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5. 悪魔のような微笑み
しおりを挟むお兄様の婚約者となったガーネット嬢の突然の訪問。
本来なら、なんの先触れもなく王女の部屋に突撃してくるなんて非常識でしてよ!
────……と怒って帰ってもらうべきところだけど……
(……不思議だわ)
「───不躾ながら、少し殿下とお話が出来ればと思いまして」
「……」
(何だか彼女には逆らっちゃいけない……そんな気持ちにさせられる)
「ガーネット・ウェルズリー侯爵令嬢。不躾と分かっているのなら、ここは然るべき手続きを取って訪問するべきではありませんか?」
私の横にいたエリオットが苦言を呈した。
ガーネット嬢の目線がチラッとエリオットに向かう。
私としてはガーネット嬢を咎めるつもりはないのでエリオットを制止する。
「エリオット! いいからあなたはお下がりなさい」
「ですが! …………うっ、は、はい」
私がキッとひと睨みするとエリオットは渋々ながらも黙り込み静かに後ろに下がった。
「ガーネット・ウェルズリー嬢、私の護衛騎士が失礼しましたわ」
「いいえ、彼の発言は間違っていませんから。むしろ、殿下の護衛騎士としては当然の発言ですわ」
ガーネット嬢がそう言いながらにっこり微笑んで首を横に振る。
その仕草一つ見てとっても、何だか圧倒的な存在感というか……オーラを感じる。
(……これはやっぱり────アレね)
お金があるというだけで、人はこんなにも心の余裕が持てるものなのかもしれない。
(羨ましいこと……)
心の余裕───
物心ついた時からすでに貧乏だった私には全く持ちえないものだった。
「ただ、その……これは非常に申し上げにくいのですけども」
しかし、ここで目を伏せて少し困った顔を見せるガーネット嬢。
私とエリオットは顔を見合せて首を傾げた。
「もちろん、最初は私もウェンディ殿下への訪問の言付けを頼もうとは思ったのですけど……」
「!」
そこまで言われて理解した。
ガーネット嬢が私への訪問の旨を言付けしたくても、常に人員不足な我が王宮。
人がいなさすぎて頼める人が何処にもいなかったに違いない。
(これは完全にこちら側の落ち度……)
人員不足は早急にどうにかしてもらわなくては。
「────それで、私になんの御用かしら?」
「……」
そのまま私は、ガーネット嬢を部屋の中に招き入れた。
そしてこの訪問の目的を訊ねる。
しかし、ガーネット嬢はじっとテーブルの上のお茶を見つめたまま動かない。
(お茶がどうかしたのかしら?)
これは忙しそうな王宮メイドをエリオットに捕まえさせて、どうにか準備をさせた。
特に変なところはないと思うけれど?
そう思った私はカップを手に取って一口飲んでみる。
(……うん、いつもの味!)
そのまま私はカップの中身を全部飲み干した。
そしてカップをソーサーの上に戻した時、ようやくガーネット嬢が口を開く。
「───これ、嫌がらせではなかったんですのね」
「え? 嫌がらせ?」
なんのこと? と思って首を傾げるとガーネット嬢がポットに向かって指をさした。
「そのお茶。拝見したところ、先ほどの昼食で頂いた時のものより更に薄くなっていますわよね?」
「え?」
そう言われて思い出した。
(そうだわ、さっきガーネット嬢はこれを飲んで吹き出しそうになっていたっけ……)
すっかりこのうっすい味のお茶……いえ、ほぼ水に慣れ過ぎて忘れていた。
そのままガーネット嬢は私の部屋の中を見渡す。
無駄に広いけど物はかなり少なくガランとした部屋。
「我が国の王家がかなりの貧…………コホンッ、なかなかの資金難な状態であることはすでに父からも聞いていましたが───」
貧乏と言いかけたわ。
今、絶対に言いかけた……!
「失礼ながら────これほどまでとは思っていませんでしたわ」
「……」
なるほど。
今、ガーネット嬢は私のことを試したのね?
昼食の席で出されたお茶や料理。
そして今、目の前に出された水のようなお茶。
これら全てが“嫌がらせ”だったのかどうか。
でも、先に私がこのうっすい色をしたお茶もどきを平然と飲んだことから、これは嫌がらせではなく、貧乏故だと確信した───そんなところ。
「あんなに味のしない水みたいなお茶も、焼きたてと言いつつカッチカチの岩みたいな固さのパンも人生で初めての味でしたわ」
「…………でしょうね」
「てっきり、この国の王族の一員になるには顎でも鍛えないといけないのかと思ったほどです」
「…………そんな決まりはありません」
このガーネット嬢なら、本気でやろうと思えば鍛えられる気がする。
「エルヴィス殿下にもそれとなく訊ねてみたのですが、何か問題でもあったっけ? という顔をされましたの」
「……お兄様」
「それで───ああ、こいつとは話しても無駄だと思いまして」
(……ん?)
「それなら、我儘な振る舞いをするフリをしながら私を助けようとしてくれた王女殿下との方が話が通じると思い、こうして訪問させていただきました」
(……んん?)
気のせい? 何だか過激な言葉が飛び出していたような?
私はこっそりエリオットに視線を向ける。
エリオットも今の発言はしっかり聞いていたようで、目を見開いたまま固まっている。
(気のせいではなかったようね────……)
「えっと…………ガーネット嬢?」
「はい、なにか?」
「……」
ガーネット嬢、顔はにっこり笑っているはずなのに。
これ内心、全く笑ってないでしょ……
そんなガーネット嬢が更に続ける。
「私、これまでウェンディ殿下を遠くから見かける度に思っていましたの」
「何をです?」
「バリエーションの少ないドレスに、毎回かなりの工夫を施して違うドレスに見せようとされているわ、と」
「……!」
(見 抜 か れ て た !!)
「私、そんな殿下を見て……」
私はギュッと両拳を強く握りしめて唇を噛み締める。
きっと、裕福なガーネット嬢からすれば、貧乏のくせに見栄を張ってなんて惨めで情けない王女なのかしら、とでも思っていたに違いな───……
「やるじゃないの! と思っていましたのよ」
「…………え?」
私が顔を上げるとガーネット嬢は、オーホッホッホ! と高笑いをした。
「貧乏であることを受け入れながらも、最大限に出来ることをして魅せる努力……あなたの王女としてのプライドをこれでもかとひしひしと感じていましたわ!」
「え、え? ……ガーネット嬢……?」
動揺する私にガーネットもはとても美しく微笑んだ。
「殿下のような義妹が出来ることは楽しみだったけれど……内々で他国への婚約が決定したとか……残念ですわね」
「!」
まだ世間に正式に発表されていないはずの話がガーネット嬢の口から出てきたことに驚く。
「そ、その話はどこで?」
「え? 先ほどエルヴィス殿下が自慢そうに語ってましたわよ?」
「はぁ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「お相手はヨナス・ファネンデルトで、ヨナスと自分は親友なんだと。それから、この婚約は、じゃじゃ馬な妹のために自分が橋渡ししてやったんだとか……それはそれは偉そうに」
「……お、兄様……」
私の声が震える。
今すぐ部屋を飛び出して殴りにいきたい気分だった。
「…………なるほど、この話はまだ公にすべきでない情報だった、ということね? それをエルヴィス殿下は無防備にペラペラと私に話した───これは減点ね」
私の表情から察知したガーネット嬢がふむ、と頷きながら小さく呟いた。
「減点?」
「ええ、エルヴィス殿下のことですわ、これは減点でしょう?」
にっこり笑うガーネット嬢。
「他国も絡んでいる話なのにそれを軽々しくも口にするなんて……これは色々と自覚が足りていない証拠ですもの」
「……それで減点?」
私が聞き返すとガーネット嬢はまたしても高らかに笑った。
「ホーホッホッホッ! エルヴィス殿下……これはこれはた~~っぷりと鍛えがいがありそうな方ですわね!」
「……」
「これからが、と~~っても楽しみですわ……」
この時のガーネット嬢。
にっこりと笑っているはずなのに、私にはそれが黒い黒いニヤリとした悪魔のような微笑みに見えた気がした。
「────さて、ウェンディ殿下」
にっこり(?)笑顔のままガーネット嬢が私に訊ねる。
「殿下が日々過ごしながら感じているこの王宮の問題点。ぜひ、この私にお聞かせ願えますかしら?」
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