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第八話
しおりを挟むジークフリート様ったらいつの間にそんな申し出を……!?
私が驚き固まっていると、
「どうしてリラジエなんだ? ジークフリート殿が望む相手がレラニアなら納得出来るんだが。まぁ、レラニアのデビューは終わっているから仕方ないが……だが分からん」
お父様がブツブツと呟いていた。
お姉様をとにかく可愛がっているお父様からすれば、私なんかに申し出が来た事が不思議でしょうがないみたい。
(私もびっくりよ……)
「お前はあまり屋敷からも出ないし、知り合うきっかけなど無いだろうに何故なんだ?」
何て説明すればいいのかしら?
ジークフリート様はお姉様の……も、元恋人で、私とはお姉様のいつもの意地悪という名の嫌がらせの元によって引き合わされたのだけど、何故か彼は私に良くしてくれていて……デートとかもしたりして……??
え、説明なんて無理だわ。自分でも何が何だか分からないのに。
とりあえず言える事は……
「お姉様が……」
「レラニア? まさかレラニアはジークフリート殿と知り合いだったのか!?」
私の言葉を遮ってお父様が興奮し始めた。
「え? そ、そうみたいです」
元恋人同士だった、とかは言わなくてもいいわよね?
……なんとなく口にしたくない。
ジークフリート様が、あんなにも私の事を……か、可愛い! とか、たくさん言ってくれたからつい忘れがちだったけれど、お姉様とジークフリート様って恋人同士……だったのよね……
その事を思い出してしまって、ちょっと胸が痛んだ。
「そうかそうか、そういう事だったのか。なら納得だ。さすがレラニアだな!」
「お父様……?」
私にはよく分からないけれど、お父様の中では納得できる何かがあったらしい。
普段からお姉様至上主義だと考え方もやっぱりお姉様中心になるのかもしれない。
「ん? 何だ、リラジエ。その顔はまさかこの申し出が不満なのか?」
「ち、違います!!」
私は慌てて否定する。
驚きはあるけれど不満なんてあるはずが無いわ。
「お前にもまだ婚約者はいないし、むしろ、お前のエスコート相手はどうしたものかと悩んでいた所だぞ」
「そう……ですか」
「グレイルにでも頼みこもうかと思っていた所だったんだが」
「えっ!?」
お父様のグレイルに……という発言にビクッと肩が震えた。
ここで、まさか彼の名が出るなんて。
「あの、お父様? ……な……何故、グレイルを?」
「彼なら適任だっただろう? 幼い頃からの付き合いもあるし顔見知りならお前も安心だろう? それにお前は昔から彼に懐いていたではないか」
「…………」
「まぁ、いい。これでエスコート相手の問題も解決だ! あぁ、レラニアのおかげだな! いいか? ちゃんとレラニアへの感謝を忘れるなよ!」
お父様は嬉しそうにそう言った。
「…………」
お父様の執務室を出て部屋に戻るまでの間に色々考える。
そもそもよ。ジークフリート様は何でそんな申し出をしたのかしら?
社交界デビューのエスコートは家族でないのなら、婚約者……とか“特別”な存在がするものなのに……
これでは、まるで私が──
──特別……
ボンッ!
自分で自分の思い浮かべた言葉に照れてしまった。
なんという自惚れ!
「あぁぁ、もう! ……ジークフリート様ったら何を考えているのよー!」
私は両手で顔を覆いながらそう小さく叫んだ。
──なんて。
そんな事に気を取られていたから。
ちょうど私と入れ替わるように、お姉様がお父様の執務室を訪ねていた事をこの時の私は気付きもしなかった──……
◇◇◇
「承諾してもらえて嬉しいよ」
それから数日後、屋敷を訪ねて来たジークフリート様は開口一番にそう言った。
ジークフリート様に承諾の返事を送ったら、ジークフリート様は話をまとめる為にすぐに飛んで来た。
「…………驚きました」
「うん、驚かせてごめん。でも早くしないといけないな……と思って。自分でも焦りすぎだなぁとは思ったんだけどね」
「早く? 焦る?」
ジークフリート様はいったい何をそんなに急いでいるのかしら?
「そ、そんなに急がないといけないくらい深刻な事があるのですか?」
「もちろん! だって早くしないと、そこら辺のぽっと出の男にリラジエが取られかねないじゃないか!」
「…………は、い?」
何を言って……しかも、何? ぽっと出の男って……
ジークフリート様ったらそんな事を心配していたの? そんな人がいるはずもないのに。
「…………まぁ、後は……どうも忠告が効かなかったみたいだから、どうしても近くで守りたい……のもあるけどね」
ジークフリート様が何やら小声で呟いた。うまく聞き取れなかった。
「ジークフリート様? 今、何と?」
「いや、何でもないよ。とにかくぽっと出の男に、リラジエのエスコートを任せるなんて絶対に許せないだけだよ」
ジークフリート様はいつものニコニコ顔でそんな事を言うので、私はフルフルと首を横に振りながら答えた。
「大丈夫ですよ、ジークフリート様。そんな心配は不要ですよ!」
「え? 何で?」
何で、とは。
むしろ、私が聞きたいわ。どうしてそんな不思議そうな顔をするの?
分かりきっている事なのに。
「だって、“私”ですよ? あり得ません! 私なんかに……」
「………駄目だよ、リラジエ」
「んむっ!?」
突然、ジークフリート様の人差し指によって私の口が塞がれた。
そして、ちょっとジークフリート様の顔が険しい。
「んーむんむーむんむ!?」
こ、ここ困ったわ! んむんむしか言えない……
それに! ジークフリート様の、ゆ、指がっ! わ、私の唇に……触れっ……!
と、内心で大パニックを起こしているのに、ジークフリート様はそんな私を気にすることもなくそのまま続けた。
「……“私なんか” そんな言葉は使っては駄目だ」
「んむんむむむむ?」
「僕はリラジエ、君の事が大切なんだ。だからそんな君に自分自身を卑下するような言葉は使って欲しくない」
「んーむんむーむんむ……」
大切?
ジークフリート様は今、私の事を“大切”と言ってくれた……?
ど、ど、どうしよう!!
どうしたらいいの?
(…………嬉しい)
だって、こんな風に誰かに “大切だ” なんて言われた事がないんだもの。
お父様にも──もちろん、お姉様にも。
家族にも言われたことのない言葉を、私とは縁のないと思っていたそんな言葉を聞ける日がくるなんて思いもしなかった。
心臓がバクバクとすごい音をたてているのが分かる。
なのに、ジークフリート様はそんな私を甘く優しい目で見つめながら言った。
「リラジエ。リラジエが気付いていないだけで、君はとっても可愛い」
「んむっ!」
「信じられないなら、何度だって言うよ?」
そう言ってジークフリート様は私の唇からようやく指を離してくれて、今度は私の頬にそっと手を触れる。
その触れ方がとても優しくて、“大切”だと言われている意味がそこからも伝わってくるようだった。
(うぅ……絶対に今の私は顔が赤くなっているわ)
どうしよう? ドキドキが止まってくれない。
「レラニア……なんかよりも誰よりも……僕には君が1番なんだよ」
「え?」
純粋に驚いた。
元恋人のお姉様を差し置いてこんな事を言うなんて。
だから、
こんな時まで見え透いたお世辞を言わなくてもいいのに……って……思った、のだけど。
「!!」
ジークフリート様の私を見つめる澄んだ空色の瞳が、思いのほか真剣で私はその瞳から目が逸らせなくなった。
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