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第十話
しおりを挟むエミリオ様がお忙しいのは、仕事や公務のせいだとばかり思っていた。
婚約中、私がレヴィアタンにいた時もそうしてよく国外に出ていて、そのついでに何度か顔を合わせていたから。
だから、噂でエミリオ様が頻繁にイラスラー帝国に行っているらしいと聞いても、特に何も不思議に思わなかった。
(そういえば、アラミラ王女はどうしているのかしら?)
イラスラー帝国と聞いてまず、最初にそう思った。
次に彼女と会う時は、どんな顔をすればいいのかしら……?
気になるのはそれくらいの事で、エミリオ様とアラミラ王女の関係なんて全く私の頭になかった。
そうして平穏に結婚式に向けて過ごしていた私。
だけど……その日。
私の人生は一変した。
────その日は五日ぶりにお会い出来たエミリオ様と休憩時間に一緒にお茶をしていた。
久しぶりに会えたのが嬉しくて、私はあれやこれやと一人でたくさん喋っていた。
そんな時だった。
「───エミリオ殿下! 陛下がお呼びです」
「父上が? 何の用だ?」
国王陛下からの呼び出しと聞いて、エミリオ様の顔色が変わる。
「……いえ、ですが至急……との事です」
(───至急?)
緊迫した様子のその声に只事では無い。そう思った。
何だか胸が騒ぐ……
「至急……? 珍しいな。どういう事だ? 何があった?」
「……っ」
伝令に来た者は、そこで言葉を詰まらせた。何だかすごく言いづらそうな顔をしている。
私がじっとその者のことを見過ぎたのか、私と目が合うとパッと勢いよく目を逸らされてしまった。
(え? ……なに?)
ランドゥーニに来てから数ヶ月。
使用人達には色々な目で見られてきたけれど、こんなにもよそよそしく目を逸らされたのは初めてだった。
「申し訳ございません。こ、ここではちょっと……」
「ここでは?」
「はい……」
そう言って再び、チラッと私を見る伝令者。
エミリオ様はその煮え切らない態度に苛立ったのか珍しく声を荒らげた。
「いいからはっきり言うんだ! 何があった?」
「ひっ!」
その言葉に肩を振るわせた伝令者はとても気まずそうに……躊躇いがちに口を開いた。
「…………ドルモンテ領が襲撃を受けました……奇襲です」
「なに!?」
ガタンッと勢いよく椅子を蹴って立ち上がるエミリオ様。
奇襲と聞いて穏やかでいられるはずがない。私もショックを受けた。
こんな所で呑気に私とお茶をしている場合ではない……
(───ちょっと待って?)
今、彼はどこが奇襲を受けたと言った?
ドルモンテ領?
私の背中に嫌な汗が流れる。
だってそこは……国境がある領地で…………そこを攻撃するのは……だって、そこが隣接している国は────
「───レヴィアタン王国からの奇襲です!」
その言葉を聞いた瞬間、私は目の前が真っ暗になった。
(ど、どうして……?)
「───シャロン!!」
力が抜けて倒れる寸前に見えたのは、顔色が悪くて酷く心配そうに私の名を呼ぶエミリオ様だった。
◇ ◇ ◇
「……どうして? これは何かの間違いよ……!! 誰か嘘だと言ってちょうだい!!」
私はそう嘆くも答えてくれる者はいない。
(どうして……どうして……どうして!)
お父様、お母様、お兄様……!
なぜ、奇襲を仕掛けたの?
エミリオ様と私の結婚で両国は和平の道に向かうのではなかったの?
どんなに嘆いても答えは出ない。出るはずがない。
私はランドゥーニにいる。そして、祖国から手紙などは来ていない。
「……」
レヴィアタンによる奇襲の話を聞いて、その場で倒れてしまって目が覚めてから数日。
私は部屋から一歩も出ていない。
侍女や世話係が食事を運んだり、様子を見に来るだけ。それもとても気まずそうな顔をしてやって来る。
とてもじゃないけれど話が出来る雰囲気ではなかった。
当然、エミリオ様とも会っていない。
なので、現在どのような状況なのかさえ私には分からない。
(どうして……どうして、裏切ったの?)
私がランドゥーニ王国にいる事は分かっていたでしょう?
大好きだった家族の顔が一人一人浮かんでは消えていく。
なにか事情があったのだとしても、私がいるのに祖国がランドゥーニに攻め入った事実は決して消えない。
(……崩れていく)
幸せだった日々。
これから迎えるはずだった幸せ。
私の心の中で、全てがガラガラと崩れていく音がした。
「裏切り者!! レヴィアタンが反旗を翻したではないか!!」
「何が和平の為の輿入れだ! 嘘つきめが! さっさと国に帰れ!」
「スパイか何かだったのだろう?」
「殿下を誑かした悪女め!」
───それから。
少し部屋の外に出て、姿を見られるだけでもそう詰られるようになった。
私に向けられるのは全て敵意の目。
あの優しかった日々は嘘のように消えてしまった。
どれだけ罵られても、弁解も出来ない。
なぜ、祖国が裏切ったのかさえ私には分からない。
「……帰れ……か」
恐らく私はレヴィアタンに強制送還となるだろう。
エミリオ様との婚約も間違いなく破談。
もしかすれば、このまま戦争に突入する可能性だってある。
「分かっていても……辛い」
あれからエミリオ様とも会っていない。
彼も他の人と同じように私を軽蔑しているのかもしれない。
だけど、愚かな私はほんの少しだけ期待してしまう。
エミリオ様なら、と。
───そんな事あるはずがなかったのに。
「シャロン、申し訳ないが君との婚約は破棄する事になった」
「……!」
その言葉を聞いた私は目を見開くと、ひゅっと息を呑んだ。
「……っ」
そう告げるエミリオ様の表情は無表情そのもの。今まで優しく笑ってくれていた彼はもうどこにもいないのだと分かった。
私は静かに俯く。
だってこれ以上、エミリオ様の顔を見ていたら泣いてしまいそうなんだもの。
(でも泣いてはダメ。私が泣くわけにはいかない)
私には泣く資格なんかないのよ! そう思って顔を上げた。
「そう、ですよね。この度の事は本当に申し訳ございません」
「……」
エミリオ様は答えない。
「私はレヴィアタンへの強制送還となるのでしょうか?」
「……いや、離宮に移ってもらう」
「離宮にですか?」
てっきり帰されるのだとばかり思っていたのに、そうではなく離宮行きを告げられた。
(どうして……?)
少し考えて分かった。
きっと自分は人質だ。いざとなった時にレヴィアタンとの交渉に使うつもりなのかもしれない。
(私にそんな価値があるかは分からないけれどね)
だってレヴィアタンは私がランドゥーニにいる事を分かっていて奇襲を仕掛けたのだから。
離宮……きっともう、私は一生そこから出ることはないのだろう。
そして用済みになれば人知れず消されるだけ……
(私、バカだったわ)
エミリオ様なら自分を助けて信じてくれるかも……なんて期待を抱くなんて。
そんな期待さえ持たなければ、今、こんなに辛い気持ちにはならなかったでしょうに。
でも、エミリオ様は悪くない。
(祖国がした事を思えばこれは、当然のこと……)
「……承知いたしました、エミリオ殿下」
私は静かに頭を下げる。
「シャ……」
エミリオ様は何を思っていたのか、私に向かって手を伸ばそうとしたけれど、私はそれに気付かない振りをしてその手を避けた。
「……今までありがとうございました」
「シャロン……」
────さようなら……エミリオ様。
その日、私は王宮を出てひっそりと離宮に移った。
(思っていたよりも部屋が広いわ)
住まいを移すことになった離宮での私の待遇は思っていたよりも悪くなかった。
「食事は一日三回、私達が運んで来ますので。それから───」
どうやら、食事もしっかり出るらしい。
もっと酷い待遇に追いやられてもおかしくない状況だし、そうなっても文句も言わないのに……
「外に出る事は禁止ですが面会は自由です」
(……これも、エミリオ様の配慮なのかしら……?)
───ってもう、エミリオ様の事を考えるのはやめなくちゃ!
だって、私はもう彼の婚約者ではない。これからはただの人質なのだから────……
私は必死に彼を忘れようとした。
そんな離宮に移った日の夜。
部屋で静かに過ごしていた私の元に面会を求める意外な人物がやって来た。
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