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41. カスは捨てるもの
しおりを挟むそれからも、エドゥアルトは、はっはっは! 行ってくる! と楽しそうにギルモア家に突撃訪問しては、たまにジョシュア・ギルモアを連れて帰って来るようになった。
「あうあ~!」
ニパッ!
そして今日もエドゥアルトの腕に抱かれてやって来たニコニコ顔のジョシュア・ギルモア。
ニパッ、ニパッ! とにかく笑顔を振り撒いている。
そして私の息子、エドゥアルトは今日もこの0才ベビーと意思疎通をはかり通訳までする。
「母上! ジョシュアは“不束者ですが今日もよろしくお願いします”と言ってるぞ!」
「あうあ!」
「ふつ……ほっほっほ! この子はエドゥアルトの嫁にでもなる気なのかしらね!?」
私は軽く笑い飛ばした。
「あうあ!」
ニパッ!
もちろん冗談なのに何故か目の前のベビーからは満面の笑みが返ってくる。
なぜ笑顔なの。
「……その反応。本気なのか冗談なのか分からないのが怖いわ」
私が小さく呟いて頭を抱えると、ジョシュア・ギルモアはまたニパッと笑った。
「あうあ!」
「ん? ボクはお嫁さんになるよりも、可愛いお嫁さんが欲しいです? はっはっは! 相変わらず、ジョシュアはベビーなのに気が早いな」
「あうあ~」
「別に早くない? そうか……これはもしかすると僕より先にジョシュアの方がいいお相手が見つかるかもしれないぞ! はっはっは!」
「あうあ!」
はっはっは!
あうあ!
なんて和やかに笑い合ってる二人だけど話してる内容は全くもって洒落にならない。
(あの子より後!? エドゥアルトはあと何十年独り身でいる気なの!?)
「────ウェンディ!」
私がフラッと倒れ込みそうになると、すかさずエリオットが手を伸ばして助けてくれた。
「大丈夫か?」
「……ええ」
「エドゥアルトの発言は例え話に過ぎない。いつものことだ。気にするな」
私を支えながらエリオットが優しく背中をさする。
「…………ええ。分かってはいるのよ。でもね、何故エドゥアルトは……」
「エドゥアルトは?」
「素でトラブルを引き起こしそうな発言や行動ばかりしてるのに、何もトラブルが起こらず無風なのかしらって」
「無風……」
エリオットが黙り込む。
「何かトラブルが起これば……運命の出会いもあるかもしれないでしょう?」
私たちの愛息子、エドゥアルトはちょっと変わった子だという自覚はある。
そんなエドゥアルトの親友、ジョエルもやはりちょっと変わった子。
「この数年───ギルモア家には騒動が起きて、やべぇ子だったジョエル・ギルモアは運命の人と出会って結婚して、これまたちょっと……いえ、かなり変わったベビー……ジョシュアが誕生したというのに」
「……あの子は“かなり変わった子”扱いなんだな」
エリオットがチラッとジョシュア・ギルモアに視線を向ける。
ジョシュアはキャッキャと笑いながらエドゥアルトと談笑中。
「うちのエドゥアルトは、どんなに止めても止めても止めても! お気に入りのカツラや鼻メガネを装着してお見合いの席に行っては振られて帰ってくるだけ」
「……だけ? まあ、確かにこれまでトラブルにはなってないな……」
「なぜ! …………なぜ! 我が家には騒動が起きないの!?」
「……ウェンディ」
私の叫びにエリオットが今度は落ち着けと言わんばかりに背中をポンポン叩いてくれる。
「ガーネットお姉さま……ギルモア侯爵夫人は“また”カス男を一人成敗したと聞いたわ」
「ああ、結婚式当日に花嫁の姉と駆け落ちしたっていう男か?」
私はコクリと頷く。
ジョエル・ギルモアの夫人───つまり、あそこのニッパニパベビーの母親とジョエルはそれが縁で出会っている。
「世の中にはヨナスやお兄様、その駆け落ち男のようなカスがまだまだいると思うのよ」
「ウェンディ?」
「いっそのこと、エドゥアルトもそんなカス共を見つけ出してくれないかしら? それで、私もそいつらを潰して回ったら楽し……」
「────あうあ!」
楽しそうなのに、と言いかけたその時、ベビーの声が間近で聞こえてハッと顔を上げる。
すると、ジョシュアがニパッと笑って私の顔を覗き込んでいた。
可愛い顔のドアップに驚いてしまい思わず悲鳴をあげる。
「ひいっ!?」
「あうあ~」
ニパッ!
「母上? ジョシュアが“カス”と聞こえました! カスとはなんですか? 美味しいですか? と聞いてるが……いったい何の話をしていたんだ?」
「あうあ!」
(地獄耳過ぎでしょ……)
あと、カスは色んな意味で美味しくない。
「えっ! そう……ね、」
「あうあ!」
「……えっと、カスっていうのは」
「あうあ!」
「人間的に……」
「あうあ!」
(なんなの!? グイグイグイグイ来るんだけど!?)
こんなにちんまりしてるのに存在感がすごい!
「───カスな男なんてゴミクズのようなものですよ」
「あうあ」
背後から聞こえてきた声に振り返ると、なんと、そこにいたのはナンシー。
苦々しい表情でそう吐き捨てた。
ジョシュア・ギルモアはニパッと笑った。
「身分の低い女だと影でバカにしておきながら、可愛くて可憐で優しくてか弱くて守ってあげたくなるような理想の女だとか平気な顔で大嘘つくわ……」
「あうあ!」
(懐かしいわね……)
私の脳裏に婚約者だった男の顔がぼんやり浮かぶ。
「約束したはずのことも、結局その時が来るとのらりくらりとかわされ……」
「あうあ!」
「耳障りが良くて調子のいい上っ面な言葉だけをペラペラペラペラとよく喋り……」
「あうあ!」
(ナンシー、かなり根に持ってる……)
「そんな奴カスと呼んで、ゴミクズのように踏みつけたりポイッとしたりしちゃえばいいんですよ!」
「あうあ!」
ニパッ!
「ナンシー、ジョシュアが勉強になります! と目を輝かせてお礼を言ってるぞ」
「まあ! そうなのですか?」
「あうあ!」
「こんなに小さいのに……お返事も素晴らしいですね」
「あうあ!」
ニパッ!
褒められたジョシュア・ギルモアは嬉しそうにキャッキャと笑って手を叩いた。
「ジョシュアは────ボクはこれから先、たくさんの人とお会いして人を見る目を養うです! そしてカスを見つけたらポイッと捨てるです! と意気込んでいる」
「そうですか。それは頼もしい赤ちゃんですね……ぜひ、カスは捨ててください」
「あうあ!」
ニパッ!
(ナンシー……)
ナンシーはヨナスの幻影のせいで冷静さが欠けていて、エドゥアルトの通訳や会話のおかしさに気付いていない。
(ちょっと休ませた方がいいかしら……)
「あうあ! あうあ~」
「なに? そのためには体力作りが大事です? ここは広いのでボクは大冒険に出発するです…………大冒険だと? ジョシュア?」
(大冒険ってなに……?)
私もエドゥアルトも皆が首を傾げたその時だった。
「あうあ!」
ニパッ! と何度目かの満面の笑みを浮かべたジョシュア・ギルモアは手足をパタパタさせてエドゥアルトに自分を床に降ろしてくれとお願いした。
「ん? ジョシュア、床に降りたいのか?」
「あうあ!」
そして、エドゥアルトがそっと床に降ろして四つん這いになってハイハイの体勢になると────
「あうあ!!」
(───え?)
ペタペタペタペタペタ……
とっても元気な掛け声と共に私たちを置きざりにし、コックス公爵家の屋敷の奥に向かってハイハイで走り出す。
「あうあ~~~~……」
(えええええ!?)
ペタペタペタペタペタペタ……
私たちが呆気にとられている間にジョシュア・ギルモアはかなりの猛スピードのハイハイで駆け抜けていったので、あっという間に姿が見えなくなった。
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