【完結】婚約発表前日、貧乏国王女の私はお飾りの妃を求められていたと知りまして

Rohdea

文字の大きさ
44 / 67

44. 恋煩い

しおりを挟む


(───どうしましょう)


「あうあ!  あうあ、あうあ~」
「……」

 ニパッ!

「あうあ、あうあ、あうあ!」
「……」

 ペチペチペチ!

「あうあ~~」
「……」

 カジカジカジ!

 あまりの光景に耐えられなくなった私は思わず傍らのエリオットを呼ぶ。

「……エリオット」
「ああ」
「エドゥアルトの様子がおかしいわ。いえ、エドゥアルトはいつもおかしいのだけど、今日はさらに輪をかけておかしいのよ」
「……分かっている」

 エリオットも深刻な顔で頷いた。

「声をかけてもぼんやり。ベビーによじ登られて頬を叩かれてもぼんやり。腕をかじられてもぼんやり……」
「これは、しゃぶり尽くされてもぼんやりしてそうだな」
「恐ろしいこと言わないで!」

 私が思わずヒィッと悲鳴をあげたら、ベビーことジョシュア・ギルモアが振り返ってこっちを見ながらニパッと笑った。

「あうあ!」
「見た?  ……あのベビー。ボク、必ずやお兄さんを叩き起こしてみせます!  と言わんばかりの使命感に燃えてる表情をしているんだけど」
「そういえば───ギルモア家の面々は寝起きが悪いと聞いたことがある。だから、あの子は人を叩き起こすのが得意なんじゃないか?」

 ハッとしたエリオットが口元に手を当てながらそう言った。

「あうあ、あうあ、あうあ~~~」

 ベチンベチンベチンベチンベチン
 満面の笑みで思いっきり手を振り上げてはエドゥアルトの頬を強く叩き続けるジョシュア・ギルモア。

「……すごいわね。あの手さばき。一切の迷いもなければ遠慮もない」
「あうあ、が何を言ってるのかは不明だが、早く遊ぼうとかそんなところだろうか……」


 今日も慣れた様子でギルモア家へ突然訪問した息子、エドゥアルト。
 そして、今日も慣れた様子でベビー、ジョシュア・ギルモアを連れ帰って来たエドゥアルト。
 しかし、肝心のエドゥアルトと来たらずっとぼんやりしている。


「うーん。なんであれ、このままじゃエドゥアルトの顔はパンパンに腫れそうだな」
「そうね。とりあえず、冷やすものでも用意させておく?  ナン……」

 ナンシーを呼んでエドゥアルトの為に冷えたタオルを用意させようと考えた。

「───奥様、ご安心ください。こちら、すでに冷えっ冷えのタオルを用意してあります!」

 すると、ナンシーがタオルを手にスッと現れた。

「あら、用意がいいわね?」
「はい。ギルモア家のお坊ちゃまの動きが日に日に過激になって来たので、こんなこともあろうかと用意しておりました」
「ナンシー……」

 そこまで先読みするなんて……!
 私は感激する。

「ギルモア家のお坊ちゃまはカス男を成敗するために張り切ってる様子だ!  とエドゥアルト坊っちゃまが口にされていたので、ぜひあの調子でボッコボコにして欲しいですね」

 ナンシーがジョシュア・ギルモアの方を見ながら言った。

「あの調子……」

(でもその実験台、私の息子よ?)

「それより、エドゥアルトはどうしちゃったのかしら」
「───あれは、恋煩いではないでしょうか」

 ナンシーは淡々とした様子でそう言った。
 私とエリオットが顔を見合わせる。

「「恋煩い!?」」

 そして同時に叫ぶ。

「はい、実は私……この間、目撃してしまったのです」
「な、何を!?」

 私が問い詰めるとナンシーは遠い目をする。

「……エドゥアルト坊っちゃまが庭でお花の前に佇んでおりまして」
「エドゥアルトが?」
「何やら十年に一度見られるかどうかの真剣な表情だったため、影からそっと見守ることにしました」
「…………十年に一度、ね」

 まあ、エドゥアルトの場合はそれくらいかと私は納得する。

「そうしてしばらく様子をうかがっておりましたら、エドゥアルト坊っちゃまがゆっくり花に手を伸ばしました」
「え?  花に……?」
「はい。そうして……」

 ゴクリ。
 私とエリオットは唾を飲み込む。

「突然そのまま、花びらを一枚一枚ちぎり始めたのです!!」
「!!」
「坊っちゃまご乱心!?  そう思った私は坊っちゃまの元に飛び出そうとしたところで気付きました」
「何に?」

 ナンシーはまた遠い目をした。

「坊っちゃまは花びらをちぎりながら、レティーシャ嬢は僕を好き、興味なし、好き、興味なし……と呪文のように呟いておりました」
「!?」

(エドゥアルト、何してるのーー!?)

 レティーシャというのは、エドゥアルトが婚約者候補のフリをすることになった令嬢の名前。
 私が思わずエドゥアルトの方を見ると、ニパッ!  と笑っているジョシュア・ギルモアにビッタンビッタンとさらに強く叩かれているところだった。

「我慢出来ず、慌てて坊っちゃまを止めようとしたところ、これは花占いというものだと教えられました」
「花占い?」
「はい、花びらが最後の一枚になった時に唱えていた呪文が占い結果になるのだとか」
「エドゥアルト……」

 すっかり恋する乙女みたいなことしてる……

「そして結果は……残念ながら、その“興味なし”となりまして」
「!」

 私はそんな……!  と、息を呑む。

「坊っちゃまはその結果を信じたくなかったのでしょう。くっ……と苦しそうに唸ったあと、さらにもう一度お花を手に取りました。そして再び……」
「!」

 ああ、確かにこれは“恋煩い”だわ……と思う。
 私がお嫁さん候補と睨んだ、レティーシャ・ウッドワード伯爵令嬢にエドゥアルトはかなり惹かれている様子。

「……しかし、それがでしたので───当然、何度やっても結果は変わらず……」
「は?  同じ……花」
「坊っちゃまは、“やはりそうか……”と、大変悔しそうに地面に膝をついておられました」

(ええええ……)

 エドゥアルト何やってるの?
 やはりそうか……じゃないわよ。考えれば分かることでしょう?
 うちの子、アホなの?
 それとも、恋心が人をアホにするの?

 思わずまたエドゥアルトの方を見ると、あうあ~と笑っているベビーにちょうど髪の毛をぐしゃぐしゃにされていた。

「そもそも、そのようなまるで乙女……コホッ、占いをどこでお知りになったのかうかがいましたところ……」

 その先は聞かなくても分かる。

「……ほっほっほっ!  どうせ、ジョエル・ギルモアだとか言うんでしょ?」
「はい。ジョエル・ギルモア様が貸してくれた本に載っていたとのこと」
「ほっほっほっ!  いったいあの子の持っている指南書とやらの著者は何者なのよ!」

 私の知る限り全体的に斜め上のアドバイスばかりしている気がするわ。

「それで、エドゥアルトは不抜けちゃったわけ?」
「かの令嬢はギルモア家に通ってるそうですから、エドゥアルト坊っちゃまよりもギルモア家のお坊ちゃまの方と仲を深めている様子でも目の当たりにしてしまったのでは?」
「ほっほっほっ……恋敵は0才児って?」
「はい」

 赤ん坊だからと見下さないのはエドゥアルトのいい所だとは思うけど、色々心配になる。

「とりあえず、これ以上あのベビーに好き放題遊ばれてる場合じゃないわね……」

 そのうち身ぐるみ剥がされそう。
 私はエドゥアルトの目を覚まさせるための手段として鈴を取り出す。

(調教しておいて良かったわ~)

 シャラン……

「────はっ!  母上!?」
「あうあ!」

 エドゥアルトがハッと我に返る。
 そして自分の目の前にいるベビー、ジョシュア・ギルモアに気付いた。

「母上……?  え?  随分とちんまりされたか?  まるでジョシュアにそっく……」
「あうあ~~」
「りぃ!?」

 ボゴッ
 目を覚ませと言わんばかりのベビーのパンチがエドゥアルトの頬に綺麗に決まった。




「───なるほど。僕はずっとぼんやりしていたのか」
「あうあ」
「ん?  ボクが遊ぼう言ってるのに、ぜんぜん遊んでくれないから一人で遊ぶことにしたです?  はっはっは!  そうだったか!  すまないな、ジョシュア」

 エドゥアルトがナンシーが用意した冷えっ冷えタオルで頬を冷やしながら笑う。

「あうあ!」
「なに?  ついでにお兄さんの髪もかっこよくしておいたです?  これでモテモテです?」
「あうあ!」

 ニパッと笑いかけるジョシュア・ギルモア。
 エドゥアルトは急いで鏡を持ってくるよう命じた。
 そして、鏡に映った自分の姿を見る。

「はっはっは!  …………これは誰だ?」
「あうあ!」
「はっはっは!  そうか───この顔がパンパンに腫れてくしゃっとした無造作ヘアのこれが僕…………僕ぅぅ!?」
「あうあ!  あうあ」

 ニパッ!

「なっ!?  これでお姉さんに会いにいくです?  …………行けるかぁ!!」
「あうあ!」

 ニパッ!
 ジョシュア・ギルモアは嬉しそうにキャッキャと笑いながら手を叩く。

「ジョシュア!」
「あうあ~」
「こら!」

 ペタペタペタペタ……
 エドゥアルトが立ち上がった瞬間、エドゥアルトの膝からするっと華麗に降りたジョシュア・ギルモアはそのまま高速ハイハイで逃げ出した。

「待て待て待てぇーーい」
「あうあ~~~」

 こうしてエドゥアルトとジョシュア・ギルモアの追いかけっこが開始。

(ここから一時間位は帰ってこないわね……)

 部屋に残された私はエリオットに声をかけた。

「…………エリオット」
「ああ、あの子はエドゥアルトの恋を応援したいのか邪魔したいのか分からないな」
「私は応援……だと思いたいけど。0才児の恋敵はちょっと……」

 エリオットが苦笑する。

「───まあ、エドゥアルトの恋……俺たちは静かに見守るとしよう」
「そうね」


 ────はっはっは!  ジョシュア!
 ────あうあ~!

 追いかけるエドゥアルトと逃げるジョシュア・ギルモアの楽しそうな声は、それからもずっと邸内に響いていた。

しおりを挟む
感想 177

あなたにおすすめの小説

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

愚か者が自滅するのを、近くで見ていただけですから

越智屋ノマ
恋愛
宮中舞踏会の最中、侯爵令嬢ルクレツィアは王太子グレゴリオから一方的に婚約破棄を宣告される。新たな婚約者は、平民出身で才女と名高い女官ピア・スミス。 新たな時代の象徴を気取る王太子夫妻の華やかな振る舞いは、やがて国中の不満を集め、王家は静かに綻び始めていく。 一方、表舞台から退いたはずのルクレツィアは、親友である王女アリアンヌと再会する。――崩れゆく王家を前に、それぞれの役割を選び取った『親友』たちの結末は?

私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?

睡蓮
恋愛
セレスとクレイは婚約関係にあった。しかし、セレスよりも他の女性に目移りしてしまったクレイは、ためらうこともなくセレスの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたクレイであったものの、後に全く同じ言葉をセレスから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。 ※全6話完結です。

婚約破棄された地味伯爵令嬢は、隠れ錬金術師でした~追放された辺境でスローライフを始めたら、隣国の冷徹魔導公爵に溺愛されて最強です~

ふわふわ
恋愛
地味で目立たない伯爵令嬢・エルカミーノは、王太子カイロンとの政略婚約を強いられていた。 しかし、転生聖女ソルスティスに心を奪われたカイロンは、公開の舞踏会で婚約破棄を宣言。「地味でお前は不要!」と嘲笑う。 周囲から「悪役令嬢」の烙印を押され、辺境追放を言い渡されたエルカミーノ。 だが内心では「やったー! これで自由!」と大喜び。 実は彼女は前世の記憶を持つ天才錬金術師で、希少素材ゼロで最強ポーションを作れるチート級の才能を隠していたのだ。 追放先の辺境で、忠実なメイド・セシルと共に薬草園を開き、のんびりスローライフを始めるエルカミーノ。 作ったポーションが村人を救い、次第に評判が広がっていく。 そんな中、隣国から視察に来た冷徹で美麗な魔導公爵・ラクティスが、エルカミーノの才能に一目惚れ(?)。 「君の錬金術は国宝級だ。僕の国へ来ないか?」とスカウトし、腹黒ながらエルカミーノにだけ甘々溺愛モード全開に! 一方、王都ではソルスティスの聖魔法が効かず魔瘴病が流行。 エルカミーノのポーションなしでは国が危機に陥り、カイロンとソルスティスは後悔の渦へ……。 公開土下座、聖女の暴走と転生者バレ、国際的な陰謀…… さまざまな試練をラクティスの守護と溺愛で乗り越え、エルカミーノは大陸の救済者となり、幸せな結婚へ! **婚約破棄ざまぁ×隠れチート錬金術×辺境スローライフ×冷徹公爵の甘々溺愛** 胸キュン&スカッと満載の異世界ファンタジー、全32話完結!

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

赤毛の伯爵令嬢

もも野はち助
恋愛
【あらすじ】 幼少期、妹と同じ美しいプラチナブロンドだった伯爵令嬢のクレア。 しかし10歳頃から急に癖のある赤毛になってしまう。逆に美しいプラチナブロンドのまま自由奔放に育った妹ティアラは、その美貌で周囲を魅了していた。いつしかクレアの婚約者でもあるイアルでさえ、妹に好意を抱いている事を知ったクレアは、彼の為に婚約解消を考える様になる。そんな時、妹のもとに曰く付きの公爵から婚約を仄めかすような面会希望の話がやってくる。噂を鵜呑みにし嫌がる妹と、妹を公爵に面会させたくない両親から頼まれ、クレアが代理で公爵と面会する事になってしまったのだが……。 ※1:本編17話+番外編4話。 ※2:ざまぁは無し。ただし妹がイラッとさせる無自覚系KYキャラ。 ※3:全体的にヒロインへのヘイト管理が皆無の作品なので、読まれる際は自己責任でお願い致します。

婚約破棄されたので辺境でスローライフします……のはずが、氷の公爵様の溺愛が止まりません!』

鍛高譚
恋愛
王都の華と称されながら、婚約者である第二王子から一方的に婚約破棄された公爵令嬢エリシア。 理由は――「君は完璧すぎて可愛げがない」。 失意……かと思いきや。 「……これで、やっと毎日お昼まで寝られますわ!」 即日荷造りし、誰も寄りつかない“氷霧の辺境”へ隠居を決める。 ところが、その地を治める“氷の公爵”アークライトは、王都では冷酷無比と恐れられる人物だった。 ---

【完結】婚約破棄はいいのですが、平凡(?)な私を巻き込まないでください!

白キツネ
恋愛
実力主義であるクリスティア王国で、学園の卒業パーティーに中、突然第一王子である、アレン・クリスティアから婚約破棄を言い渡される。 婚約者ではないのに、です。 それに、いじめた記憶も一切ありません。 私にはちゃんと婚約者がいるんです。巻き込まないでください。 第一王子に何故か振られた女が、本来の婚約者と幸せになるお話。 カクヨムにも掲載しております。

処理中です...