【完結】婚約発表前日、貧乏国王女の私はお飾りの妃を求められていたと知りまして

Rohdea

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61. 花嫁修業?

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 打倒・ジョシュアを目指して一日ジョシュア・ギルモアに張り付くことにしたナターシャ。
 闘志の炎を燃やしてギルモア家に向かったはずなのに……
 弱点を見つけるどころか、やべぇ所ばかりを見せつけられてしまっていた────……


 恐ろしい会話を繰り広げながら祖父と仲良く土いじりを終えたジョシュア・ギルモア。
 あうあ~と満面の笑みでザクザクと土をいじったせいで、顔と服に土が飛び散りドロドロになってしまう。
 よって、ジョシュア・ギルモアは邸の中に戻ったらまず入浴することになった。


「あうっあ~……」

 ゴクゴクゴク……
 ギルモア家に到着してからずっと叫びっぱなしだったナターシャ。
 ターゲットが席を外している今、持参した大好物の最高級のミルクを飲んでようやくひと呼吸つく。

「ナターシャ?  そんなにお腹すいていたの?」
「……あっぷぁあ」

 勢いよくミルクを飲み干す娘の姿にレティーシャさんが驚いている。

「はっはっは!  ナターシャも楽しそうに土を掘っていたからな!  疲れて喉が乾いていたんだろう!」
「楽しそうに?  そうなの。それは良かったわ」

 レティーシャさんが安心したようににこっと笑う。

(エドゥアルト……)

 あなたの娘は楽しそうじゃなくて、スコップ片手にずっと半泣きだったわよ?
 エドゥアルトには何が見えていたの……

「ジョシュアくんって、ほら……突拍子のないこと言ったりやったりするから……土いじりもナターシャはついていけるかなって心配していたのだけど」
「うあっあ!  うあっあううあうあ!」

 ナターシャが庭に出ている間、邸内で待っていたレティーシャさんはずっとソワソワしていたらしい。
 その言葉に手足をパタパタさせて何かを訴えるナターシャ。

「ナターシャ?」
「うあっあ!  あうあっあばぁああ!」

 レティーシャさんは、ナターシャの訴える内容が分からずうーんと首を傾げる。

「はっはっは!  きっと、と~っても楽しかったですわ!  とか言ってるんだろう!」
「あぷぁ!?」

 エドゥアルトは相変わらず陽気に笑いながら適当なことを言う。

(絶対違う……!)

 今すぐ飛び出してエドゥアルトに、よく見てよく聞けと言ってやりたい。
 しかし、ナターシャの前に飛び出すわけにもいかないのでここは我慢する。

「あら、そんなにはしゃぐくらい楽しかったのね?」
「あぷぁあ!?」

(レティーシャさん……!)

 よく見て!  あなたの娘、涙目、涙目で訴えているから!
 庭でもスコップ片手に「あばばばば……」って混乱して震えていたから!

「うあっあ! うあ……」

 ナターシャがレティーシャさんに再度何かを訴えようとしたその時だった。
 ギルモア家の廊下が一気に騒がしくなった。

(何事……?)

「あうあ~~」
「───ジョシュア、坊っちゃまーーーー、まだお着替えの途中でございますからぁ!」
「あうあ~~~」
「坊っちゃまぁぁ、半裸、半裸で駆け回るのはおやめ下さいーー」
「あうあ~~~~」

 パタパタパタパタ……

「…………ねえ、エリオット。今の見た?」
「ああ。たった今、俺達の目の前を半裸の赤ん坊が駆け抜けて行った……な」
「え、ええ。そしてそれを追いかける涙目になった使用人、もね……」
「……」
「……」

 私たちは顔を見合せる。
 どう見てもあの半裸で目の前を駆け抜けて行ったベビーはジョシュア・ギルモア。

「コホッ……それと気のせい?  あのベビー、私たちにニパッて笑いかけて手を振って走り去っていった気がするんだけど?」
「…………あの子、俺たちが影からずっとこっそり覗いていることに気付いていたのか?」
「ほっほっほ!  そんなまさか~……はっ!」

 笑って否定したものの、あのとんでも規格外のベビーのことだから……

 あうあ~!
 ────だって、ボクはどんな気配も感じ取れるです~!

 とか言ってそう!


「ウェンディ?」
「いえ、なんでもないわ……ほっほっほっほっほ……」
「?」

 私は笑って誤魔化した。
 そうしている間も、ギルモア家の邸内で、元気なあうあ~の声が響き渡る。

「それより、やっぱりギルモア家ではこれが日常茶飯事だったりするのかしらね」
「これは───追いかける方はかなり肉体的にも精神的にも鍛えられるな……ギルモア家の使用人たちは猛者ぞろいだな」

 エリオットが険しい顔で小さく呟いた。

「────あっぷぁあ……?」

 その時、聞き覚えのある声───ナターシャがひょこっと廊下に顔を出した。
 私たちは慌てて隠れる。

「あっぷぁあ……?」

 ナターシャは怪訝そうな顔で廊下を覗き込むと、(おそらく)ジョシュアの名を呼んでキョロキョロしている。
 廊下の騒ぎが耳に入って気になったのかもしれない。

「ホーホッホッホッ!  いいこと、ナターシャ。入浴を終えたジョシュアは着替えの途中……半裸で脱走を開始したわ!」
「あばぁ!?  あっぷぁあ、うばっあぁあ!?」

 ここでガーネットお姉さまが現れてナターシャに状況説明を開始。
 目をまん丸にして驚くナターシャ。
 そんなナターシャの顔を見ながらガーネットお姉さまが指をパチンッと鳴らした。

「ジョルジュ!」
「任せろ!  ───お着替え中に脱走!?  ジョシュアはおバカなんですの!?  と、驚いている」

 指パッチンの音を聞いてギルモア侯爵が待ってましたと言わんばかりにガーネットお姉さまの横に並び、ナターシャの言葉を通訳開始。
 おそろしく慣れた連携プレー。

「ええ!  おバカよ!」

 ガーネットお姉さまがはっきり宣言する。

「そしてね?  ナターシャ……あなたももう充分知っていると思うけど、ジョシュアはやんちゃなの……思い立ったら即行動!」
「あばばばば……うあっあ、うあっうあっああっばぁぁ……」
「────ななななな……これは、やんちゃなんて言葉で済む問題なんですの…………と言っている」

 ナターシャからしたら半裸で脱走なんて信じられないに違いない。

「そして、困ったことにジョシュアは、簡単には捕まらないのよ」
「あっぷぁあ……」
「満面の笑みを浮かべながら、追いかけている私たちを翻弄ばかりしてくるわ」
「あっぷぁあ……」

 ジョシュア・ギルモアのニパッを思い出したのかナターシャが険しい顔になる。

「だから、最終的にはいつも私が捕まえに出るんだけど」
「?」

 ナターシャがこてんと首を傾げる。

「どう?  今日は私と一緒に捕まえに行ってみない?」
「!」

 キラッとナターシャの目が輝いた。

「うあっう!  あうっう!  あっあっぶ、あっぷぁあうぁぁあっあ!」
「ホホホ、すごく興奮しだしたわね────ジョルジュ!」

 パチンッ

「ああ────行く!  行きますわ!  わたくし、この手でジョシュアを殴ってでも捕まえて見せますわ!  …………殴る……これはなかなか過激だな……」
「ホーホッホッホ!  いいじゃない。それくらいの気持ちがなくてはジョシュアの捕獲は出来ないもの!」

 ガーネットお姉さまはあっさり笑い飛ばし、ナターシャはキラキラ目を輝かせたまま笑う。

「うあっあ、ぶぁぁあっぷぁあうあったあったあ!」
「ほう────わたくし、殴ってジョシュアを泣かせてみたいですわ!  …………やっぱり過激だな。ジョシュアに恨みでもあるのか?」
「あっばぁあ!!」
「ありまくりですわ?  そうかそんなにあるのか」

 侯爵は感心したようにふむふむと頷いた。

(ナターシャ……)

 ナターシャの教育方針に強く逞しくを追加したせいか、過激度がかなり上がっている気がする。

「オ~ホッホッホ!  その意気よ。さあ、ナターシャ、準備はいい?」
「うあっあ!」
「いいお返事ね。では、捕獲のコツを教えるわね。まず、あうあ~の声を頼りに方角に目星をつけるの」
「うあっあ!」
「けどね?  ジョシュアはあっという間に移動しちゃうから、私たちは先を読まないといけない」
「うあっあ!」
「先を読むコツはジョシュアの────」

 ガーネットお姉さまが“ジョシュア・ギルモア”を捕まえるコツを伝授し始めた。
 それをナターシャは真剣な顔で頷いて頭に叩き込んでいる。
 脱走するのが日常茶飯事とはいえ、あれの捕獲にはかなりのコツが必要そうだと分かる。

(さすが微笑みの悪魔……)

「……なぁ、ウェンディ」
「なに?」
「侯爵夫人のあの指導なんだが」
「ええ。脱走は日常茶飯事でも捕まえるのが大変だとよく分かるわ」

 私が神妙な顔でそう言うとエリオットが首を横に振った。

「いや、そうじゃない」
「ん?」
「俺には、あれがだんだんナターシャに花嫁修業をしているように見えてきた」
「は……」

(花嫁!?)

 私の脳内に、ニパッと笑っているジョシュアをウェディングドレスを着たナターシャが必死に追いかける姿が浮かんだ。

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