も“ジョシュア、ジョシュアが部屋から出て行きますわ!  逃がすかこらぁ!!”  って叫びながらエドゥアルトに蹴りを入れてたな」
「あうあ~~」
「ああ、さすがだ。あの子はいい足を持っている」

 ジョシュア・ギルモアと侯爵がエドゥアルトに蹴りを入れたナターシャのことをうっとりした顔で見つめる。

「───ねぇ、エリオット。あそこの二人、どう見てもナターシャの足捌きに見惚れてるんだけど」
「侯爵、将来有望だな……とか呟いてるぞ」
「それは、淑女としてどうなの…………あ!」

 そんな話をしていたら、エドゥアルトがはっはっは!  と笑いながらナターシャを連れて部屋を出てきた。
 私とエリオットはナターシャに見つからないよう柱の影に隠れた。

「ところで、ウェンディ……彼らは何処に行くんだ?」
「さあ?」

 私とエリオットが首を傾げたその時、背後からホーホッホッホッ!  と高笑いが聞こえた。
 びっくりした私たちは慌てて振り返る。

「今日はギルモア家へようこそ。あなたたちの我が家での尾行はジョエルとエドゥアルトが十歳の時以来かしら?」
「ガー……侯爵夫人」

 ガーネットお姉さまがホホホと笑いながら背後に立っていた。
 立っているだけで華になる。
 今日も変わらず美しい。

「弱みを見つけて隙あらばジョシュアをぶっ倒そうだなんて、コックス公爵家のお姫様は随分と血気盛んなベビーだこと。誰に似たの?」
「もちろん、ウェンディです」

(!?)

 クイッと眼鏡を持ち上げたエリオットが大真面目な顔で即答した。

「オーホッホッホ!  まあ、そうでしょうね!」

(!?)

 ガーネットお姉さまは否定もせずにあっさり肯定した。

「でも、ナターシャ。あの子の場合はレティーシャさんの強さも混じっているんじゃないかしら」
「え、ええ。それは確かに……ありそうですわね」

 私は頷く。
 レティーシャさんのカス男に負けなかった強さ。
 それはぜひ、ナターシャにも引き継いでもらいたい。

「あのいつでもどこでもニッパニパの笑顔だけで無双するやんちゃな悪魔をギャフンさせることが出来るのはナターシャくらいかもしれないわね」

 ガーネットお姉さまは愉快ねぇ、見たいわぁと楽しそうに笑う。
 この人は本当に面白いことがお好きだ。

「───あの?  ところで部屋を出て何処に向かっているんですの?」
「ああ、ジョルジュとジョシュアのこと?  庭よ」

 私が訊ねるとガーネットお姉さまはあっけらかんとした顔で答えた。

「「庭!?」」

 驚いた私とエリオットの声が重なる。

「朝……じゃない。昼に目覚めてからのジョルジュの土いじりは日課なのよ。ジョシュアはオマケでよく着いていくのよね」
「つ、土いじり……侯爵家の当主が?」

 思わず聞き返すとガーネットお姉さまが高らかに笑う。

「ホホホ、そうよ」
「庭師は……」
「もちろんいるわよ~?  ジョルジュはちょっとね。日課になっちゃったの」

(さすが謎の男……ジョルジュ・ギルモア……)

 よく分からないながらも私とエリオットもこっそり後をつけて庭に向かうことにした。




「───よし!  ジョシュア。今日もいい感じに土を掘っていくぞ!」
「あうあ!」

 ニパッ!
 愛用(?)のスコップを手にした祖父と孫が楽しそうにキャッキャし始めた。
 私はそんな二人を恨めしい気持ちで睨みつける。

「だ、大丈夫か、ウェンディ?  目が据わってるぞ?」
「ほっほっほ……」

(なぜ……なぜ、庭に出るのに一時間もかかったの!?)

 庭に向かうと言っていた侯爵とジョシュア・ギルモアの後をこっそりつけること約一時間。
 フラフラフラフラ迷路のようにさ迷った挙句、ようやく……ようやく庭に出ることが出来た。

「う、うあったぁぁ!!」

 同じくさ迷い続けたナターシャも叫ぶ。
 ────ど、どういうことですの!!  とか言ってると思う。

「どうした、ナターシャ?  ようやく庭に到着だぞ。しかし、今日は辿り着くのが早かったな!」
「あぶぁ!?」

 エドゥアルトの言葉を聞いてナターシャも私も愕然とする。

(一時間で早い…………ですって!?)

「ほっほっほ、エリオット。私、迷子体質……舐めてたわ」
「広い家だが自分の家なのにな……しかも毎日の日課なんだろう?」

 ため息を吐いた私とエリオットは、気を取り直して木の影に隠れてこっそり見守る。
 土いじり……貴族がやること?  とは思うものの、なんて微笑ましい光け……

「いつ何時、悪い奴が現れるか分からないからな!」
「あうあ!」
「始末して埋めるです───そうだ。そのためにも事前に土は掘っておく必要がある」

(……ん?)

 悪い奴……?
 始末して埋める……?
 何やらジョシュア・ギルモアと侯爵の間で物騒な単語が飛び交う。

「あ、あっぷぁあ……?」
  
 そんな物騒な会話を近くで聞いていたナターシャが、恐ろしい物を見るような目で二人を見る。

「ん?  ナターシャ?  ああ、そうか。ナターシャは初めて見るのか」
「あっぷぁあ……」

 ナターシャを抱っこしたまま、エドゥアルトが解説を始める。

「侯爵様とジョシュアは、人を埋めることを前提に庭を掘っている」
「……う!?」

 クワッとナターシャの目が大きく開いた。

(なんですって!?)

「う、うぅうううう!?」

 焦るナターシャ。
 私も耳を疑った。

「もちろん、無差別ではないぞ?  悪人限定だ」
「あばばばば……!?」

 私もだけど、さっぱり意味が分からなかったナターシャがまたしても涙目で変な声を上げる。

「安心しろ。一応まだ人が埋まったことはないそうだ」
「う、うあったぁぁ……」

 エドゥアルトのその言葉に私もホッと胸を撫で下ろす。

「あうあ~~!」
「見るんだ、ナターシャ。あのジョシュアの楽しそうな顔」
「……」
「あうあ、あうあ~~」

 ニパッ、ニパッと楽しそうに小さなスコップを手に笑って土を掘るジョシュア・ギルモアと侯爵。

「いいか?  あれがジョシュアの喜怒哀楽のうちの“楽のあうあ”だ」
「あっぷぁあ……」

 ナターシャが眩しそうに楽しそうな二人をじっと見る。

(喜のあうあも違いが分からなかったけど、楽のあうあも普段との違いがさっぱりよ……)

「───そうか、ジョシュアは生き埋め派か」
「あうあ!」

 ニパッ!

(…………ん?)

「地獄を見せてからさらに地獄に叩き落とすです───相変わらずえげつないな、ジョシュア」
「あうあ!」

 ニパッ!

「あっぷぁあ!?  あばばばば……」
「ん?  どうした、急にパタパタ…………はっはっは!  分かったぞ!  ナターシャもジョシュアと共に土を掘りたいんだな!」
「あばばばば……!?」

 ジョシュア・ギルモアのやべぇ発言を聞いて慌てふためくナターシャ。
 すっかりギルモア家に溶け込んでいるエドゥアルトは、やべぇ発言もサラリと受け流し見当違いの答えを導き出す。

(エドゥアルトーー!?)

「よーし、そうと決まればナターシャも少し掘らせてもらうとしよう!」
「あっぱ!  あばばばば……」

 犯罪(?)の片棒を担がれそうになったナターシャが必死に叫ぶ。
 しかし、エドゥアルトは、はっはっはと笑い飛ばす。

「大丈夫だ、ナターシャ。君とそう変わらないサイズのアイラでもすでに土いじりは行っているそうだからな───安心安全だ!」
「……」

 ナターシャは唖然とした顔でエドゥアルト父親を見た。


「───ウェンディ」

 エリオットがポソッと呟く。

「なに?」
「分かってはいたが、この一家に馴染んで溶け込んでるエドゥアルト息子…………すごいな」
「………………ええ」




 ちなみにジョシュア・ギルモアや侯爵、そして何故か共に作業することになったナターシャが懸命に掘った土は、ギルモア家の庭師が慣れた手つきで横からせっせとお花を飢えていた。

「あうあ~~」
「ん?  おじーさま、またお花が埋まってます~~、ああ、なぜいつもこうなるんだろうな?  ジョシュア」
「あうあ~~」
「──────!?!?!?!?」

 その意味不明な光景を見たナターシャはベビー用のスコップを握ったまましばらくの間、放心していた。
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