【完結】婚約発表前日、貧乏国王女の私はお飾りの妃を求められていたと知りまして

Rohdea

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「───ジョシュア!  聞いたわよ。あなたかくれんぼ対策として“静かにする”を実行しているそうね?」
「……」

 ニパッ!
 ガーネットお姉さまからの問いかけに、ニパッと笑い返すジョシュア・ギルモア。
 そんな孫の様子を見たお姉さまが、若干戸惑いの表情を浮かべる。

「はぁ、なんだか“あうあ”がないと調子狂うわね……」
「……」

 ニパッ!

「ホーホッホッホッ!  逆に不気味ですらあるわ」
「……」

 不気味と言われているのに、ニパッと笑顔を返すジョシュア・ギルモア。

「……ウェンディ。あの子、忠実に君のアドバイスを守っているな」
「そうね、あんなにはっきり不気味と言われてるのに、笑い返しているところはジョシュア・ギルモアって感じだけど」

 私たちはそっと影から見守りながらそんな話をする。

「それと───思っていたより周囲があの子の様子にビビってるな」
「少し、周囲の人たちが寂しそうにも見えるのは、あうあとあのニパッとした笑顔がもはやセット感覚だからなのかしら?」
「かもしれないな」

(とはいえ───)

 ニパッ、ニパッ!

(────やっぱり笑顔の圧は凄い)

「見てご覧なさい?  ジョシュアがあんまりにも静かだからジョエルの眉間の皺がさらに深くなったわよ?」

 ガーネットお姉さまが眉間に皺を寄せているジョエル・ギルモアを引っ張り出す。
 ニパッ!  と父親に笑いかける息子。

「……」

 グッ……また、ジョエル・ギルモアの眉間の皺が深くなる。

「……」

 ニパッ!
 それに対して満面の笑みで返す息子、ジョシュア・ギルモア。
 しばらくそのまま親子は互いに無言のまま皺と笑顔だけでなにやら語り合う。

「ちょっと!  ……なんで、会話が成立している様子なのよ」

 ガーネットお姉さまが頭を抱えながらそう言った。
 その時だった。

「やあやあやあ!  ジョエルとジョシュア。それは新しい遊びか?  だが、ジョシュアが静かだと気持ち悪いな!」

 はっはっは!  と我が息子エドゥアルトが笑いながら二人の間に割り込む。
 ギルモア親子がそっくりな顔でじっとエドゥアルトの顔を見た。

「ん?  ……これも、立派な大人の男になるためには必要なことです?  そうか、静かな男……か。まあ、僕もよく言われたが、時には黙ることも必要だからな」
「……」

 ニパッ!

「だが、ジョシュア。君は黙れたんだな。僕は感激しているぞ!」
「……」

(エドゥアルト……私と同じこと言ってるわ)

 ニパッ!

「ちなみに実は僕も昔、試みたことがあるのだが───自慢じゃないが五分ももたなかった!」
「……」

 ニパッ! 

「ああ、ウェンディ。そういえばそんなこともあったな……」

 エリオットが懐かしそうに言った。

「ええ、あれは───ジョエルみたいに静かで目で語る男の方がかっこいいらしい!  とか何とか言い出して急に無口で静かになったのよね」
「ああ。あの時の我が家は、エドゥアルトが生まれて以来の静寂に包まれた」
「……っ、言い方っ……!」

 その時のことを思い出してつい笑ってしまう。
 大人しくなったエドゥアルトに皆が心配してハラハラした目で見つめたのも良くなかったのか、エドゥアルトは早々に無理だと判断し前言撤回していた。

「なんだっけ…………僕に目で語るのは無理だ!  口で語る!  だっけ?」
「それからは、ずっとあれだ」
「ほっほっほ!  だから、今は頑張ってるジョシュア・ギルモアもすぐにギブアップするんじゃないかしら?」


 なんて話していたけれど、思っていたよりもジョシュア・ギルモアの意思は固く───

「…………ぅぁ?」
「……」

 ニパッ!

「…………」
「……」

 ニパッ!

「…………ッ!」

 無口なアイラ・ギルモアが、様子のおかしい兄に声をかけてみたものの、それでも口を開かない。
 アイラ・ギルモアの目がクワッと大きく見開いてガーネットお姉さまたちに何かを訴え始めた。

「……おにーさま、おにーさまのあたまがおかしくなったですわ!  “あうあ”って言いません!  ───ホホホ!  やっぱりアイラもおかしいと思うわよねぇ……」

 ガーネットお姉さまが苦笑する。
 そんな慌てている妹をジョシュア・ギルモアはにこにこ顔で見ているだけ。

「……ぅ、ぁ……!!」
「気持ち悪いですわーー!!  って、アイラもはっきり言うわねぇ?」
「……」

 ニパッ!

「普段から、天使ですって豪語してる妹にあそこまで言われてるのに徹底しているわね」
「落ち込むとかもないんだな」

 そんな話をしていたら、疲れて眠っていた我が家のお姫様、ナターシャが目を覚ました。

「…………あばぁ?」
「あ、ナターシャが起きたわ。おはよう、ナターシャ」
「…………あっうぁ」

 どこか、ぼんやり顔のナターシャがレティーシャさんに応えた。
 まだ、寝ぼけているのか何だか知らない部屋だなって顔でキョロキョロしている。

「ふふ、ナターシャ、大丈夫?  ここはギルモア家よ」
「うあったぁ…………ぅあ!」

 カッと目を大きく見開いたナターシャが覚醒。
 そして、もう一度部屋の中をキョロキョロするとジョシュア・ギルモアと目が合った。

「あっぷぁあ……」
「……」

 ニパッ!
 ジョシュア・ギルモアがナターシャにニパッと笑いかける。

「……ぅあっ?  あっぷぁあ?」

 ナターシャは“あうあ”と言われなかったことに驚いたのか、もう一度辺りをキョロキョロする。

(え?  誰ですの?  ジョシュア……?  って言ってるみたいだわ)

「ナターシャ、大丈夫よ。あの子は正真正銘ジョシュアくんよ?」
「あっぷぁあ?」

 レティーシャさんの言葉を受けてナターシャは再び、ジョシュア・ギルモアに顔を向ける。

「あっぷぁあ?」
「……」
「──あっぷぁあ!」
「……」
「────あっぷぁあ!!」
「……」

 呼びかけてもニパッ!  ニパッ!  ニパッ!  と返されるだけだったのでナターシャは驚きの顔。
 何事ですの?  って顔でレティーシャさんを見た。

「ジョシュアくん、“あうあ”を封印する練習してるんですって」
「あうあうあー?」
「……」

 ニパッ!
 ジョシュア・ギルモアの笑顔を見たナターシャがキッと目をつり上げると、突然ハイハイで突進しだした。

「レティーシャ!?」
「……あっぷぁあ!」

 ジョシュア・ギルモアの名を叫びながら彼の近くに到着するナターシャ。
 ナターシャは何をする気?
 頭突き?  ビンタ?  そんな気持ちでハラハラ見守る。

「……」

 ニパッ!  とジョシュア・ギルモアが笑いかけたその瞬間、ナターシャは思いっきり体当たり。

「……」

 ナターシャもジョシュア・ギルモアもその場にゴロンッと転がる。

「あっぷぁあ!  あぅあっあ、うぁったあ!  あばぁうあっああぁぁぁあ、あっあっあーー!」
「……」
「うあ!  うあうあうあ、あうあ!!」
「……」

(……ナターシャ?)

 ナターシャがジョシュア・ギルモアにすごい剣幕で詰め寄っている。
 ジョシュア・ギルモアはニパッと笑うのも忘れてナターシャを見つめていた。

「うあ!」
「……」
「うあうあうあ!」

 そして、ナターシャが何度目かに“うあ!”と叫んだ時だった。

「…………あうあ」

 あれだけ誰が何を言っても頑なだったジョシュア・ギルモアの口から“あうあ”が飛び出した。
 室内は大きくどよめく。

「────あうあ!」

 ジョシュア・ギルモアがナターシャに向かってニパッと笑いかける。
 するとナターシャはふふんっと不敵に笑った。

「おっおっおっ!  うあ、あっぷぁあ、うあったあーー!」
「あうあ~!」

(えええ?  ────いったい、二人の間に何があったの?)




 この時の二人の会話は、ギルモア侯爵の解説によると、
 ナターシャは体当たりの後、

『ジョシュア!  このわたくしが、まだ怒と哀のあうあを聞いていないのに封印するなんて何を考えてますの!  封印なんて許しませんわーー!』

 と、叫んで詰め寄っていた。

『さあ、さっさと封印を解いて言いなさい!  あうあ!!』

 その後も、さあ、さあさあさあ!  言え!  とさらに詰め寄ったのだという。
 そして、ようやくジョシュア・ギルモアの口から“あうあ”を引き出したあと、ナターシャは満足そうに……

『ふっふっふ!  それでいいですわ。後はわたくしの力でジョシュア、あなたをギャフンと言わせるだけですわーー!』

 と笑っていたらしい。
 ナターシャは、強く逞しく育てる以前にすでにとても強くて逞しかった。

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