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62. 一緒にしないで
しおりを挟む「…………ほっほっほ! やめて、エリオット。そんな冗談笑えないわ」
「いや、妙な間があった。ちょっと想像しただろう?」
「……くっ」
さすが私のエリオット。
全部バレている。
私はコホッと咳払いをする。
「ナターシャはこの国唯一の公爵家の令嬢なのよ?」
「ジョシュア・ギルモアはあれでも侯爵家の令息だぞ?」
「……くっ」
そうだった。
ナターシャの上が弟の家族───王族しかいないので、困ったことに身分のつりあいはとれちゃっている。
「まあ、エドゥアルトも本人の意に沿わない婚約はさせる気はないだろうから、この先がどうなるかは分からないが───」
「……」
エリオットは最後まで口にしなかったけれど言いたいことは分かった。
(身分云々は別にしても、ナターシャが色んな意味でピッタリなのよね)
「でも、ジョシュア・ギルモアの将来って天然フワフワ笑顔を発揮して令嬢たちをたらし込むやべぇ男になるのよ?」
「何の話だ?」
「女性からお誘い受けたらホイホイどこでも着いていっちゃうやべぇ男になるかもって言ってるの」
エリオットがあぁ、と顔をしかめた。
「まあ、あの歳でキレイなお姉さんに追いかけられるのは癖になります、とか言っているらしいからな」
「恐ろしい子よ……」
なんて話をしていると、ガーネットお姉さまからナターシャへのジョシュア・ギルモア捕獲のレクチャーが完了したらしい。
「───さあ、ナターシャ。準備はいい?」
「うあっあ!」
「オ~~ホッホッホ! 目標は半裸ジョシュアの捕獲! 生け捕りよ!」
「あっぷぁあ、うあうあ!」
ガーネットお姉さまがナターシャの力強い返事に満足そうに頷く。
そしてエドゥアルトに呼びかけた。
「そうそう。エドゥアルト! あなたも来なさい!」
「ん?」
声をかけられたエドゥアルトが不思議そうな顔をする。
「ちょっとその顔はなに? あなたの娘が(ジョシュアを殴りつけたいと)こんなにやる気を出してるのよ? そんな娘の勇姿を見たくないの?」
「うあったぁあ!」
「……! ナターシャの勇姿!」
エドゥアルトがハッとする。
そして、ナターシャに顔を向けるとじっと目を見つめた。
真剣な眼差しで見つめ合う二人。
「ナターシャ────君はジョシュアを殴るのか?」
「うあっあ!」
────殺ってやりますわ! と、言わんばかりに力強く頷くナターシャ。
「そうか、分かった。僕は見届けるとしよう」
「うあっあ!」
「───はいはーい、話はまとまったわね? そしたらさっさとジョシュアの捕獲に向かうわよ~」
ガーネットお姉さまは、パンパンと手を叩くとサッとナターシャを小脇に抱える。
突然、荷物のようにフワッと持ち上げられたナターシャ。
「ぅあっあぅあ!?」
慌てたような声を出し手足をパタパタさせる。
「はいはい、暴れないの。それでは行くわよ~~」
「あばばばば……!?」
ガーネットお姉さまは混乱中のナターシャを抱えて勢いよく駆け出した。
「───エリオット。私たちも追いかけるわよ!」
「お、おう……」
「もたもたしない! 行くわよ!」
私もエリオットを引きずって後に続いた。
────あうあ~~……
「あっぷぁあ! あっぷぁあぅあ!!」
ギルモア家の廊下を走り出すこと数分、微かに聞こえてきた楽しそうな声。
ナターシャがピクッと反応した。
「あっぷぁあ……」
「聞こえた? 本当に自由な子よね。せめて服くらいは着なさいって話!」
ガーネットお姉さまがプンプン怒っている。
(えーー……服を着ていれば走り回るのはいいんだ……?)
「うあっあ」
「意味が分からないのよ? 脱走理由を聞いても“ボクの中の血が騒いだです”しか言わないんだから」
「うあっあ」
ナターシャは大真面目な顔でガーネットお姉さまの話を聞いて頷いている。
「僕もジョシュアのその言葉はよく耳にするが、あれはジョルジュ様の血なのかジョエルの血なのか……」
エドゥアルトもうーんと真剣な顔で悩む。
「これでアイラが加わるとかなり厄介なんだけど、今日は珍しくお昼寝しててくれて良かったわ」
「うあっあ」
そういえば全然姿を見ていないと思ったら、アイラ・ギルモアはお昼寝中だったらしい。
「さて、ナターシャ。脱走のベテラン・ジョシュアは次どこに向かうとあなたは思うかしら?」
「うあう……」
「ホホホ、もしここで先回り出来たら、ギャフンまではいかなくてもきっと、ジョシュアは驚くわよ~?」
「!」
ガーネットお姉さまの言葉にナターシャの目がキラッと輝いた。
「あ……あっぷぁあぁああ!」
「あうあ!」
驚くジョシュアの顔がみたい。
あわよくば、殴ってギャフンさせたい一心だったナターシャ。
先回りに成功しジョシュア・ギルモアと対峙。
進行方向に現れたナターシャとガーネットお姉さまとエドゥアルトの姿に、さすがのジョシュア・ギルモアも驚きの顔を見せ……
「あうあ~」
ニパッ!
(んん~? 笑った?)
驚き……は感じられず、ニパッといつもの笑顔を見せるジョシュア・ギルモア。
そして、その手には駆け回っている最中に荒らした物置から奪ったと思われる雑巾やらタオルやらが握られている。
「ホーホッホッホ! ようやく見つけたわよ、ジョシュア!」
「あうあ!」
「おっおっお! あっばあっばぁぁ、あっぷぁあぁあ!」
ガーネットお姉さまの勢いにのってナターシャも大きく胸を張る。
───ふっふっふ! ようやく見つけたですわ、ジョシュアァァア! ってところだろう。
「あうあ~!」
しかし、どう見ても返ってくるのは通常通りのニッパニパの笑顔。
(駄目だわ、やっぱりジョシュア・ギルモアの笑顔を崩すのは至難の業……)
「見つかっちゃったです~……呑気だな、ジョシュア。風邪引くぞ?」
エドゥアルトに話しかけられたジョシュア・ギルモアがニパッと笑う。
「あうあ!」
「なに? ボクは毎日鍛えているから風邪など引きません? はっはっは! 相変わらずジョシュアはふてぶてしい」
「あうあ~」
「いえ、ボクは可愛いです…………本当に君はブレないな」
「あうあ!」
ニパッ!
「いいから、さあ、ジョシュア観念なさい。部屋に戻るわよ! それでまず着替えるの!」
「あうあ~」
ガーネットお姉さまが、抱えていたナターシャをエドゥアルトに渡すと今度はジョシュア・ギルモアをむんずと掴む。
「あうあ~~」
掴まれたジョシュア・ギルモアは空中で手足をパタパタさせる。
「あっぷぁあ……」
ナターシャが空中でジタバタしているジョシュア・ギルモアをじっと見つめる。
「あうあ!」
ニパッ!
その視線に気付いたジョシュア・ギルモアが無邪気な顔で笑った。
「ベビーちゃんです! ベビーちゃんも脱走しておばーさまに捕まったですか? 仲間です! ────やったぞ、ナターシャ! 君はジョシュアに脱走仲間認定されたようだ!」
「うあったぁああぁぁ!?」
ナターシャが全力で嫌そうな顔をする。
────わたくしは脱走なんてしていませんわよぉぉ!?
という感じで、一緒にするなと叫んでいるように聞こえる。
「あうあ~~」
「ふむ────でも、ベビーちゃん、おばーさまに抱っこされてたです~~と言っている。はっはっは! つまり、ジョシュアの中ではガーネット様に抱っこされることは捕まることなんだな!」
「は? なんでよ!」
ガーネットお姉さまがジョシュア・ギルモアを睨みつける。
「あうあ~」
どんなに睨まれてもニパッと笑い返すジョシュア・ギルモア。
あのガーネットお姉さまに睨まれても一切怯まないなんて……
(慣れてる! 普段から、どれだけ睨まれてるの……!)
「まあ、いいわ。お説教はあとにするとして…………あら?」
「ナターシャ? どうした?」
とりあえず、戻ろうとしたところでナターシャがプルプル震えている。
「……あっぷぁあ」
「あうあ」
「ん? ジョシュアに話があるのか?」
エドゥアルトが抱えているナターシャをジョシュア・ギルモアの方にそっと近付けたその時。
「あうあ~」
「…………あっぷぁあああ!!」
ナターシャの手、ではなく頭が動いた。
(え?)
「お、おい? ナターシャ!?」
「あぶぁあぁああ!!」
ゴスッ
「あうあ~~~~……」
ナターシャはジョシュアに向かって思いっきり頭突きをした。
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