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第九話
しおりを挟む───シャロンは花嫁修業をすごく頑張ってくれているから。
少し息抜きしないか?
エミリオ様は町へのお忍びデートに誘う時、私にそう言った。
お忍び? 王子様がなんて事をしようとしているんですか……!
そう言いたくなったけれど、一緒に出かけられることが嬉しかったので心の中に秘めておく事にした。
「エミリオ様は最近、お忙しそうですけど、お出かけして大丈夫なのですか?」
「うん、大丈夫だ」
エミリオ様と手を繋いで街を歩きながら私は訊ねる。
最近のエミリオ様は何か調べ物があるのか頻繁に動き回っている。
「でもさ、少しはシャロンとの時間を取らせてもらったっていいだろう?」
「……!」
「だってシャロンは僕の心の栄養剤なのだから」
「え、栄養剤って……」
「本当だ」
「……」
私は何とも言えない表情でエミリオ様を見上げる。
この王子様は、人をいったい何に例えているの!
私が内心でムスッとしていたら、それまで笑っていたエミリオ様の顔が真剣なものに変わった。
「……き、聞いてくれ、シャロン!」
「はい?」
「ぼ、僕は君が────」
真剣な表情のエミリオ様が何かを言いかけた時だった。
ポタッと冷たいものが空から降ってくる。
「……雨、でしょうか?」
「あ、うん。雨みたいだ」
さっきまではあんなに晴れていたのに……
突然、天気が急変したらしく雨が降ってきた。
ポツポツと降り出した雨はすぐに大粒の雨へと変わり、ザーザー降りになってしまう。
「シャロン、こっちだ!」
「エミリオ様!」
エミリオ様の手に引かれて、とりあえず、雨を凌ぐ為に屋根のある所へと避難する事に。
「うーん……結構強い雨だなぁ。すぐ止みそうな気配も無いし」
「この調子で帰れますかね?」
雨は、ますます酷くなっていて、まるで叩きつけるような雨。風も強い……
私達は顔を見合わせる。
しばらくうーんと考えていたらエミリオ様は近くの方向を指さしながら言った。
「……シャロン、あそこ。すぐ近くに僕がよく泊まる宿がある。今日はそこに泊まろうか?」
「え?」
お泊まり……という言葉に胸がドキッとした。
でも、すぐに打ち消す。
(いやだ、私ったら何を考えているの! 別々の部屋に決まっているじゃない!)
そう思ったのだけど……
「え! 一部屋しか空いてない?」
「すみません……この悪天候ですので」
「……」
「お二人は夫婦……? いや、若いから恋人同士かな? 一部屋だとダメかい?」
私達は無言で顔を見合わせる。
「シャロン……」
「……わ、私は大丈夫です……」
エミリオ様が驚いた顔をした。
だって、ここまで来るのにもう既にかなり濡れてしまっている。
これ以上動き回って風邪でも引いてしまう方が良くない。それに他の宿だって同じような状態かもしれないし……
「シャロン……がいいなら」
そうして私達は一晩同じ部屋に泊まることになった。
(ただ一緒に寝るだけ、寝るだけ、寝るだけ……)
宿の方に浴室の使い方を聞いて、何とか一人でお風呂に入ることが出来て、頭の中で自分に色々と言い聞かせながら部屋に戻るとエミリオ様も既に戻って来ていた。
「エミリオ様!」
「おかえりシャロン。大丈夫だった?」
「はい、なんとか……」
そう言いながら私はベッドに腰掛けていたエミリオ様の隣に座る。
エミリオ様がじっと私を見つめてくるので!胸がドキンッと大きく跳ねる。そんな中、エミリオ様の手が私にそっと伸ばされた。
「シャロン……髪がまだ少し濡れてるよ?」
「え! そ、そうですか?」
やはり慣れない事をするとどこかに綻びが出てしまうものなのね、と苦笑した。
そう思っているとエミリオ様が今度は私の髪を見つめている。
「エミリオ様?」
「シャロンの髪……綺麗だね」
そう言ったエミリオ様が、私の髪を少し持ち上げるとそこに優しくキスを落とす。
「シャロンによく似合っていて、とても、か……」
「エ、エミリオ様!!」
「うん?」
「な、なんて事を……は、恥ずかしい……です……」
私が恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆っているとエミリオ様がクスリと笑った気配がした。
「シャロン……本当に君って人は」
「?」
エミリオ様はそんな言葉を口にすると、そのまま私を抱きしめた。
(こ、こんな所で、そんな事をされると……)
そう思うもエミリオ様の力は強くて離してくれそうにない。
私自身もその温もりが愛しくて胸が溢れそうになる。
「シャロン……」
(あ……)
どこか甘い声で私の名を呼んだエミリオ様の顔が近付いて来る。
私はそっと瞳を閉じた。
───挨拶以外でキスをするのは、初めての時以来かもしれない……
エミリオ様のキスはなかなか止まらなかった。
チュッチュッと唇以外にもたくさんのキスを落としていくエミリオ様。
おかげで私の頭の中もどんどん蕩けていってしまう。
「エミリ……オさま……」
「うん……?」
「大好き……です。エミリオ様の事が大好き……」
私はキスの合間に溢れる想いを伝えた。
「~~~っ! シャロン!」
強く名前を呼ばれた? そう思った時には私の視界が反転していた。
あら? と思ったと同時に自分がベッドに押し倒されているのだと気付いた。
(え? あら?)
私に覆い被さるエミリオ様の瞳は明らかに熱を持っている……
(あら? これって……)
私の頭の中に輿入れ前に詰め込んだ“閨教育”という言葉が浮かぶ。
これって、もしかしてもしかする……? え、でも……! 私たちまだ……
エミリオ様は───……
エミリオ様と私の目が合う。
どちらからともなく、顔を近付けてキスをする私たち……
「シャロン……」
「……エミリオ様」
エミリオ様の手がそっと私の夜着に触れた時、ダメだとか、まだ早いとかそんな感情はどこかに行ってしまっていて、思ったことはたった一つ。
“もっと触れて”
私はその言葉を口に出したのかは、もう頭の中が蕩けていて記憶が無い。
でも、口にしていなかったとしてもその気持ちはエミリオ様に伝わったのだと思う。
エミリオ様は、そのまま私の夜着を脱がすと、たくさんのキスを贈りながら私に触れた。
たくさんたくさん触れた。
私はただただ、目の前のエミリオ様が愛しくて、与えられる温もりが心地よくて……
何度も何度も大好きだと伝えた。
エミリオ様から同じ言葉を返された記憶は無かったけれど、疲れて眠りに入る直前、優しく頭を撫でられながら耳元で「……愛してるよ」という言葉を聞いた気がした。
でも、うろ覚えだったので私の願望なのかもしれない─────……
目が覚めた翌朝は、お互いに恥ずかしさのあまり、上手く顔が見られなかった。
「……」
「……」
「シャ、シャロン! て、天気はすっかり、は、晴れだ!」
「そ、そうですね……!」
そんなぎこち無い会話さえも幸せだった。
(……あ! そうだ……)
「あの、エ、エミリオ様……」
「ど、どうした? ハッ! まさか身体がどこか痛む……? む、無茶をさせてしまったか……? ら、乱暴にしたつもりは、な、無かった……が」
「い、いえ! そうではなくて……!」
私は慌てて否定する。あんなに優しく抱かれたのに乱暴だなんて!
「こ、子供……」
「!」
すっかり夢中で頭から飛んでしまっていたけれど、私たちはまだ婚約者。
さすがに結婚式前に……となると色々と問題が……
そう思って訊ねた。
「……いや、だ、大丈夫だ!」
「そ、そうですか……」
そんな会話をしながら私達は宿を出て王宮に戻った。
お忍びデートに忘れられない一夜……
…………きっと、この時が一番幸せだった。
それからのエミリオ様は、ますます忙しくなってしまったのか、城を開けることが増えていた。
「次に帰ってくるのは一週間後……?」
「……すまない」
エミリオ様は、つい三日ほど国を開けて戻って来たと思えば、またすぐに出てしまうと言う。
「ウェディングドレスが……」
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「ん? シャロン? すまない。今なにか言ったか?」
「い、いいえ……なんでもないです。どうぞ、お気を付けていってらっしゃいませ!」
「あぁ、ありがとう」
(仕方が無いわよね、エミリオ様はお忙しいのだから)
寂しい……そんな気持ちがたくさん生まれたけれど、私は私でやるべき事をするだけ!
花嫁修業はまだまだ続いているのだから!
そう信じて笑顔でエミリオ様を見送った。
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