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18. 真実の愛
しおりを挟むそんな私とナンシーの無言のアイコンタクトをエリオットは見逃さなかった。
眉をひそめて小声でそっと訊ねてくる。
「───殿下? い、今のは……どういうことですか?」
「……」
私はふふっと笑う。
「ナンシー・フェルベルクを呼び出した日のこと覚えてる?」
「は、はい」
「あの子との対面の際、私はガーネット嬢を同席させたでしょう?」
エリオットは頷く。
「それは、彼女の滞在先が侯爵家になるから顔を合わせておくためだと……」
「ほっほっほ! それは表向きの理由よ」
「表向き……?」
怪訝そうに眉をひそめたエリオットにもう一度意味深に笑いかける。
「本当の目的は、ナンシー・フェルベルクがどんな女か確かめてもらおうと思って同席させたのよ」
「はい?」
「簡単に言うと────ナンシーが嘘泣き出来るような女かどうかを見極めてもらった、と言うべきかしら?」
ハッとエリオットが息を呑む。
そしてあの時のことを思い出したのか、ますます怪訝そうな表情になった。
────私だって二人の邪魔をするつもりなんて……
そう口にした時のナンシーは涙を流していた。
そう。
私はあの時、ガーネットお姉さまにあれが“嘘泣きか否か”を判断してもらっていた。
「あ……あの時の涙は嘘泣きだったのですか!?」
「ええ、そうよ。だから私は彼女が見た目とは違って、したたかな性格の女だと思ったわけ」
「……!」
「だから───えっと、翌日だったかしら? ガーネット嬢に頼んでこっそりナンシーをもう一度城に連れて来てもらって面会したのよね」
「!?」
エリオットの目がクワッと大きく見開く。
「……聞いてません!」
「それはそうでしょ。言ってないもの」
「~~っ」
にっこり笑顔でそう口にする私にグッと黙るエリオット。
「……た、確かに……あの日は呼び出しの回数がいつもより少なかった…………」
「は? 回数が少なかった? まさか毎回数えてたの?」
「殿下? そんなの当たり前でしょう?」
「……」
なんとエリオットはあっさりと肯定した。
当たり前……?
(エリオットって真面目すぎてたまに本気でおかしなことするのよねぇ……)
これは深く追求してはいけない。
私の心がそう警告して来たので、コホンッと軽く咳払いをする。
「と、とにかく! そこでナンシー・フェルベルクを呼び出した私は────……」
────────
────……
ガーネットお姉さまに連れられてナンシーは不安そうに怯えていた。
私はまたニヤリと笑って彼女に告げる。
『……お前、人前で涙を流すのがそこそこの特技のようね?』
『───!? 』
『その見た目を利用して、か弱い令嬢のフリをして来た、ってところかしら?』
私にそう告げられた時のナンシーの目は大きく見開かれ明らかに動揺していた。
『どうなの? 答えなさい』
『…………っ』
ナンシーは俯きながらも覚悟を決めたように喋り出す。
『た、確かにちょっと……いえ、かなり性格は誇張しているかもしれません』
『……』
『そ、それでも! 私とヨナス様の愛は真実の愛だから、どんなことがあっても……』
『ほっほっほ! それ!』
『?』
私は鼻で笑いながらナンシーの言葉を遮る。
真実の愛────
この子は、まだそれを言うのね?
ナンシー・フェルベルクはしたたかな女。
そんな彼女の真の目的は身分の高い男を捕まえて成り上がること。
ヨナスという王子を捕まえたからには当然“妃”になることが目標───
(つまり、言うほどナンシーはヨナスに愛情なんて持ってない)
私はその事実を分かっていながらわざと彼女を煽る。
『私、真実の愛なんて信じてないのよ』
『え?』
『だって、そうでしょう? 人から言われるならともかく、自分から“真実の愛です”って。もし今後、別の人間に惹かれたら、またこれは真実の愛ですなんて言うわけ? 軽くない?』
『……っ』
ナンシーが悔しそうに押し黙った。
『だから私、ぜひそれをこの目で見てみたいのよねぇ』
『……え?』
『あらあら? その顔はなに? だってあなたたちの愛は紛れもなく真実の愛、なのでしょう?』
『そ、れは……』
はっきり答えられないナンシーに私はにっこり笑いかける。
『─────今度、パーティーを開かせるわ』
『……パーティー?』
『そうよ。それであなた、そのパーティーに乱入なさい』
『ら……乱入!?』
言葉を失って口をパクパクさせているナンシーに向かってゆったりと微笑む。
『そこで“あなたの存在”を公にして欲しいのよ』
『え……えっと?』
ますますオロオロするナンシー。
その姿があまりにも滑稽で愉快になった私は更に微笑む。
『ナンシー・フェルベルク!』
『……は、はい!』
『“あなたのヨナス様”がこの先、自分を偽ってでも尽くすのに値する素晴らしい男だったなら、きっとどんな事態が起こっても上手く対処するはずよ?』
『え……?』
ナンシーの目が大きく見開く。
『ヨナスのこと見極めてみたくない?』
『……!』
『もし、その場で無様に情けなくオロオロするだけのような男なら────そいつは“王になれる器”なんかじゃないわ』
『……王の、器じゃない……』
ここで私は一旦切って大きく息を吸う。
『そう! ─────ただのカス男よ』
『カ、カス……!』
『妃は妃でも────お前はカスなんかの妃になりたい?』
『……』
ぐっと黙り込んで下を向くナンシー。
次に顔を上げた時、彼女は覚悟を決めた顔をしていた。
────……
────────
「えぇと? つ……つまり、殿下は」
「ほっほっほ! 上手いこと転がして誘導してナンシーは私側に引き入れていたってわけ」
「……!」
「ま、はっきり言うなら、私が“悲劇のヒロイン”になるための暴露係よ、暴露係!」
ケラケラ笑う私をエリオットがすごい目で見てくる。
「なんで言ってくれなかったんですか!」
「なんでって……」
「お、俺はバカみたいに動揺して心配して……」
(エリオット……)
「まぁ、護衛なんだから事前に伝えるべきとは思ったけど、あなたの純粋な反応が欲しかったのよ」
「殿下……」
「それに、ナンシー・フェルベルクくらいの令嬢なら万が一、心変わりして私に刃向かって危害を加えようとして来ても……」
「……も?」
「この私なら、軽くいなせるわ!」
エリオットは悔しそうな表情を浮かべる。
「否定出来ない所が悔しいです……」
「そう? ほっほっほ!」
私が笑っているとエリオットはポソッと言った。
「本当にあなたは! …………昔から大人しく護られていてはくれない────」
「ほっほっほ!」
なんてエリオットと笑っていた時だった。
「ナンシー! ────こ、これ以上変なことを言うな!」
「え? ヨナス……さま?」
目を潤ませたナンシーが驚きの顔でヨナスを見つめる。
その顔を見たヨナスはぐっと息を呑みながらも声を張り上げる。
「分かっているのか!? こ! この場は僕とウェンディ王女の“婚約発表”のための大事なパーティーな、なんだぞ!」
「え、でも……」
(───違うわよ~?)
「でも、ではない! み、身分の低い女は余計なことせず黙っていろ!!」
「!」
突然のことに動揺していたとはいえ、ヨナスは最も言ってはいけない言葉を口にした────……
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