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26. 終わった
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ガーネットお姉さまの十八歳の誕生日当日に開かれていたパーティー。
和やかな会場の空気を一変させたのは、とある侯爵家の令息の大声だった。
「ガーネット・ウェルズリー侯爵令嬢! ────こ、これはいったいどういうことなんだ!?」
私は少し離れた所からエリオットと共にその光景を見ていた。
「……エリオット」
「彼はイザード侯爵家の令息のデイモン様ですよ」
「…………へぇ」
「彼は侯爵家の嫡男ですから名前と顔くらいは一致させておいてください」
「うっ!」
私があの失礼な男はどこの誰? と思ったのがしっかり伝わった結果、エリオットほ淡々とそう告げた。
「ほっほっほ……どうやら興味がもてないと私って皆、同じ顔に見えるみたいなのよねぇ」
「ウェンディ様……」
(ホホホホホホ……エリオットからの視線が痛いわ)
「そんなことより! あの男はガーネットお姉さまに対して何をおっ始めたのよ」
「うぉっ、俺に聞かれても困ります……」
「嫡男なんでしょ? 命、捨てる気なの!?」
「うぉっ、俺に聞かれても困ります……」
私はエリオットをガクガク揺さぶりながら訊ねるも、その侯爵令息が何がしたいのかはさすがのエリオットにも分からないらしい。
そうしている間にもその侯爵令息はガーネットお姉さまにどんどん突っかかっていく。
「ガーネット嬢! あなたはエルヴィス殿下の婚約者であり、妹の親友……私はあなたを信じていた。それなのに! この仕打ちはなんなのだ!」
(何だか嫌な空気ね……)
侯爵令息は何やらガーネットお姉さまを責め立てている。
一方のお姉さまは明らかに困惑していた。
「妹って?」
「イザード侯爵家のご令嬢、ラモーナ嬢のことかと」
「…………へぇ」
「ウェンディ様! 少しは興味を持ってください!」
エリオットにじろっと睨まれた。
「ああ、思い出したわ! お兄様の婚約者候補で最後までガーネットお姉さまと競っていた!」
「はい、そうで……」
「王家に負けず劣らずの貧乏っぷりでお金が無くて、結果的にガーネットお姉さまに負けたのよね!」
「ウェンディ様!!」
今度はあけすけに言いすぎて怒られた。
ガーネットお姉さまがお兄様の婚約者に選ばれた最大の要因は、確かにお金だった。
でも、もちろんそれだけじゃない。
何よりこの一年、お姉さまが情けないお兄様をカバーしつつ、王家に尽くして改革を行ってくれたことを数えたら両手を使っても足りないくらいだ。
「何やってるのよ……そして、肝心のお兄様はどこに居るのかしら」
「姿が見えませんね」
婚約者であるガーネットお姉さまが責められているというのに、お兄様の姿が見えない。
「本っっ当にお兄様はカスだわ。それにあの男も──」
イザード侯爵令息はとにかくネチネチネチネチネチお姉さまに絡んでいる。
聞いているだけで苛立ってくる内容だった。
(今すぐあの場に飛んでいって回し蹴りでもしてやりたい!)
「────落ち着いてください! 気持ちは分かりますが、さすがにこの場であの令息を蹴り倒すことはオススメ出来ません」
「くっ……! 分かっているわよ」
事態を余計にややこしくさせてしまう可能性が高いため、部外者の私がしゃしゃり出るわけにはいかない。
(───ガーネットお姉さま……!)
何やらあの男の妹であるラモーナ嬢のネックレスとイヤリングを昨日お姉さまが盗み、さらに今、それを身に付けているという話のようだけど───
「ねぇ、エリオット……これおかしくない?」
「はい」
明らかに冤罪の匂いがする。
そう思って問いかけるとエリオットも神妙な顔で頷いた。
「ガーネット嬢なら、わざわざそんな人の物をコソコソ盗むなんて面倒なことはせず……」
「ええ! 自ら職人を買収でもして引き抜いて更なる最高傑作を作らせるわ!」
冷静に考えれば誰でも分かることなのに、みんなあの侯爵令息の言葉にのまれてしまっている。
「もう! とにかくお兄様は!? “婚約者”ってこういう時に守るためにいるんじゃないの!?」
未だに姿を見せないカス兄に苛立ったその時。
「静かにしろ!」
(やっと来たわ……!)
その声は紛れもなくカスその2のお兄様。
今日のパーティーの主催でもあり、ガーネットお姉さまの婚約者なのだから、ようやくこれで落ち着く……
そう思ったのに。
「……は?」
飛びこんできたその光景に自分の目を疑う。
「────エリオット」
「あちらが先程から話題のラモーナ・イザード侯爵令嬢ですよ」
「!」
エリオットは、まだ何も聞いていないのにスラスラと私の聞きたかった疑問に答えてくれる。
さすが私のエリオット。
「────これは……この騒ぎはどういうことなんだ? ガーネット嬢!」
鋭い目付きで真っ直ぐガーネットお姉さまにそう問いかけるカス……お兄様は、何故か傍らに婚約者以外の女を侍らせていた。
──────
「こんっっっの……カス~~」
「え? ウ、ウェンディ!? …………ぐはぁっ!?」
私の回し蹴りをくらったお兄様が綺麗な弧を描いて吹き飛んだ。
(カスッ! やっぱりお兄様もヨナスと変わらないくらいの……カスよ!!)
パーティー終了後、私はエリオットを伴ってお兄様の部屋へと乗り込んだ。
そして、ノックもせずにバーンと扉を開けた。
着替えの最中で油断していたお兄様の元に駆け寄り、問答無用で蹴り倒した。
「───にゃ、にゃにをする!?」
吹き飛ばされて痛そうに顔を歪めたお兄様が抗議の声をあげる。
「黙らっしゃい! この阿呆! お兄様はこの国を滅ぼす気なんですの!?」
「……にゃ?」
「!」
そのすっとぼけた顔が更に苛立ったのでもう一発お見舞いしてやろうかと助走つけようとした。
しかし、ここでエリオットが私を止める。
「ウェンディ様! 仮にもあれは我が国の王太子ですよ!?」
「止めないでエリオット! まだ私に王女の肩書きがあるうちに、こんな阿呆でカスのことは蹴り倒しておかないとダメなのよ!」
「ウェンディ様……?」
エリオットとの結婚を控えていて降嫁する私。
“公爵夫人”が王太子を殴るのは問題になるけれど、まだ“王女”の私なら…………イケる!
「ギリギリ兄妹喧嘩として処理出来るから! だから今しかないのよ!」
「……なるほど」
頷いたエリオットが私を押さえつけていた手をパッと離す。
自由になった私はもう一度蹴りの体勢に入った。
「……!? ウ、ウェンディ!? にゃにをごちゃごちゃ─────ぐはぁっ」
私の蹴りを受けてお兄様がもう一度吹き飛んだ。
(なんてこと! 軟弱すぎるわ……!)
お兄様がこんなに弱っちいとは予想外!
私はそんな軟弱お兄様に向かって声を荒らげる。
「お兄様! あなたはガーネットお姉さ……ガーネット嬢がこの一年、我が王家にどれだけ貢献してくれたのか忘れたんですの!?」
「わ、わしゅれてなど……しかし、ガーニェット嬢はリャモーナを……」
「────お黙り!」
(ガーニェットとかリャモーナって誰よ!)
私の蹴りを受けて口の中が切れてるせいなのかさっきから発言がおかしい。
余計にイラッとする。
「ひぃ!?」
じろっと私に睨まれたお兄様が縮こまる。
(やっぱりカスだわ……ヨナス並のカス!)
「お兄様は“ヨナス殿下”の末路を忘れましたの!? 今、あなたは彼と同じようなことをしていますのよ!?」
「にゃに? ……じぇ、全然違う! だってガーニェット嬢が……」
どうやら、あくまでもこれはガーネットお姉さまに非がある婚約破棄だと言いたいらしい。
まさか、こんなにもこんなにもお兄様が大馬鹿だったなんて……!
「エリオット……!」
「ウェンディ様!」
もうダメだと思った私はエリオットに抱きつく。
エリオットは私を受け止めるとギュッと抱きしめ返してくれた。
「────やっぱり、バカだったわ」
「はい、そうですね」
「そして、カスだったわ」
「はい、手遅れです」
「にゃっ……!? お、おい! おまえたち!」
私はエリオットの温もりに包まれお兄様の抗議の声を無視しながら考えた。
(終わった。このままじゃ国が滅ぶ…………お兄様はもうダメだ────……)
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