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32. 目覚めた息子 ①
しおりを挟む────そうして迎えたパーティーの日。
「ほっほっほ! この参加者の多さ、さすが我が家のパーティーね!」
支度を整えてもらいながら私は高らかに笑う。
ナンシーが私の髪を結ながら頷いた。
「やはり、お子様方が集まれるパーティーというのは魅力的ですからね」
「そうねぇ」
(しかし……)
互いに忙しく、手紙のやり取りのみでなかなか会いにいくことが出来ていなかったガーネットお姉さま。
そんなお姉さまの息子、ジョエル・ギルモア────……
まさか、あのガーネットお姉さまの子どもが、まだ六歳なのに表情筋がすでに死滅していて常に無表情で馬車とピーマンが苦手で、言葉もほとんど“う”しか喋らないとは驚きだ。
お姉さまはあんなにも明るい人だから、きっと未だに謎の多い夫に似たのだろう。
(エドゥアルトは逆にお喋りすぎるくらいだから……)
出会って友達になってくれて、互いにいい相乗効果が生まれたらいいのだけど……と、思った。
「坊っちゃまはとにかくよく喋って明るく、すでに友人も多いですし、今日のパーティーでも坊っちゃまの周りには人がたくさん集まりそうですね?」
「……そうねぇ」
私は苦笑する。
そのエドゥアルトの周りに集まる“友人”というのが、“コックス公爵家”目当てなのが気になるところ。
貧乏であっても王女だった頃。
自分の周りに集まる人たちもそういう目的を持った人たちばっかりだったから───……
(まぁ、こればっかりは仕方ないとは分かっているのだけど)
なんせ、スクスクと素直に成長した我が子、エドゥアルト。
最近は、口を開けば二言目には「ははうえがえらいからボクもえらいんだぞ!」なんだもの。
どうしてそうなった……
「でも、坊っちゃまって面白いくらい素直でなんでも吸収しちゃいますから、変なのに利用されないといいですけどね」
「……」
「奥様?」
「ううん、なんでもないわ」
ナンシーの危惧していることはまさにその通り。
調子に乗っていると痛い目を見かねない。
(エドゥアルトには一度、どこかでちゃんと言い聞かせないといけないわね────……)
そんなことを考えながら支度を終えるとナンシーと入れ替わるようにエリオットが部屋にやって来た。
「ウェンディ」
「エリオット!」
エリオットはじっと私を見つめると優しく微笑むんでかがみ込み、そっと手の甲に口付けを落とす。
「君は今日も綺麗だ」
「!」
ドキンッと心臓が大きく跳ねる。
結婚して何年経っていてもこういうのは慣れない。
「ゥエ、エエリオットも、ま! まあまあ、かっこいいわ、よ……!」
「……まあまあ?」
「まあまあ、よ!」
動揺しておかしな言葉を口走るとエリオットはクスッと笑った。
「俺の姫は本当に何年経っても可愛らしい……」
「~~もうっ!」
「はっはっは! さて、そろそろ時間だ。皆が待っている。行こうか」
エリオットが時計を見上げてそう口にし手を差し伸べた。
私はその手を取りながら訊ねる。
「エドゥアルトは?」
「ああ、エドゥアルトは先に支度を終えて部屋で待機してい……」
その時だった。
バタバタと慌てたように廊下を走りナンシーが部屋に戻って来た。
その顔が酷く青ざめている。
「ナ…………ナンシー?」
「た、た、大変です!」
ナンシーはハァハァと肩で息をしながら叫んだ。
「部屋で待機していたはずの坊っちゃまが……き、消えました!!」
「なっ……」
「え!?」
(エドゥアルト──────!?)
「エドゥアルトーー! どこーー?」
「どこに行ったんだ!?」
私たちはエドゥアルトの名前を呼びながら屋敷内を探し回る。
真っ先にパーティー会場内に確認を取ってみたもののそこにエドゥアルトの姿はないらしい。
「まさか、ここに来てウロウロするとは……な」
「全く……! 楽しみ楽しみで待てなくなっちゃったのかしら」
「好奇心旺盛な子だからな」
「くっ……」
(これは、鈴……鈴を鳴らすべき!?)
悩みつつも、もう少し探してみることに。
しかし、その後もやはりエドゥアルトの姿が見えず、もう一度会場内をキョロキョロ探していたら────
「ちちうえ、ははうえ!」
「!」
(呑気と陽気を混ぜ込んだこの声は……!)
私とエリオットがハッとして振り返る。
あんなに探していたのに見つからなかった息子が…………いた!
私たちは慌ててエドゥアルトの元に駆け寄る。
「───エドゥアルト!」
「支度している最中に目を離したら消えていて……どこに行っていたんだ! ずっと探していたんだぞ」
私たちが次から次へと捲し立てるとエドゥアルトは、はっはっは! と陽気に笑った。
(はっはっは! じゃない!!)
ご機嫌なエドゥアルトはスッと指で奥庭の方面をさした。
「?」
「あっちであそんでた!」
まさかの奥庭という場所に、そんな奥までと愕然とする。
どうりで庭も確認したはずなのに姿が見えないはずだ。
私たちは困ったように顔を見合わせる。
(勝手なことをしたのだから、とりあえず叱っておかなくちゃ)
「遊ぶならパーティーでご挨拶してから…………あら? エドゥアルト、その背中の足跡は何?」
「人の足跡みたいだが……?」
そう思ったのだけど、ここでエドゥアルトの背中が目に入った。
服の模様……? いや違う。
どこからどう見ても人間の、それも子どもの足跡にしか見えない跡がくっきり。
(まさか……ね)
頭の中に過ぎる予感を必死に打ち消す。
だって、あのエドゥアルトよ?
二言目にはボクはえらいんだ! のエドゥアルトよ?
万が一、誰かに踏まれたのだとしてもこんなにご機嫌なのはおかしい。
───このボクをふみつけたヤツがいる! これは、ばんしにあたいする! ちちうえ、ははうえ、いますぐソイツをしょぶんだ!
(くらいのことは言うでしょう……?)
しかし、困惑する私たちに向かってエドゥアルトは、にっこにこの満面の笑みで答えた。
「ふまれた!」
「「!?」」
何がどうしてそうなったのかは不明。
やはり、この足跡は間違いようもなく……エドゥアルトは誰かに踏まれていた!
……しかし、この嬉しそうなにこにこ顔は何事なのか。
「エドゥアルト? そ、れは誰に、だ?」
エリオットがおそるおそる訊ねる。
声が上擦っているからエリオットもエドゥアルトの様子がおかしいと感じていることが窺える。
「……えっと、」
エドゥアルトは一生懸命何かを考えている。
「……?」
「ジョジョジョエル……」
「は?」
聞いたことないうえに、人の名前とは思えないような言葉が飛び出した。
「いや、ちがうな……」
エドゥアルトは下を向いてブツブツ呟く。
ジョジョジョエル……ジョジョジョジョエル……ジョジョジョジョ……ジョ……」
気のせい? どんどん“ジョ”が増えてない?
そう思った時、エドゥアルトがパッと顔を上げる。
「たぶん、ジョジョジョジョジョジョジョジョエルとかいうなまえだ!」
(多っ────で、誰よっ!?)
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