【完結】婚約発表前日、貧乏国王女の私はお飾りの妃を求められていたと知りまして

Rohdea

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19. 要求───婚約破棄

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 ヨナスの発した酷い言葉にシンッと会場内が静まり返る。

「身分の低い、おん、な……」

 ナンシーが呆然とした顔で呟くと、そのままポロポロと涙をこぼしはじめた。

「ヨナス、さま、ひ、酷い……」
「あっ……」

 ヨナスはようやく自分の失言に気付いて口元を押さえるも───もう遅い。
 青ざめた顔でキョロキョロと周囲の様子を窺う。

「……内心では私のこと、そんな風に思っていたんです……ね」
「ナンシー!  落ち着いてくれ、これは違っ……」

 慌てたヨナスがナンシーに手を伸ばす。
 パシッ
 しかし、ナンシーはその手は思いっきり振り払う。
 ヨナスはその行為にギョッと驚く。

「────そうですよね……これまでヨナス様がデートしていた方々は身分の高いご令嬢ばかりでしたし」
「おい!?」
「他にも未亡人とか、ああ、高位貴族のご夫人方ともこっそり不貞していましたっけ……」
「────なっ!?!?!?」
「それでもヨナス様はこんな身分の低い私に声をかけてくれたから────私だけは違う……そう思っていたのに」
「ナンシー!  お、落ち着こう!  な?」

 ヨナスの顔色は真っ青を通り越してもはや真っ白。
 今はとにかくナンシーに発言をやめさせようとアタフタしている。
 その姿は実に滑稽だった。

(ほっほっほ!  人ってやっぱりこういう時に本性が出るわよね!)

「所詮、私もあなたの遊び相手の一人だったんですね?」

 くすん……と落ち込むナンシー。

「違うんだナンシー!  僕が君に言ったことに偽りはない!」
「……」
「ウェンディ王女は僕が跡を継ぐために“王女という身分”が必要だっただけで、全く愛してもいないし、愛するつもりもない!」
「……」
「あんな気分屋で我儘で金使いが荒くてガサツな性格の王女なんてこれっぽっちも好みじゃないんだ!」
「……」
「金目当ての王女は金と王妃の地位を与えておけばそれで満足だろうからな!」
「……」

 とにかくナンシーの機嫌を直したいヨナス。
 そのため、散々私のことをこき下ろして貶すことになったわけだけど……
 今、この場でそんな発言をしたらどうなるのか、すっかり頭から吹き飛んでしまっている様子。
 ナンシーしか見えていないヨナスは今、周囲に自分がどんな目で見られているかも分かっていない。
 実はずっと近くにいた存在の薄いお兄様ですら言葉を失っているわよ!

(……ん?)

 そして、ふと気付くと私の横にいるエリオットがどす黒いオーラを放っていた。
 私は小声でエリオットを窘める。

「エリオット?  何してるの?  怖いわよ?  その殺気はしまいなさい」
「……殿下。なんで俺は今、剣を持っていないんでしょうか」
「だって、パーティーですもの。それに今日のあなたは一応、貴族としての立場での参加よ?」
「うぅ……」

 エリオットはがっくり項垂れる。

「……しかし、ヨナス殿下はご自分の最低な発言に気付いていらっしゃるのでしょうか?」
「ほっほっほ!  あれが気付いているように見える?」
「────見えません」

 エリオットの即答にクスッと笑ってしまう。

「さて、そろそろ“悲劇のヒロイン”である私の出番かしらね!」
「……それ、自分で言うんですか」
「ええ!  婚約者の不貞を知ってショックを受ける健気な王女とは私のことよ!」
「健気?  …………めちゃくちゃ元気に笑っていませんか?」
「気のせいよ!」

 さて!  と意気込んだ私は、ガーネットお姉さまと特訓した健気な女の顔を作る。

(自分じゃない女を演じるのってなかなか大変……!)

 ヨナス好みの可愛くて可憐な女を演じ続けようとしていたナンシーはすごい、と改めて思う。

「とにかく、だ。ナンシー……分かってくれ、僕は」
「────僕は、なんですの?」

 そう訊ねる私の声にハッとして振り返るヨナス。

「ウ!  ウェンディ王女……!」
「……」

 ナンシーと私の顔を交互に見てしまった!  と慌て始める。
 本当に本当に情けない。

(さすがカス!!  見事に私のこと忘れてくれていたようね!?)

 私はその怒りのエネルギー全てを演技に使う。

 ────はい!  ここで悲しい顔!

(ガーネットお姉さまの声の幻聴が聞こえる)

 私はその幻聴に従って表情を作る。

「……ヨナス様、説明をしてくださいます……か?」
「うっ……」

 ────いいわよ~!  はい!  次は憂い顔!

「あなたの先程からの発言……あれは、あれこそがあなたの……本心」
「うっ……!」

 ────ホーホッホッホッ!  いくわよ?  泣きそうな顔!

「そして、そちらの方が……あなたが本当に愛する方。そして私は……」
「うっ……!!」

 ────さあ、カス男にとどめさすわよ!  涙を流しなさい!

(はい!  お姉さま!)

 私は全神経を集中させて目を潤ませるとポロッと涙を流す。

「愛されていないことは知っていました……が、まさかそんな……そんな風に思われていたなんて」
「え、あ、いや、それは違っ……」
「しかも、将来国を背負って立とうという方が……女性を身分だけで判断しようなどと───」

 ポロポロと涙をこぼし始めた私にヨナスが慌てる。

「ウェンディ王女……待っ……」
「うぅ……」

 ────はいはーい!  ここで、フラッと立ちくらみを起こしてよろけるとベストよ!

(よろける!?)

 幻聴のガーネットお姉さまはなかなか高度なテクを要求してくる。
 生まれてこの方、そんなか弱い女になったことがない。
 そんな私にやれるかしら?  と不安になる。

(……いいえ、やるしかない!)

 全ては貧乏国の王女と侮ってこの私をお飾りの妃にするなどと言い出した、目の前のカス男を処分するため!

「うっ、あ……」
「え!?  ウェンディ王女!」

 私はフラッとよろけてその場に倒れ込む。
(もちろん、フリ)

「───殿下!?」

 突然、倒れ込みそうになった私をエリオットが慌てて抱きとめる。
 一方のヨナスはぼんやりした顔で突っ立っているだけで一歩も動かない。

「殿下!  大丈夫ですか!?」
「……」

 エリオットが私に向かって必死に呼びかけてくれる。
 私は答えずにぐったりした演技を続ける。

(ほっほっほ!  さすがエリオット。迫真の演技よ!)

「そんな……天変地異が起こっても、ほっほっほ!  とっても楽しいわね!  と笑っていそうなほど元気の塊の殿下が倒れこむなんて……異常です!」
「……」

(おいっ!)

 内心で異常呼ばわりしたエリオットに突っ込む。
 エリオットの中の私ってどうなってるわけ?

「ヨナス殿下!  これは先程からの殿下を侮辱する失礼な発言───全部、あなたのせいですよ」
「なっ……!」

 薄目で確認したところ、エリオットの言葉にヨナスはギョッとしている。

「あなたのような不誠実な方に、我々の王女殿下は任せられません!」

(エリオット……)

 適当なところで起き上がってヨナスにぶつけてやろうと思っていた言葉を代わりにエリオットが言ってくれる。
 私ではなくエリオットがそう口にしたことが響いたのか、周囲もそうだそうだと同調した。

「くっ、なっ……なにを!  た、たかが護衛のくせに出しゃばりやがって!」

 周囲の圧力に負けそうななったヨナスが負けじと叫ぶ。

「たかが?  いえ、俺は護衛だからこそ言っているんです!」
「なに!?」
「俺は殿下を護る者────護るのは殿下の身体だけではない、心もだ!」

 エリオットは臆することなくはっきりそう口にした。

(────なっ!?)

 こんな時なのに私の胸がドックンと大きく跳ねる。

(エリオット……)

 不思議と包まれている身体以上に心があたたかい。
 胸のドキドキも止まらない。

「───きっと殿下は今、ショックが大きくて言えないのでしょう……だから俺が代わりに要求します」
「……何をだ?」
「そんなの決まっています」

 怪訝そうなヨナスに向かってエリオットははっきりとした口調で告げる。

「─────ヨナス殿下、あなたとウェンディ殿下の“婚約破棄”です!」
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