【完結】婚約発表前日、貧乏国王女の私はお飾りの妃を求められていたと知りまして

Rohdea

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6. 知らなかった

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─────


 ズルズル……

「────ゲホッ、ゴホッ……あ、あの殿下……」
「なぁに?」

 ズルズルズル……

「お、俺はなぜ引き摺られ……」
「ねぇ、エリオット。あなた少し重くなった?  前より引き摺りにくいのだけど?」

 ズルズルズルズル……

「成長するのは仕方ないけれど、適度なところで止めてくれると助かるわ」
「ケホッ!  む、無茶なこと言わないでください!  それより───な、なぜ俺は今、引きず……」
「は?  聞いていなかったの?  街に行くから着いてらっしゃいと言ったでしょう?」
「……」

 私は今、王宮内でエリオットをズリズリ引き摺りながら馬車まで向かっているところ。
 周囲からの視線は、またか。
 この光景にもはや驚く人もいない。

「い……いえ、突然殿下が部屋に乗り込んで来て“行くわよ!”としか……聞いていません」
「ふーん、気のせいじゃない?」
「……」

 ズルズルズルズルズル……

「フンフン、フフフンフン~♪」
「ご、ご機嫌ですね…………ケホッ」
「そうね!  フンフフ~ン♪」
「…………音、外れてますよ?」

 エリオットが何か文句を言っている気がするけれど、今日に限っては怒らないし気にしない。
 鼻歌だってバンバン歌っちゃうわ!

 ────だって、今日の私はすっごく機嫌がいいから。

「ぐっ、やってることはいつも通りなのに、その機嫌の良さはなんなんですか……」
「!」

 ピタッと足を止めて振り返った私はエリオットの顔を見る。

「……私、知らなかったの」
「はい?」

 ふふっとエリオットに向かって微笑む。

「焼きたてのパン……あんなにフワフワだったなんて知らなかった」
「……はい?」
「分かる?  口に入れた瞬間、ゴリッて音がしなかったのよ!?」
「……」
「それからお茶も。ほら!  元々茶葉をケチってうっすい味のところを、私の分は更にお父様とお母様、お兄様の為に抽出した残りの茶葉で出されるのが普通だったから……」
「……」
「あんなにもお茶に味があるというのが信じられなくて!」
「…………殿下」

 何故かエリオットがそのまま黙り込む。
 なんで静かになったのかよく分からないけど、今のうちに引き摺ってしまおう!
 私はズリズリを再開する。
 今度はエリオットも静かに引き摺られてくれていた。


 ────お兄様の婚約者となったガーネット嬢と話をして数日後。
 私の話を真剣に聞いてくれた彼女の行動は素早かった。
 即、調査が開始され、王宮内の人員不足の所に侯爵家の人間を派遣するという手続きを取ってくれた。
 厨房もその内の一つ。

『オーホッホッホ!  将来この私が住むことになる王宮料理があんなにも不味いなんて、冗談ではすまなくってよ!』

 そう高笑いしていたガーネット嬢の料理人の派遣により、これまでとは違う“美味しい”料理が並ぶようになった───


「ほっほっほ!  そういうことだから、今日は嬉しくて買い物したい気分なの!」
「買い物……これまで殿下に付き合って何度も街には連れら……コホン、行きましたが“買い物”するのは初めてですよね?」  

 エリオットが小さく呟く。

「そうよー!  基本、無駄遣いなんて出来なかったから仕方がないわよね」
「……殿下はいつもお店の商品を眺めたり、店主と話をしたりするだけでした」
「あら、だって街のことも民のことも実際に行って触れてみないと!  人伝で聞いた話からじゃ何も分からないでしょ?」
「……」
王族わたしたちが貧乏なせいで国民たちまで苦しい思いをさせるのは本意ではないもの」

 作物は順調に育って売ることが出来ているか、何か困っていることはないか。
 数字だけなら王宮にいても情報は手に入る。
 でも、実際に街に出てみて並んでいる商品や民の顔を見た方が分かることも多い。

「でも、今回はガーネット嬢のおかげで少しだけ私の懐に余裕が出来そうだから、買い物というのをしてみたいのよ!」
「……殿下」
「お兄様って昔から何もしない……というか余計なことしかしないけど、初めていいことをしてくれたわ!」
「……ですが、視察ではなく欲しい物を買うだけなら、街のものは安物もありますし、わざわざご自分の足で出向かなくとも商会の人間を城に呼べば…………うぐっ!?」

 私は少し強めにエリオットを引っ張る。
 エリオットが少し苦しそうな声を上げた。

「……分かってないわねぇ?  商会の人間なんて呼んだら彼らが売りたい物しか持って来ないでしょ?」
「……」
「私は自分の足でお店に出向いて、この目で見てこれだ!  って思った物を買ってみたいのよ。値段なんて関係ないの」
「これだ?」
「そうよ。だって……」

 私はそこでまた足を止めて黙り込む。

(きっと、もう街で買い物をするなんてこと出来ないだろうから)

 ファネンデルト王国に嫁いだ後は、お金こそあるだろうけど私にそんな自由があるとは思えない。
 それこそ、王家のお抱えの商会の人間が毎回お城にやって来ることだろう。
 これまでとは違って美味しい物を食べられて、高級な生地で作られたドレスを着て、ふかふかのベッドで眠って……

「……」

 これまでの生活を思えば、それはとても幸せなことのはずなのに、想像してみても全然心が弾まない。
 むしろ、なぜか胸がキュッと苦しくなる。

「殿下?」
「……なんでもないわ。さぁて、何を買おうかしらね!」

 たとえ心が弾まなくても、私の結婚───これはもう決まったこと。
 憂いを振り切って私は再び歩き出す。

「お願いですから変な物を選ぶのはやめてくださいよ?」
「ほっほっほ!  今日の私は機嫌がいいからあなたにも何か買ってあげてもよくってよ?」
「…………遠慮します」
「そう?  せっかくのチャンスを逃すなんてつまらない男ね。こんなこと最初で最後かもしれなくってよ?」
「……優しい殿下が余計に不気味で不安です」
「言うわねぇ……」

 私はじろっとエリオットを睨んでおいた。

(おバカさんね……きっとこんなことは本当に最初で最後なのに)

 エリオットは私の護衛騎士を辞めたくない、そう言ってくれた。

(でもね?  色々考えたけど……)

 やっぱり私はあなたをファネンデルトに連れていくつもりはないのだから────




「エリオット!  見て、あれ美味しそうよ!」
「あ、待ってください、でん…………んぐっ!?」

 無事に街に到着。
 立ち並ぶお店を見ながら、あれもこれもとはしゃいでいたらエリオットが私のことを“殿下”と呼ぼうとした。
 私は慌ててエリオットの口を塞ぐ。

「モゴっモゴモゴモゴモゴ!」
「お黙り!  あなたバカなの?  ここでは呼び方には気を付けなさい!」
「モゴ!  モゴモゴモゴ……」
「では、なんてお呼びすれば?  そんなの考えなくても分かるでしょ?  ウェンディ一択よ」
「!?」

 クワッと目を大きく見開いたエリオット。
 ブンブンブンと強く首を横に振る。

「嫌がってる場合じゃなくってよ!  さあ、呼んでごらんなさい?」

 私はエリオットの口からパッと手を離す。
 そしてにっこり笑顔で待った。

「う……」
「う?」
「うぇ……」
「うぇ?」
「……っっ」

 エリオットはモジモジしてなかなか進まない。
 しかも、頬がほんのり赤い。
 エリオットがこんな顔を見せるのはとても珍しいこと。
 何だか段々楽しくなってくる。

「さあさあさあ!  続きは?」
「う……」
「もう!  なんで振り出しに戻っているのよ!」
「~~~っっ」

 私から目を逸らしながら、頬を赤く染めて口元を押さえながらプルプル震えるエリオット。
 可愛い!
 こんな可愛い一面もあったなんて!  大発見!  

「せ、せめて“様”だけでも……」
「ええ?  ダメよ~~」

 私はわざと、ほっほっほ、と笑う。

「う、うぇん……」
「……泣いてるの?」
「違いますっっ!  うー……ウェン……デ……」
「そうそうそう、その調子よ!」
「くっ!  ─────ウェンディ!!」

 エリオットがやけ気味に叫んだ。

「ほっほっほ!  言えたじゃない?」
「~~~っっ!  い、いいから、行きますよ!  あ、あの店ですか?  ウ…………ウェンディ!」
「!」

 グイッとエリオットが私の手を取ってズンズンと歩き出す。
 そんなエリオットの顔は耳まで真っ赤だったので、私は思わず笑がこぼれた。

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