【完結】婚約発表前日、貧乏国王女の私はお飾りの妃を求められていたと知りまして

Rohdea

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4. 完璧令嬢

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「───ウェルズリー侯爵家のガーネットでございます」

 国王である父、王妃である母。
 そして王子、王女である私たちの目の前で、ガーネット・ウェルズリー侯爵令嬢はこの場の誰よりも堂々としたオーラを放ちながら静かに頭を下げた。
 王族と並んでも見劣りしない完璧なその姿に感心して思わず息を呑む。

(噂には聞いていたけれど……なんて美人!)

 美しい顔立ちにバランスの取れた抜群のスタイルはもちろんのこと。
 着ているドレス、身に付けているアクセサリー類、何から何まで全てが王族に嫁ぐ身として申し分ない相応しい品で揃えられているのが分かる。
 この令嬢……はっきり言って全然、隙がない。
 そんなガーネット嬢は“王族への挨拶”に合わせてコーディネートして来たのだと思われる。
 もちろん、それは正解。
 ただし相手がなら……

 しかし、何度も言うけど────この国、いえ、私たちとっっても貧乏だから!!

(……おかしいわね?  まるで彼女の方が王族みたいじゃない?)

 この場にエリオットが居たら聞いてみたかった。

 そんな中、ガーネット嬢はお兄様の前で頭を下げている。
 二人の様子を見ているだけでもうその差は一目瞭然。
 王子であるはずのお兄様がその辺の安っぽい男にしか見えない。

「あ、ああ。これからよろしく……」

 ぎこちなく頷くお兄様の顔もどこか引き攣っている。

(完全にオーラにやられちゃってるじゃない……)

 そんなお兄様の挙動不審な様子にガーネット嬢が眉をひそめた。
 そのまま無言でお兄様の頭のてっぺんからつま先まで視線を送り……
 そして、ガーネット嬢はハッと小さく息を呑んだ。

(ホッホッホ!  なんて目敏い方!  そしてどうやら気付いたようね!)

 そう!
 今日のお兄様の格好が、すでに何度も着回されたヨレヨレの服だということに!
 お兄様は私のように着回し術なんてことは一切考えていない。
 だからいつも同じローテーションで服を着回している。
 おそらくその事にガーネット嬢は気付いたのだろう。
 明らかに怪訝そうに顔をしかめていた。

(分かる……私にはガーネット嬢が考えていることが手に取るように分かる!)

 ────え?  この王家、大丈夫?  ちょっと貧乏すぎじゃない?

 そう言いたいのでしょう?
 ガーネット嬢は今、そんな言葉が喉まで出かかっている。
 けれど、どうにか必死に堪えている!!

(ふっふっふ。まだまだ甘いわ)

 我々の貧乏はちょっとどころではないのよ?
 王太子妃、未来の王妃なんて聞こえはいいけれど、ウェルズリー侯爵家にいた方が絶対、いえ数倍は幸せだったと思うわ───
 私は心から彼女に同情した。

 その後もガーネット嬢は王族の貧乏っぷりにドン引きしていたと思われる。
 それても文句の一つも言わずにそれらを受け止めて笑顔を崩さずに応対していた。

(なるほどねぇ。さすがというか……しっかりとした教育を受けた完璧令嬢って感じ)

 しかし、そんな完璧な彼女の笑顔が大きく崩れたのが……
 一緒に摂ることになった昼食の時だった────……



 ゲホッ!
 まず、ガーネット嬢は出涸らし状態で完全に風味を失ったお茶を飲んで吹き出しそうになっていた。

「……っ!  ……っっっ!?」

 口元を押さえて目がグルグルしている。
 私には幼少の頃からすっかり慣れ親しんだ味だけど───……

(まあ、慣れないとこうなるわよねぇ)

 そんなことを思いながら私は全て飲み干した。
 もうほぼ水!
 そして次なる衝撃はもちろん出された料理。

「……!?!?!?」

 次から次へと運ばれてくる料理のお皿を見てガーネット嬢は完全に言葉を失っている。
 後々、
『ホーホッホッホ!  エルヴィス殿下の婚約者となった私のことが気に入らないから、いびってやろうという新手の嫌がらせかと思っていたわ!』
 と語ることになるガーネット嬢、初めての王宮料理。

「っ!  …………こ、れがパン…」
「ああ、焼きたてのパンだよ?」
「焼き……!?」

 無自覚にお兄様が新たな動揺を誘う言葉を口にした
 焼きたてなのに、カッチカチの石のように固いパンを見て絶句するガーネット嬢。

「え、ほ、本当にパン?」

 ついに疑問形の言葉が飛び出した。
 そんな彼女の言葉にお兄様は首を傾げる。

「ガーネット嬢?  何を言っているんだ?  君にはこれがパン以外の何に見えるんだい?」
「…………ですわよ、ね」

 明らかに困惑しているけれど、ガーネット嬢的にはこれは頷くしかない状況。

(んー……慣れないお嬢様には厳しいか───)

 そう思った私は料理人を呼ぶ。
 私に呼ばれた料理人は慌てて厨房からすっ飛んで来た。

「ウ、ウウウウェンディ殿下!  ほほほほ本日はど、どうされましたか!」
「……」

 私は常日頃から料理に文句をつけているので、今日のお叱りはなんだろうかと料理人が震えている。
 すでに泣きそうなんだけど?
 私はいつもと通りじろっと料理人を睨んで声を荒らげる。

「どうされましたか?  ではないでしょう?」
「ひ、ひぃっ!?」
「タラタラしていて遅いのよ!  早く“本日のスープ”を持ってきなさい!」
「は、はい!  申し訳ございません……!  た、ただいまお持ちします!」

 料理人は慌ててバタバタ厨房へと駆け込んでいく。
 ガーネット嬢は私と料理人のそんなやり取りを無言でじっと見ていた。

「お、お待たせいたしました……ウ、ウェンディ殿下!  こちら本日のスープでございます……」
「御託はいいからさっさと配りなさい!」
「は、はい」

 そうして私は料理人を怒鳴りつけながらスープをテーブルの上に並べさせる。
 そしてカッチカチのパンを手に取るとそのスープの中に浸した。

「おい!  ───ウェンディ!  またお前はそういう野蛮な食べ方を……」
「うるさいですわよ、お兄様」

 私は横から文句を言ってきた兄を睨みつける。
 もちろん、これが行儀が悪くテーブルマナーとして違反なことは重々承知。
 でも……

(この王宮でお腹を満たすにはこの方法が一番なのよ!)

「これ意外と合うんですのよ?  ……そうですわ!  ガーネット嬢もよろしければお試しになってみたらどうかしら?」

 私はにっこり笑ってガーネット嬢にも勧めてみる。
 パンを手に取ったまま固まっていたガーネット嬢が目を見開いた。

「ウェンディ!  なんてことを彼女に勧めるんだ!」
「何か問題でも?  お兄様」

 文句を言ってくるお兄様に向かって私はにっこり笑顔を向ける。
 すると、ガーネット嬢が口を開いた。

「ふふふ、そうですわね。王女殿下に勧められたら私にはお断りなんて出来ませんわ?」
「なっ!」

(よし!  伝わったわ!)

 私は内心でほくそ笑む。

「エルヴィス殿下。せっかくですので私もウェンディ殿下の勧めにならって試してみますわね?」
「え?  な、ガーネット嬢!?」

 そうしてガーネット嬢は、ホホホと笑いながらお兄様の静止を振り切って手に持っていたパンをスープに投入。
 私の意図をしっかり受け取り、お兄様にも屈しないこの態度───

 ガーネット・ウェルズリー……

(────お兄様には勿体ないご令嬢だわ)


─────


「───と言った具合でね、ガーネット・ウェルズリー嬢は非常に面白そうな方だったわ」
「……」

 私の話を聞かされているエリオットがどんどん怪訝そうな表情になっていく。

「エリオット?  その顔は何ごと?」
「いえ……」
「モゴモゴしてないで言いたいことははっきり言いなさい!」

 私が声を荒らげるとエリオットは軽く咳払いをしながら言った。

「その、今回のガーネット・ウェルズリー侯爵令嬢はきちんと殿下の意図を受け取ってくれたようですが……」
「ええ、そうね。彼女はとても頭の回転が早そうよ?」

 エリオットが首を横に振る。

「そうではなく────どうしてあなたは、そうやって周囲に誤解を招くような行動ばかりされるのですか!」
「なんのこと?」
「その件だって、もしガーネット嬢に殿下の意図が伝わっていなかったら───あなたはただのマナーの悪い王女として……」
「ホッホッホ!  何を今更。この私の悪評がここから一つ二つ増えた所で痛くも痒くもないわよ?」

 私が軽く笑い飛ばすとエリオットは悔しそうな顔になる。

「───ウェンディ殿下!」

 エリオットがそう叫んだ瞬間、部屋の扉がコンコンとノックされた。

「……誰かしら?  って、あら?」
「────ごきげんよう。ウェンディ殿下。今、お時間よろしいでしょうか?」

 扉を開けてみると……
 私の部屋を訪ねてきたのは、今まさに私たちが話題にしていたガーネット・ウェルズリー侯爵令嬢本人だった。
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