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第八話
しおりを挟むランドゥーニの王宮に入ってからは慌ただしい日が続いた。
到着した日には国王陛下に挨拶をしたけれど、エミリオ様とは雰囲気が違っていて少し怖いという印象を受けた。
けれど、私を見る目には敵意は感じなかったので受け入れて貰えてはいるのだと思う。
他の人達は───あれが噂の……なんて目で見られることはあるけれど、それは想定内。
温かく迎えて貰えたのはエミリオ様のおかげなんだと思った。
「改めまして、ありがとうございます」
「?」
ランドゥーニ王国に来て一週間ほど経った日の朝、朝食の席で私はエミリオ様にお礼を告げた。
するとエミリオ様は不思議そうに首を傾げた。
「シャロン。なんのお礼だい?」
「エミリオ様のおかげでここの皆様は私にとても優しくして下さっていますので。そのお礼です」
「本当に? それならいいのだけど」
エミリオ様は安心した様子をみせた。
(あとは私が努力するだけよ……そして皆にエミリオ様のお妃に相応しいと認めてもらわなくちゃ!)
ランドゥーニの花嫁修業では、やはり国の違いというものを感じさせられることが多い。
同じ大陸の国で隣同士でもこんなに違うものなのかと思わされる事ばかり。
「でもシャロン、無理はしていないか?」
「はい」
「……それならいいけど。でも、何かあったらすぐに言ってくれ」
「ふふ、ありがとうございます」
「……っ!」
私が笑顔で答えるとエミリオ様はまた、顔を背けて食事の続きに入ってしまった。
ランドゥーニに来てからエミリオ様は私と顔を合わせる度にこんな様子を見せてばかりな気がする。
(……もしかして、私の笑顔ってどこか変?)
なんて考えすぎよね、と自分の胸に言い聞かせた。
「……シャロン」
「はい」
「食事の後、少し時間はあるだろうか?」
「はい?」
しばらく無言で互いに食事を摂っていたら、エミリオ様がそう訊ねてくる。
「シャロンに見せたいものが……ある」
「見せたいもの……ですか?」
私が聞き返すとエミリオ様は静かに頷いた。
そうして朝食の後、エミリオ様は私を王宮の庭園に連れ出した。
「ここ……なんだけど」
「まあ……綺麗!」
色とりどりの花が咲き誇っている!
その綺麗さに私は息を呑み、感嘆の声を上げた。
「さすが、ランドゥーニの王宮の庭ですね! とっても素敵です!」
「……っっ、シャ、シャロンの庭、だ」
「私の?」
「前に君が……花……が好きだ、と言っていただろう? その時に用意させると約束した……庭だ」
「えっ!? ここがですか!?」
私は庭全体を見回す。ものすごく広い上に花の数もかなり多い。
こんな色とりどりの花……あの話をしてからすぐに全力で取り掛かったとしか思えない……
(お母様! レヴィアタンの庭に負けないくらい素敵な庭を用意して貰えたわ!)
今すぐそんな手紙を書きたくなった。
「エミリオ様! 私、お母様と約束したのです」
「約束?」
「“私の庭園”を見せるという約束です! こんな素敵な庭、お母様が見たらきっと驚いてくれます!」
「そ、そうか」
エミリオ様が嬉しそうに笑った。
これなら、お母様が結婚式に来てくれた時に見せればきっと喜んでもらえる。そう思うと私も自然と笑顔が溢れた。
───そんな“シャロンの庭”で、楽しそうに笑い合う二人を王宮の使用人達はどこか安心した様子でこっそり眺めていた。
それもそのはず。
王太子のエミリオは、敵国だった王女との婚約が正式に決まった後、突然庭に婚約者の為の庭を作ると宣言した。
その時のエミリオの並々ならぬ様子に周囲は“婚約者王女が我儘を言ったのでは?”と、最初は疑念を抱いたものの……
『シャロンは明るい色の花を好むらしい!』
『シャロンには可愛い花が似合うと思う!』
『シャロンはこの庭を見たら笑ってくれるだろうか?』
口を開けば、二言目にはシャロン、シャロン、シャロン……
しかも、シャロンと口にする時は頬まで赤く染めている。
王宮の使用人達はようやく気付いた。これは婚約者王女の我儘なんかではない!
これは “エミリオ殿下、ただの色ボケだ!”
───と。
それから三年。
皆で丹精込めて作り上げたその庭で二人が笑い合っている。王女様はとても喜んでいる。
輿入れして来たかつて敵国だった国の王女は、王子がしつこいくらい言って回っていたように確かに可愛らしく、そしてよく笑う王女だった。
「見ろよ、エミリオ殿下の鼻の下が伸び切っている」
「あんな顔をする王子だったんだな……」
「殿下の片想いなんじゃと心配していたが」
「いやいや、あれは両想いだろ」
シャロンがやって来てからのエミリオの表情の変化の様子には皆、驚いていた。
エミリオ殿下はあんなに柔らかく笑う人だったのか……と。
「お、見ろよ! 殿下が一輪花を取って王女の髪に挿したぞ!」
「さすが王子。やる事がキザだなぁ……」
「おお! 王女が照れている! 真っ赤だ! 可愛い!」
出歯亀使用人たちは、そんな二人の初々しい様子にホッコリしていると……
「あ! うっ……こ、これ以上は覗いたらダメだ!」
「え? 何でだよ──」
「察しろ! 我らの王子は……思っていたより手が早いらしい!」
「手がーー?」
無理やり回れ右をさせられたその者が見たのは……
真っ赤な顔で照れながら笑顔でお礼を言った様子の王女にそっと顔を近付けるエミリオ殿下の姿───……
───チュッ
それ……はほんの一瞬だった。
エミリオ様の顔が近付いてきたと思ったら、何か柔らかい物が自分の唇に触れた。
「……エミ、リオ……さま?」
「……」
(い、今のって……え?)
私はそっと自分の唇に触れる。これはキス……私は今、キスをされたの?
「……」
エミリオ様は何も言わない。頬をほんのり赤く染めてただ、じっと私を見つめている。
こここんな突然……!?
「……シャロン、もう一回……してもいいだろうか?」
「え……!」
「…………嫌だと言われても、我慢出来そうにないけど」
(───ん? いま、何て……?)
何やら小さく呟いたエミリオ様の顔がまた、どんどん近付いてくる。
その顔にうっとり見惚れながら私はそっと目を閉じた。
(あ……)
程なくして触れてきたその唇はとても甘くて優しくて……ただ“幸せ”を感じた。
だからかもしれない。すごく伝えたい気持ちが溢れてきた。
「エミリオ様……大好きです」
「シャロン……?」
気持ちが溢れた私はそう口にしていた。
「愛のない政略結婚だとばかり思っていましたけど、私───」
「いや、シャロ……あ、愛は! あ、」
「え?」
「な、なんでもない…… 」
エミリオ様はまたしても、そう言って顔を逸らしてしまう。
何だか悔しくなってしまい、私はちょっと強引にエミリオ様の両頬に手を添えて自分の方へと向けさせる。
私と目が合ったエミリオ様は驚いたのか、瞳が大きく揺れていた。
「逃げずに聞いて下さい! 私はエミリオ様のことが大好きです、それだけは知っていて下さいね?」
「シャロン……」
「私、絶対あなたに相応しい妃になってみせますから!」
エミリオ様は真っ赤な顔になると無言でひたすら頷いていた。
───それからというもの。
私たちの朝の挨拶や、おやすみなさいの挨拶時にキスをする事が増えた。
(エミリオ様ってキスをするのがお好きなのかしら?)
軽くチュッとする度に私の胸はドキドキしすぎて破裂しそうになる。
なのにエミリオ様ときたらあまり顔色を変える様子もなく……
(きっとこんなに好きなのは私だけなのね……)
そう思うけれど、それでも構わない。
大事にしてくれようとしているのは伝わってくるもの。
それに、側にいられるだけで私は幸せだから───
それから数日後。
私はエミリオ様に誘われてお忍びで町デートをする事になった。
そして、その日……私は一生忘れられない夜を過ごすことになる。
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