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36. 可愛い子どもたち ②
しおりを挟む慌てて追いかけた私たちは、ちょうどエドゥアルトが我が物顔でギルモア侯爵家へと入っていく姿から見ることが出来た。
ちなみに、エドゥアルトがおかしなカツラを被って訪問することは伝えていないけれど、私とエリオットが変装してギルモア家を訪ねることは事前通告済み。
『オーホッホッホ! 息子の尾行? よく分からないけど面白そうなことするじゃない。好きな格好で来て好きになさい!』
ガーネットお姉さま……ギルモア侯爵家からはそんな寛大な返事を貰っている。
「────やあやあやあ! 邪魔するぞ!」
満面の笑みのエドゥアルト(カツラ付き)は、慣れた様子でギルモア家の使用人に笑顔を振りまく。
「……ウェンディ。見たか?」
「ええ、エリオット」
私たちは頷き合う。
互いの顔は驚きでいっばいだった。
「恐ろしいな……ギルモア家」
「ええ。いったい、どういうことなの?」
それもそのはず。
ギルモア家の使用人は“あの”おかしなカツラを被ったエドゥアルトを一切動じることなく受け入れていた。
「普通、あんな妙ちくりんなカツラを被った子どもが来たら何事かと思うだろうに」
「なんていうのかしら、あの眼差し……微笑ましいものを見ている感じよね?」
「事前連絡済みとはいえ、俺とウェンディの姿を見ても動じていないし……きっと、どんなことにも動じないようギルモア家は教育が行き届いているんだろう」
感心した様子のエリオットがメガネをクイッとあげる。
「そうね、我が家も見習わなくちゃ」
なんて、ギルモア家の態度に感心していた私たち。
実は、これは教育云々の話ではなく────
単純にガーネットお姉さまの夫であるジョルジュ・ギルモア、そして息子のジョエル共々、色々と癖が強いことから、ギルモア家の使用人たちは『奇行』にすっかり慣れ親しんでいるだけ……という事実は後々知ることとなる。
「使用人がこんなにも慣れた様子じゃ、エドゥアルトの目的の“三秒間固まるジョエル”は見られないかもしれないわね」
「ああ」
私たちがコソコソそんな話をしている間も肝心のエドゥアルトは、はっはっは! と笑いながらすれ違う使用人に手を振っている。
そうして目的の部屋に着いたのかピタッと足を止めた。
(すごいわ……エドゥアルト、ここまで誰の案内も受けずに歩いていた)
そして、コンコンとノックをすると中からの返事を待たずに、一切遠慮することなくバーンと扉を開けた。
ついにやってきた、ジョエル・ギルモアとの対面────……
「やあやあやあ! ジョエル。今日はいい天気だ。こんな所で本を読んでるなんて勿体ないぞ!」
コソッと覗いたところ、ジョエル・ギルモアは部屋の中で本を読んでいた。
私とエリオットは、そのかなり読み込まれた様子の本のタイトルにギョッとする。
『人と楽しく会話をするための話術 百選 ~今日から君も話上手~』
(ちょっ……十歳の子どもが何を読んでるのよ!?)
本のボロボロ具合からも、これは相当読み込まれているのがうかがえた。
そんなジョエル・ギルモアは本から顔を上げるとエドゥアルトを見る。
(突然、部屋に入られたのに一切動じてない……!)
そしてエドゥアルト(カツラ付き)とパチッと目が合った。
「……」
(む、無反応……!)
ジョエル・ギルモアは浮かれたカツラを被ったエドゥアルトをじっと見つめると、キュッと眉をひそめた。
「……」
「はっはっは! さすがのジョエルも今日の僕の格好に少しは驚いてくれたようだな!」
(え!?)
私とエリオットはどこが!? と顔を見合わせる。
「知っているか? ジョエル。今、こうしてカツラを被ることが人気らしいぞ!」
「……」
キュッ……更にジョエル・ギルモアの眉がひそめられる。
しかし、その際も彼は無言。
それなのに、エドゥアルトが慌てだした。
「なに? 大人も子どももそんなに薄毛に悩んでいるのかだと!? 違うぞ! 君も知っての通り、僕はフッサフサだ!」
「……」
「なに? 将来は分からんだと!? はっはっは! 大丈夫だ。僕の父上は今もフッサフサだ!」
(いったいなんの話をおっ始めたのよ……)
エリオットが自分の髪を触りながらチラッと私を見た。
「ウェンディ……俺は、俺の髪は大丈夫、だよな? 昔より薄くなったりしていないよな!?」
「エリオット……」
本気で心配しているエリオットには申し訳ないけど、そんな右往左往している姿がちょっと可愛くて胸がときめいた。
「ほっほっほ! 心配しなくても大丈夫、よ。あなたはずっと……その、かっこいいまま、よ?」
「───! ウェンディ!」
私が照れながらそう言うと、嬉しそうに笑ったエリオットがギュッと抱きついてきたので、私はヨシヨシと頭を撫でた。
そのまま子どもたちの会話に聞き耳を立てる。
「だが、やはり今日はこのカツラを被ってきて正解だったな!」
「……」
ここでエドゥアルトが満足したように微笑む。
私たちが何故だろう? と思っているとエドゥアルトはニンマリ笑った。
「僕の顔を見た時のジョエルの目がいつもよりほんの少しだけ大きく開いていたぞ!」
「……」
「驚いたジョエルの顔なんて珍しいからな! まあ、僕としては爆笑して欲しかったが仕方がない。今後の楽しみに取っておくとしよう!」
「……」
「ん? なに? とても僕に似合ってる? そうか!」
どうやら褒められたらしいエドゥアルトが嬉しそうに笑う。
「はっはっは! この世に僕に似合わないファッションなど存在しないからな! 困ったことに僕はどんなものを着用しても、この隠しきれない魅力がドバドバ溢れてしまうんだ……!」
「……」
「なに? ジョエルもカツラに興味があるのか? それなら今度ガーネット様に相談するといい」
「……」
「え? 母上は反対するかも? いや、ガーネット様は面白いことは大好きだから大丈夫だろう! 君の父親なんて表情変えずに内心はウキウキして愉快なカツラを好んで被るんじゃないか?」
「……」
傍から見るとエドゥアルトはとにかく一人で喋っている。
なぜ、こうも会話? が続くのか不思議でならない。
(よくよく考えたら─────私、ここまで一度もジョエル・ギルモアの声を聞いてないんだけど?)
エドゥアルトはベビーの頃からお喋りだった。
成長してからもよく喋るなぁとは思っていた。
でも、それは会話する相手がいてこそだと思っていた。
「ウェンディ、俺たちの息子は本当にジョエル・ギルモアのことが好きなんだな」
エリオットはエドゥアルトたちを見つめながら頬を緩めてそう呟いた。
「エリオット?」
私が聞き返すとエリオットは静かに笑った。
「いや、エドゥアルトは素直にスクスク育ったせいか、昔はちょっと怒りっぽくて我儘で傲慢なところもあったただろう?」
「……」
「だが、あの子に出会って踏まれて目覚めて新しい世界を知ってからは随分変わったな、と」
「そうね……朗らかになったというか」
なんでも、はっはっは! で笑って済ませることが多くなったような……
「ジョエル・ギルモア……彼もエドゥアルトの話を聞いてると良い子なんだろうに、誤解されがちで友達がいないようだし」
「ほっほっほ! 会話術の本を読んでたものね……」
「二人がこの先も仲良く切磋琢磨して成長していってくれるといいな」
エリオットの言葉に私も素直に頷いた。
「まだまだ先の話だけど、二人が年頃になって結婚もして孫が生まれたら、更に賑やかになるかもしれないわね」
気のせいか、あうあ~、あっぷぁぁ~と可愛いベビーの幻聴が聞こえた気がした。
「はっはっは! それは楽しみだな」
「ええ! とっても楽しみ…………ひゃっ!?」
しかし、そんな遠い先の未来に思いを馳せていた私は足元が疎かになってしまい、足を滑らせてしまう。
「きゃっ!?」
「ウェンディ!」
体勢を崩して転びかける。
エリオットが慌てて腕を掴んでくれたので事なきを得た。
しかし……
────シャランッ
懐に忍ばせていたいつもの鈴が転がってしまった。
(あ!)
エリオット同様、この鈴の音が鳴ったら何時でもどこでもどんな時でも私の元に駆けつけるよう調教済みのエドゥアルト。
案の定、鈴の音を聞いてハッと顔を上げた。
「────はっ! 母上が近くにいるだとっ!? 行かねば……いや待て。きっと母上だけじゃないな。間違いなく父上も付き従っているはずだ!」
「?」
エドゥアルトはキョトンとするジョエル・ギルモアの前で、ブツブツそう言いながら辺りをキョロキョロし始めた。
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