【完結】婚約発表前日、貧乏国王女の私はお飾りの妃を求められていたと知りまして

Rohdea

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34. 目覚めた息子 ③

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「────ははうえ!  ボクをふんでくれ!」
「嫌よ」

 私が即答するとエドゥアルトはムムムッという表情になった。

「では、ちちうえ!  ボクを……」
「嫌だ。俺は踏むより踏まれるよりウェンディにひきずられたい派だ」
「!」

 私がダメならエリオット。
 そう考えたエドゥアルトは父親に視線を向けるも即却下されてしまった。

「ちくしょう……!  しよーにんにもたのんだが、だれもボクをふんでくれない……」

 ますます、エドゥアルトが悔しそうに歯を食いしばる。

(当たり前でしょ……)

 何かに目覚めて新たな扉を開けてしまった様子の愛息子のエドゥアルト。
 あれから頻繁に先触れも出さずにギルモア家に訪問している。
 しかし、肝心のジョエル・ギルモアはあの日以来、踏みつけてくれない……と嘆いていた。
 とにかく刺激が欲しいと飢えたエドゥアルトは仕方なく、我が家の使用人にまで声をかけるようになっていた。

「エドゥアルトは完全に刺激に飢えてるな」
「ええ。目が合った使用人に“さあさあさあ!  今すぐボクをふめ”と命令して回ってるわ」

 私がやれやれと肩を竦めるとエリオットが小さく笑った。

「さすがにエドゥアルトのことは誰も踏めないだろう?」
「当然よ。まあ……でもね、なぜかナンシーだけは違ったけど……」
「え?」

 エリオットからスッと笑みが消えた。

「……ふ、踏んだ、のか!?」
「さすがにギリギリ寸前で止めたわよ!  でも危なかったわ」

 そう。
 ナンシーだけは、
『分っかりました!  坊っちゃまの命令ですからね。それではそこに横になってくださいませ!』
『ああ!  たのむ!』
『はい。では、エドゥアルト坊っちゃま。いっきまーー』
『─────ちょっと!?  なにしてるの!!!!』

 私は、廊下のど真ん中でナンシーが寝そべったエドゥアルトを踏み潰そうとしていた瞬間にたまたま立ち会い、慌てて止めることになった。

「それは────色んな意味で危なかったな……」
「ええ、色んな意味で」

 私たちは神妙な顔で頷き合う。

「だがな、困ったことに俺はエドゥアルトの気持ちはとてもよく分かる」
「え?  分かるの!?」

 エリオットがうっとりしながら語り始める。

「ああ。俺もウェンディに初めて引きずられた日の衝撃は今でも忘れられないからな……」
「え」
「突然、君が騎士たちの稽古場にやって来て俺の胸ぐらを掴み……“この私が呼んでるというのに何をモタモタしてるの?  さっさと来なさいよ!”そう怒鳴ったと思ったら、困惑して動けなかった俺を引きずり始めた……」
「……」

 エリオットはとても懐かしそうに微笑む。

「最初は何をされているのか分からなかった」
「……」
「ようやく状況を理解したが、なぜ、俺は引きずられているんだ?  と次に思った」
「……」
「だが、不思議だ。何度も何度も君に引きずられてズルズルされていくうちに、感覚が……こう、いつの間にやら快感に……」
「ほっほっほ!  エリオット!  ちょっとその口を閉じましょうか!」

 私は慌ててエリオットの口を両手で塞ぐ。

「……っ、…………っっ!?」
「あなたは、子どもの前で何を言ってるのかしらねっ!  ほっほっほ!」
「……っ、っっ!」

 エリオットが苦しそうにジタバタと暴れる。
 その音を聞いたエドゥアルトがハッとして顔を上げ、エリオットの口を塞いでいる私を見てキラキラと目を輝かせた。

「ちちうえ、ははうえ!  それはあたらしいあそびか!?」
「はぁ?  違うわよ!?」
「なに!?  ちちうえがうれしそうなのにちがうのか!」
「違うわ!」

 私は慌ててエリオットの口から手を離す。
 エドゥアルトはパチパチと目を瞬かせた。

「あそび、ちがう……はっ!  わかったぞ!  では、いまのはいちゃいちゃか!」
「「えっ!?」」

 イチャ……?
 まさかの発言に私とエリオットは言葉を失う。

「しよーにんたちにきいた!  ちちうえとははうえは、けっこんしてからも、いつもらぶらぶいちゃいちゃしていると!」
「「……!?」」

 ラブ……?
 誰か知らないけど、六歳の子になんてことを吹き込んでるの!

「ふむ……ボクには、らぶらぶいちゃいちゃがなんなのかわからなかったが……これのことだったんだな!」
「「ちがーーう!!」」

 我に返った私とエリオットが同時に叫ぶ。
 すると、エドゥアルトは大変困惑した目を私たちに向けた。

「ち、ちがうのか……!」

 分かって貰えたと思って安心したのもつかの間。
 好奇心旺盛な息子、エドゥアルトは顔を上げて大真面目な顔で言った。

「────では、らぶらぶいちゃいちゃとは、なにをするんだ?」
「ほっほっほっほっほっほ……」

 とりあえず、この日は笑って誤魔化した。



 そんなエドゥアルト。
 自分のことを踏みつけて新たな世界を教えてくれたジョエル・ギルモアになぜか懐いた。

「ははうえ!  きいてくれ!  きょうはジョエルのみけんのしわがいっこへった!」

 とか。

「ははうえ!  きょうのジョエルはぼくのはなしにまゆをピクッとさせていた!  あれはわらったにちがいない!」

 とか。
 無口無表情のジョエル・ギルモアの心を勝手に本能で読み取っていく。
 これには母親のガーネットお姉さま……ガーネット夫人も驚いていた。

 ある時はエリオットに相談をすることも。

「ちちうえ。ジョエルをばくしょうさせるにはどうすればいい?」
「あの子を爆笑させる!?  お前はなんて難易度の高いことにチャレンジしようとしているんだ!?」
「なん……い?」

 言葉が理解出来なかった息子にエリオットが慌てて説明する。

「あ、すまない。とっても難しいってことだ」
「やはり、むずかしいのか……」

 エドゥアルトは本気で悩んでいた。

「エドゥアルト。なぜ、あの子を爆笑させる必要があるんだ?」
「それは───このあいだ、ボクはれいじょうとおちゃかいをした」
「ん?  そういえばそうだったな」

 コックス公爵家とお近付きになりたい家はとても多いようで、エドゥアルトにそういった誘いの話は絶えない。
 エドゥアルトに意向を聞くと……
『はっはっは!  さすがボク。とってもにんきものじゃないか!  ぜひ、いっしょにおちゃをのむぞ!』
 なんて言って嬉しそうに笑った。
 その結果、この歳ですでにお見合いのようなものが開始している。

「そこで、ジョエルのことを“こわい”といっているこがいた!」
「怖い?」
「そうだ!  ごれいじょうのせかいには、ぜったいにまけられないおんなのたたかいがあって、ボクのつぎにゆーりょーぶっけんなジョエルにめをつけたが、わらわないし、こわいといっていた!  ところで、ゆーりょーぶっけんとはなんだ?」
「……」

 エリオットがなんて答えたものかと押し黙る。
 私的には、ご令嬢の世界の絶対に負けられない女の戦いが気になるところ。

「そ、そうだな……優れている、とかだろうか」
「!」

 エドゥアルトの目がキラッと輝く。

「やはりそうか!  ジョエルはいいやつだからな!」
「エドゥアルト……」
「だが、わらわないからこわいといわれてしまう。だからボクはジョエルをばくしょうさせたい!」

 どうやらエドゥアルトなりに必死にジョエル・ギルモアのことを考えているようだった。
 こんなにも友達思いな一面を見せるなんて……!  と嬉しくなる。

「ためしに、ジョエルのからだをたくさん、こちょこちょしたがダメだった」
「なに?  コチョコチョ!?」

 エリオットが驚いて聞き返すとエドゥアルトはコクリと頷く。

「こちょこちょしたら、さすがにわらうかとおもったが、みけんのしわがふえただけだった!」
「そう……か」
「おとこごころというのはむずかしいな。あとはなにをしたらジョエルはわらうのだろうか……」

 うーんと真剣に悩むエドゥアルト。

(エドゥアルト……)

 女心より男心で悩むなんて……
 将来、この子にお嫁さんはちゃんと来るのかしら?
 ジョエル・ギルモアを優先しすぎて振られたりしないかしら?
 色々と心配になる。

 そんなエドゥアルト。
 やはりジョエル、ジョエル……と常に自分のことよりも彼のことを心配しながら成長していった────……
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