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3. 聞き間違いじゃなかった
しおりを挟むそして、ガクガクと前後に強く揺さぶられる。
「ちょっ……」
(目! 目が回る……!)
エリオットはいったいどうしてしまったの!?
「ウェンディ殿下! ───俺はあなたの護衛騎士を辞めたくありません!」
「え?」
まさかの発言がエリオットの口から飛び出した。
エリオットの顔はとても真剣そのもの。
揺さぶられていたせいで、クラクラする頭を押さえながら私は必死に考える。
(この私の護衛騎士を辞めたくない、ですって?)
え? 頭、大丈夫?
そう思った私は顔をしかめながら訊ねた。
「エリオット? それは嘘よね? それとも新しい冗談かなにか?」
これは冗談ということにして聞き流してあげようという優しさのつもりだった。
しかし、エリオットは首を横に振る。
「嘘? 冗談? まさか! そのまんまの言葉の通りです。俺は───」
私の肩を掴んだままだったエリオット。
その手に更に強く力が込められる。
「お、お待ちなさい、エリオット。あなたは今、本っっ当に自分が何を口にしているのか、分かってるかしら?」
「はい」
「それならよーく考えて? 自分で口にすると悲しくなるけど……お兄様も言っていたように───私ってじゃじゃ馬でしょ?」
「はい」
「……気分屋だし我儘ばかりでしょ?」
「はい」
「…………かなり自分勝手な性格でしょ?」
「はい」
「───っ!」
(どういうこと? 否定するどころか、ぜーんぶはっきりキッパリ肯定しながら頷かれちゃったんだけど!?)
「……ホッホッホ!」
待って待って待って?
どう考えてもエリオットのこの反応、おかしくない?
本当にこんな横暴な性格の主に仕えたい?
護衛騎士辞めたくないって言っていた気がしたけれど、これは私の聞き間違いだったんじゃないかしら?
聞き間違い───もはやそうとしか思えなくなり、顔を上げた私はエリオットを思いっ切り睨みつけてみる。
しかし、エリオットは私に睨まれていることなど全く気にする様子もなく、そのまま話を続けた。
「そうですね───確かに俺は殿下に、今すぐ街に行きたいから着いて来なさい! と剣の稽古中にそのままズルズルと引き摺りながら稽古場から連れ出されて王宮内を闊歩されました」
「……うっ」
「すごい注目を集めました」
「……うっ」
「それから───話し相手がいなくてつまらないという好き勝手な理由で呼び出され、その場で何か爆笑出来るような面白いことをやりなさいという無茶な命令もされました」
「……うっ」
「結果、つまらないし面白くないわ~と酷評しているのに、なぜか殿下は大爆笑するという全くもって意味の分からない経験もしました」
「……うっ」
エリオットの言葉の一つ一つが私にグサグサ刺さる。
「そんなあなたの元で過ごした三年間で俺は────……」
「エリオット……?」
そこで言葉を切ったエリオットが真っ直ぐ私の目を見つめてくる。
「───っ!」
トクンッ
なぜか私の胸が大きく跳ねた。
(な、何これ……)
思わず私はギュッと自分の胸を強く押さえる。
なんだか胸が急に落ち着かなくなってドキドキしてきた気がす……
「一日一回は殿下に呼ばれないと、何かあったのだろうかと気になって気になってソワソワして落ち着かない身体になってしまいました」
「……ソワソワ?」
「さらに、ふと目を離した隙に王宮内でエルヴィス殿下とかち合って取っ組み合いの喧嘩をおっ始めたりしないだろうかとハラハラ……」
「……ハラハラ?」
(えっと?)
何だかドキドキしていた気持ちが急速にどこかに吹き飛んでいった……
私はじとっとした目でエリオットを見つめる。
「そうするうちに俺は気付きました。きっと俺が殿下に対して感じているこの気持ちは────」
「き……気持ちは?」
「─────まるで、保護者のようじゃないかと!」
「ほ!」
(────保護者!)
なんと、エリオットはまさかの親目線!?
「……ホッホッホ! …………保護者って」
私はガックリ肩を落とす。
何かしら。
上手く言えないけど何かが大きく違っているような気がする……
「とにかく! 殿下には俺をこんな身体にした責任を取ってもらわないといけません!」
エリオットの顔は至って大真面目。
間違いない。これは本気で言っている。
「いや、せ、責任って……」
「いいえ、責任とってもらいます! ですから、そんな簡単にクビにされては困ります!!」
こうして、エリオットは言いたいことだけ言って去って行った。
とりあえず、私は扉を閉めると、フラフラした足取りで部屋の中に戻る。
そしてお菓子の袋を抱えたままボスンッとソファに座り、先程までのエリオットとのやり取りを振り返った。
「うーん? 結局のところなんだったわけ……? とりあえず護衛騎士は辞めたくない、ってことなのよね?」
何だかおかしな発言がたくさんあったような気もする。
こんな身体にした責任とれ、とか言われても……
「私にどうしろと?」
そう呟いたと同時にぐぅぅ~~きゅるるるぅと私のお腹が盛大に鳴った。
「……ひっ!?」
慌ててお腹を押さえる。
しかし、私のお腹の虫は全然治まってくれる様子がない。
ぐーきゅるる……
「くっ! だからなんでこんな時に! ───ああ無理! 我慢出来ない!」
空腹に負けた私はエリオットが買ってきてくれたお菓子を袋の中からそっと取り出した。
おやつの時間には少し早いけれど、もうこれは致し方ない。
今は腹の虫を静かにさせることが最優先。
「あ! これ…………ちゃんと私の好きな味の焼き菓子だわ」
そっと一口食べてみる。
「ふふ……美味しい」
思わず笑がこぼれた。
(口から出まかせではなく、本当の本当に私のために買ってきてくれてたんだ……)
そう思ったら何だかとても胸の奥がむず痒くなって変な気持ちになった。
エリオットはあんな風に言ってくれたけど、正直なところ彼を連れてファネンデルトに輿入れするのは難しい。
「…………このまま、婚約も結婚もしないで、ここに居られたらいいのに…………なんてね」
私はついつい、そんなことを願ってしまった。
それから数日後、お父様が婚約の申し出に受諾したため、私とヨナス・ファネンデルトとの婚約が正式に決定となった。
あれからもエリオットは変わらず私の護衛騎士のまま。
(痒いところに手が届くし退屈しないしで助かるものの、私がファネンデルトに行くまでには説得しないといけないわよね───)
また、それとほぼ時を同じくして、一騎打ちとなっていた兄の婚約者候補にも勝負がついた。
「やはり、勝者はガーネット・ウェルズリー様でしたね」
「ええ。だから私の言った通りだったでしょ?」
エリオットのその言葉に予想が大当たりした私は得意気に頷く。
するとエリオットは、そうだ……と口にする。
「そのガーネット・ウェルズリー嬢ですが、どうやらこれから王宮に挨拶に来るそうですよ?」
「え?」
(実のところ、ガーネット嬢とはこれまでまともに話したことないのよね)
「……ねぇ、エリオット。私もしれっと並んで挨拶を受けちゃダメかしら?」
「殿下?」
「だって大変、興味深いご令嬢なんだもの───」
ガーネット・ウェルズリー侯爵令嬢。
後の、ガーネット・ギルモア侯爵夫人。
そんな彼女との出会いによって私は色々考えさせられることになる。
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