【完結】婚約発表前日、貧乏国王女の私はお飾りの妃を求められていたと知りまして

Rohdea

文字の大きさ
64 / 67

64. 脱走兄妹

しおりを挟む

 なんであれ、脱走のベテラン、ジョシュア・ギルモアは無事に捕まえたので部屋に戻ることになった。

「あっぷぁあ……」

 ジロッ  

「あうあ!」

 ニパッ!

「……あっぷぁあ……」

 ジロッ

「あうあ!」

 ニパッ!

 部屋に向かう途中、ナターシャがうわ言のようにジョシュア・ギルモアの名前を口にしながらジロッと睨むけど、ひたすらニパッと可愛い笑顔を返されている。
 そんな明らかに機嫌を損ねたナターシャに向かって、ジョシュア・ギルモアを荷物のように小脇に抱えたガーネットお姉さまが高らかに笑いかけた。

「オーホッホッホ!  ナターシャ!  あなたいい拳を持っていたわね?」
「うあっあ!」

 褒められたナターシャの目がキラッと輝く。

「ホホホ、頭突きにパンチ……ギャフンさせるまでは及ばなくっても強い子は大好きよ」
「うあっあ!」

 そして、今度は嬉しそうに笑う。

「あうあ~」

 しかし、何故かそこに強引に加わろうとするジョシュア・ギルモア。
 そんなベビーを見てエドゥアルトが苦笑した。

「ジョシュア。ガーネット様は君に言ったんじゃないぞ。ナターシャに言ったんだ」
「あうあ!」
「なに?  でも、ボクもとっても強い子です!  …………まあ、それは充分すぎるほど知ってるが」
「あうあ!」

 ジョシュア・ギルモアはニパッと笑ってどうだと言わんばかりに胸を張る。

「いや……だが、ジョシュア。君の場合は強さが違うというか……」
「あうあ!」
「どういうことですか?  いや、そう言われても。まあ、それはだな……はっはっは!」

 エドゥアルトは笑って誤魔化そうとした。
 しかし……

「あうあ!  あうあ!」

 グイッ
 ジョシュア・ギルモアがグイグイとエドゥアルトに迫っていく。

「あうあ~」
「くっ、ジョシュア!  なんで君はすぐそうやってグイグイ迫ってくるんだ!?」
「あうあ、あうあ!」
「もちろん、このボクがとっても可愛いからです?  可愛いボクを前にしてうっかり口を滑らせるといいです?……なるほど、使えるものは何でも使う───ガーネット様の教えをしっかり守ってるわけか」
「あうあ!」

 ニパッと笑ったジョシュア・ギルモア。
 確かにこの子の笑顔は可愛い。
 こんな顔に迫られたらうっかり口も滑らすかもしれない。

「はいはーい、ジョシュア。あなたのニパッが無敵なのは、よーーく分かってるから少し大人しくしてなさい!」
「あうあ~」

 ガーネットお姉さまに怒られてもニパッ!
 ジョシュア・ギルモアはどこまで行ってもマイペースだった。




「────あうあ!」

 もうすぐ部屋に着くというところで、ジョシュア・ギルモアがハッと顔を上げて手足をパタパタさせて何かを訴え始めた。

「なに、ジョシュア?  いきなり暴れたら床に落とすわよ!?」
「あうあ、あうあ!」
「───それはご褒美というより痛いです!  ああ……ジョシュア、君、ちゃんと痛いという感覚はあったのか」

 エドゥアルトがポソッと呟いた。

「あうあ!」
「それより、エドゥアルト。ジョシュアは急にパタパタしてどうしたわけ?」
「あ、はい。どうもアイラが起きてます、と」

 ガーネットお姉さまに聞かれて説明するエドゥアルト。

「アイラが?」
「あうあ!」
「───天使のお目覚めです!  だそうだ」
「相変わらずシスコンね───だけど、アイラ……このタイミングで起きちゃったのね」

 ホホホ……と笑っていたガーネットお姉さまがすぐに険しい表情になる。

「あーあっうあ?」

 ガーネットお姉さまの雰囲気が変わったのでナターシャが不思議そうな顔をしている。

「ホーホッホッ……いいこと?  うちのお姫さまのアイラはね」
「うあっあ」

 深刻な雰囲気を感じ取ったナターシャがじっとガーネットお姉さまを見つめる。

「お昼寝から目が覚めた時に……」
「うあっあ」
「この、アイラ大好きシスコンジョシュアの姿が見えないと───」

 ガーネットお姉さまが、“この”と言ってジョシュアギルモアにチラッと視線を送る。

「あうあ~」
「あーあっうあ?」

 ふぅ、とガーネットお姉さまが大きなため息を吐いた。

「───おにーさまがいませんわ!  捜索しなくちゃいけないですわ、と言って──」
「!」

 ナターシャがハッと息を呑んだ。
 ───脱走するのよ。
 そんなあとに続く言葉を察したに違いない。
 ガーネットお姉さまが静かに頷いたその瞬間。

「あぁぁぁあ、アイラお嬢様がーー!」
「逃げられたぁぁあ」
「お嬢様ーーーー」

 オ~オッオッオッオ!
 微かに聞こえるアイラ・ギルモアの笑い声と使用人たちの絶望の声。

「あうあ、あうあ~」

 ニパッ、ニパッ!
 ジョシュア・ギルモアが手を叩いてキャッキャと楽しそうに笑う。

「聞こえたです?  今のは天使の笑い声です~って、いや、ジョシュア……きっと今、この邸内でそんな風に思って笑っているのは君くらいだろう……」
「あうあ!」

 エドゥアルトの言葉にニパッ!  と満面の笑みで応えるジョシュア・ギルモア。

「褒めてないぞ?」
「あうあ!」
「くっ!  …………あともう少しだけ、目が覚めるのが遅ければ間に合ったのに」

 ガーネットお姉さまが悔しそうに唇を噛む。

「アイラお嬢様が消えた……消えました!」
「今日もお嬢様は絶好調のようです」

 使用人たちの絶望の声を聞きながら私とエリオットは顔を見合わせる。

「……エリオット」
「ああ。一難去ってまた一難───今度は妹が脱走だ」
「ここの家って静かになる時はあるの?」
「……」

 カーン
 ギルモア家の邸内には、再び戦いのゴングが鳴ったような気がした。





「───あら、見て。エリオット。ナターシャが眠ってしまったわ」
「ん?」

 ジョシュア・ギルモアの脱走に続いて、妹のアイラ・ギルモアの脱走にも巻き込まれたナターシャ。
 すっかり疲れ切って眠ってしまった様子。

「……まあ、さすがにそうなるだろ」
「ずっと……あっぷぁあ!  って叫んでいたものね」

 私が苦笑していると、ナターシャがゴソッと動く。

「…………ぁっぷぁぁ」

 とても苦しそうに唸っていた。

(ナターシャ……!)

 寝言だけでも分かる。
 ナターシャはきっと、また夢の中でもジョシュア・ギルモアを追いかけているに違いない。
 そして、ガーネットお姉さまも───
 第二の追いかけっこが勃発したことで、ガーネットお姉さまは再び戦場へと向かうことになった。
 兄に負けないくらいアイラ・ギルモアも素早くそして予測不能な行動を繰り返し、周囲を翻弄。
 その結果……

「むり、もーむり……腰が痛い……」
「…………ぅ、ぁ!」
「そこ、そこよ、アイラ。そこで飛び跳ねて!」
「…………ぅぁ」

 アイラ・ギルモアが横たわったガーネットお姉さまの指示を受けて、先程からずっと背中と腰の上で無表情で飛び跳ねている。

(何この光景……)

 私は額に手を当てながら下を向いてはぁ、と大きなため息を吐く。

「ねぇ、エリオット。ジョシュア・ギルモアをギャフンさせるどころか、こんなの周囲……ナターシャの方がギャフンされてるみたいじゃない?」
「あうあ~」
「どうしたのよ。あうあ、じゃなくて。はぁ……せめて、あうあはあうあでも、哀のあうあくらいは聞いてみたかったわ……」
「あうあ~」
「……エリオット?  ふざけてるの?」

 こんな時にあの子の真似?  エリオットはどういうつもり……?
 そう思って顔を上げた。

「あうあ~~!!」

 ニパッ!

「ひ、ひぃっっ!?」

 顔を上げた私の目の前に飛び込んできたのは愛しの夫、エリオットの顔…………ではなく、ジョシュア・ギルモアの満面の笑み。
 驚いた私は悲鳴をあげて後退る。

「あうあ~~」
「なっ、なっ!?  ちょっ……いつの間に!?  エリオットォォ!?」
「───すまない、ウェンディ。突然、割り込まれた」

 ジョシュア・ギルモアの向こうからエリオットの声がする。
 どうやら、エリオットはジョシュア・ギルモアを抱っこしているらしい。

「なっ……」
「あうあ~~」

 そんなジョシュア・ギルモアはもう一度私にニパッと笑う!

「えっと、聞いたところで分かる気がしないけど、なにかしら?」
「────今日はおにーさんのおとうさまとおかあさまはずっと何してるです?  かくれんぼです?  とジョシュアは聞いている」
「!」

 背後から聞こえたその声に振り返ると、ギルモア侯爵が立っていた。

「こ、侯爵……」
「ベビーちゃんはお寝んね、アイラもガーネットと遊んでるからお話聞きに行くです、とジョシュアに無理やり連れて来られた」
「あうあ!」

(やっぱりこの子、私たちだって気付いてたんだ……)

 あと、ガーネットお姉さまは遊んでるわけじゃない。
 あれは死活問題だ。
 まあ、きっとピッチピチのベビーにこの気持ちは分からない。

「ほっほっほ!  こんなにも完璧な使用人風を装ったのに、よく私だと分かったわね!」
「あうあ!」

 ニパッ!

「いえ、ダダ漏れでした!  って笑ってるぞ?」
「くっ!」

 なんて憎たらしい笑顔と言葉なのかしら。

「あうあ、あうあ!」
「ふむ。ギルモア家の男として、僕は常に人を見る目を磨いているです、とジョシュアは言っている」
「ほっほっほ……意味分かんない」

 私はもう笑うことしか出来なかった。
しおりを挟む
感想 177

あなたにおすすめの小説

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

愚か者が自滅するのを、近くで見ていただけですから

越智屋ノマ
恋愛
宮中舞踏会の最中、侯爵令嬢ルクレツィアは王太子グレゴリオから一方的に婚約破棄を宣告される。新たな婚約者は、平民出身で才女と名高い女官ピア・スミス。 新たな時代の象徴を気取る王太子夫妻の華やかな振る舞いは、やがて国中の不満を集め、王家は静かに綻び始めていく。 一方、表舞台から退いたはずのルクレツィアは、親友である王女アリアンヌと再会する。――崩れゆく王家を前に、それぞれの役割を選び取った『親友』たちの結末は?

私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?

睡蓮
恋愛
セレスとクレイは婚約関係にあった。しかし、セレスよりも他の女性に目移りしてしまったクレイは、ためらうこともなくセレスの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたクレイであったものの、後に全く同じ言葉をセレスから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。 ※全6話完結です。

婚約破棄された地味伯爵令嬢は、隠れ錬金術師でした~追放された辺境でスローライフを始めたら、隣国の冷徹魔導公爵に溺愛されて最強です~

ふわふわ
恋愛
地味で目立たない伯爵令嬢・エルカミーノは、王太子カイロンとの政略婚約を強いられていた。 しかし、転生聖女ソルスティスに心を奪われたカイロンは、公開の舞踏会で婚約破棄を宣言。「地味でお前は不要!」と嘲笑う。 周囲から「悪役令嬢」の烙印を押され、辺境追放を言い渡されたエルカミーノ。 だが内心では「やったー! これで自由!」と大喜び。 実は彼女は前世の記憶を持つ天才錬金術師で、希少素材ゼロで最強ポーションを作れるチート級の才能を隠していたのだ。 追放先の辺境で、忠実なメイド・セシルと共に薬草園を開き、のんびりスローライフを始めるエルカミーノ。 作ったポーションが村人を救い、次第に評判が広がっていく。 そんな中、隣国から視察に来た冷徹で美麗な魔導公爵・ラクティスが、エルカミーノの才能に一目惚れ(?)。 「君の錬金術は国宝級だ。僕の国へ来ないか?」とスカウトし、腹黒ながらエルカミーノにだけ甘々溺愛モード全開に! 一方、王都ではソルスティスの聖魔法が効かず魔瘴病が流行。 エルカミーノのポーションなしでは国が危機に陥り、カイロンとソルスティスは後悔の渦へ……。 公開土下座、聖女の暴走と転生者バレ、国際的な陰謀…… さまざまな試練をラクティスの守護と溺愛で乗り越え、エルカミーノは大陸の救済者となり、幸せな結婚へ! **婚約破棄ざまぁ×隠れチート錬金術×辺境スローライフ×冷徹公爵の甘々溺愛** 胸キュン&スカッと満載の異世界ファンタジー、全32話完結!

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

赤毛の伯爵令嬢

もも野はち助
恋愛
【あらすじ】 幼少期、妹と同じ美しいプラチナブロンドだった伯爵令嬢のクレア。 しかし10歳頃から急に癖のある赤毛になってしまう。逆に美しいプラチナブロンドのまま自由奔放に育った妹ティアラは、その美貌で周囲を魅了していた。いつしかクレアの婚約者でもあるイアルでさえ、妹に好意を抱いている事を知ったクレアは、彼の為に婚約解消を考える様になる。そんな時、妹のもとに曰く付きの公爵から婚約を仄めかすような面会希望の話がやってくる。噂を鵜呑みにし嫌がる妹と、妹を公爵に面会させたくない両親から頼まれ、クレアが代理で公爵と面会する事になってしまったのだが……。 ※1:本編17話+番外編4話。 ※2:ざまぁは無し。ただし妹がイラッとさせる無自覚系KYキャラ。 ※3:全体的にヒロインへのヘイト管理が皆無の作品なので、読まれる際は自己責任でお願い致します。

婚約破棄されたので辺境でスローライフします……のはずが、氷の公爵様の溺愛が止まりません!』

鍛高譚
恋愛
王都の華と称されながら、婚約者である第二王子から一方的に婚約破棄された公爵令嬢エリシア。 理由は――「君は完璧すぎて可愛げがない」。 失意……かと思いきや。 「……これで、やっと毎日お昼まで寝られますわ!」 即日荷造りし、誰も寄りつかない“氷霧の辺境”へ隠居を決める。 ところが、その地を治める“氷の公爵”アークライトは、王都では冷酷無比と恐れられる人物だった。 ---

【完結】婚約破棄はいいのですが、平凡(?)な私を巻き込まないでください!

白キツネ
恋愛
実力主義であるクリスティア王国で、学園の卒業パーティーに中、突然第一王子である、アレン・クリスティアから婚約破棄を言い渡される。 婚約者ではないのに、です。 それに、いじめた記憶も一切ありません。 私にはちゃんと婚約者がいるんです。巻き込まないでください。 第一王子に何故か振られた女が、本来の婚約者と幸せになるお話。 カクヨムにも掲載しております。

処理中です...