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17. 修羅場は作るもの
しおりを挟む(思ったより早い登場だこと……)
見なくても誰が登場したのか分かっている私は扉が開いた時、そう思った。
「……殿下!」
「ええ、分かっているわ」
私はゆっくり振り返る。
そこには思った通りの人物が居た。
───ナンシー・フェルベルク
突然、現れた見知らぬ彼女に皆がポカンとする。
それもそのはず。
彼女がどこの誰なのかをはっきり分かっているのは、私とエリオットとガーネットお姉さま……
そして───
(ヨナス!)
すると、少し離れた場所からパリーンッとグラスの割れる音がした。
「……なっ、なっ! なっ!!」
動揺するヨナスの声。
愛しい愛しい彼女の登場にあまりにも驚きすぎて手が滑ったらしい。
「────ヨナス様!!」
皮肉にもそのグラスが割れた音がナンシーにヨナスの居所を察知させたようで、パッと花のように明るく笑ったナンシーがヨナスの名前を呼ぶ。
そしてヨナスの元に駆け寄って……
「お会いしたかったです!」
「なーーーーっ!?」
ギュッと彼に抱きついた。
(ほっほっほ! ナンシー! やってくれたわ!)
突然現れてヨナスに抱きついた謎の令嬢に会場内は騒然となる。
当然ながら、ヨナスのパートナーである私にも視線が注がれた。
「……」
────オ~ホッホッホッ! いいこと? あのナンシーという女が登場したら必ず皆は殿下にも視線を向けるわ。
その時に殿下の浮かべる表情は……
(ほっほっほ! 発動するわよ……ガーネットお姉さま直伝────涙をこらえる健気な女の顔!!)
私は内心では大爆笑……大笑いしながらも、ガーネットお姉さまに言われたように顔だけはナンシーの登場にショック受けた“フリ”をする。
「で、殿下!? だ……大丈夫、ですか?」
「…………え、ええ」
私は悲しそうに目を伏せながら頷く。
しおらしくなった私を見て動揺したエリオットのナイスアシストにより、人々が私に向ける視線は哀れみが大半。
逆にヨナスに対しては厳しい視線が向けられる。
────いいこと? ショックを受けた時の演技が一番大事なのよ! ここはエリオットを使いなさい!
常に殿下の近くにいて振り回され続けた男の反応ほど説得力のあるものはないから!
(エリオットを使うってどういうことかと思ったけれど……)
エリオットにはナンシーが登場した時の私が《《どんな反応するか》は黙っておいた。
だから今、エリオットが動揺しているこの姿は嘘偽りのない本物の反応。
普段から私をよく見ているはずの護衛騎士が動揺する姿を見た他の人たちも、エリオットにつられて私に同情の視線を向けてくれている……
(すごい……お姉さまの言っていたこと、そのままだわ)
常に人を惹きつける美しさとオーラを放ち、人に見られることに慣れているガーネットお姉さまだからこその人の心理を計算しつくしたアドバイス……!
本当に勉強になる。
「……」
私はそんな憂い顔のまま、ヨナスとナンシーに視線を向ける。
そんな私につられたように皆も再度二人に視線を向けた。
「ど……どうして、君がここにいるんだっ!!」
「ヨナス様……」
一気に青ざめたヨナスがナンシーを引き離しながら震える声で訊ねる。
なんて愚かな男。
そんなに動揺してしまっては、“何かある”と言っているようなものなのに……
「どうしてって……それはヨナス様が」
「くっ……さ、触るな! 僕から離れろ!」
───パシッ
ヨナスは手を伸ばして来たナンシーの手を咄嗟に思いっきり振り払う。
ナンシーはショックを受けた顔でヨナスの顔を見た。
「え? ヨナス様。何を……」
「な、何をじゃない! そ、そんな気軽に僕に触れるのは────」
「え? そんなのいつものことですよね?」
ナンシーが不思議そうにこてんと首を傾げる。
「え? ヨナス様ったら何、今更そんなことを言っているんですか?」
「……う、ぐっ」
ますます青ざめていくヨナスに注がれるのはとても冷たい視線。
私は内心でほくそ笑む。
(いいわ、いいわ~、とってもいい感じ)
想像以上の反応と効果に感動した私はプルプル身体を震わせる。
「っ! ……殿下っ!」
「……」
この震えをショックだと勘違いしたエリオットが心配そうな声をあげてくれたので、私の周りには更にあたたかい視線ばかりが集まる。
(ほっほっほ! ではそろそろ……)
顔を上げた私はヨナスとナンシーの元に向かって歩き出す。
「────殿下!」
「ありがとう、エリオット。私は大丈夫よ」
「しかし……」
「本当に大丈夫よ、ね?」
「……っ」
引き止めようとしてくれるエリオットを悲しげな笑顔(演技)で振り切って私はヨナスたちの元へと向かう。
そんな私を見守る皆の気持ちはハラハラ。
私は、ほっほっほ!
エリオットは渋々ながらも静かに私の後を着いて来てくる。
正直、この時点で周囲からこんなに同情の目を向けられるとは思ってなかった。
(────ふふ、エリオット……いい仕事するじゃない)
私は後でエリオットに何か褒美を与えようと決めた。
「!」
コツコツと私の靴音が近付いて来て音に気付いたヨナスがハッとして背後を振り返る。
「…………ウ! ウェンディ王女!」
「ヨナス様」
私は静かに彼の名前を呼ぶ。
すると、ビクッとヨナスは身体を震わせた。
「“初めて目にする方”ですけど───彼女はどちら様ですの?」
「!!」
ヨナスが分かりやすく私から目を逸らす。
「あ……えっと、彼女は、その……」
「随分と親しそうですが?」
「んえっ!? あ、いや……」
私の追及にダラダラ汗を流し始めるヨナス。
頭の中で一生懸命、上手い言い訳を探しているに違いない。
「王子であるあなたのお名前を気安く呼ばせていて、更に抱きついてもいましたが?」
「い、いやぁ、そ、れは……」
「不敬罪にはなりませんの?」
ヨナスの受け答えはずっとしどろもどろ。
こんな無様な姿を見せる男が将来、国王になるですって?
(ほっほっほ! そんなの即、国が滅びるわ!)
「どうされました?」
「……っ」
こんな大勢の目がある場所でなかったなら、ヨナスはあっさりナンシーのことを私に紹介したはず。
しかし、パーティーのこんな場で婚約者である私を前にしてナンシーを“愛する女性”とはさすがに外聞が悪すぎて言えない。
「ヨナス様~? どうしてさっきから、はっきり言ってくださらないんですか」
「ナナナナンシー!?」
ここで痺れを切らしたナンシーがヨナスの腕に自分の腕を絡める。
すると私とナンシーの目がパチッと合った。
「……」
「……」
私はコホンッと軽く咳払いする。
「ナナナナンシーさんと仰るの? 変わったお名前ね?」
「違う! ナンシーだ!」
ヨナスが咄嗟にそう答える。
しかし答えてから、あっ……と自分の口に手を当てた。
「ナンシーさん……ね?」
「い、いや、うん……えっと、だからナンシーは、」
「……」
ナンシーは無言でヨナスの顔を見たあと、にっこり笑った。
「もう、ヨナス様! はっきり私のこと紹介してください!」
「……ナンシー!?」
「────貧乏国出身のお飾りのための妃なんかよりも本当に愛してる、“本物の妃”にする人ですって!」
「!?」
ナンシーのその発言にヨナスが盛大に吹き出した。
そして会場内も騒然となる。
お飾り? 本当に愛してる本物の妃だって?
そんな言葉があちらこちらで飛び交い始める。
「ナンシー!」
「きゃっ!?」
目をつりあげたヨナスがナンシーの口を慌てて塞ぐ。
でも、残念ながらもう遅い。
ここで再び私とナンシーの目が合った。
────どうですか? これでいいんでしょ?
ナンシーの目が私に向かってそう言っている。
私も無言でナンシーを見つめたまま、口元だけほんのり緩めて応えた。
(ええ。そうね、ナンシー・フェルベルク。上出来よ────だって)
修羅場は作るもの! なんだから。
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