10 / 28
第九話
しおりを挟む「……」
「……」
私とジークフリート様はお互いしばらく無言で見つめ合う。
そして、その沈黙を破ったのはジークフリート様の方だった。
ジークフリート様は優しく私の頬を撫でながら言った。
「……ずっと不思議に思っていた事があるんだけど」
「?」
ジークフリート様が何やら、そう切り出す。
不思議?
「リラジエが、ほんのたまに申し訳なさそうな顔で僕の事を見る時があるのは何でだろう?」
「え?」
その言葉に胸がドキリとした。
それは、忘れがちではあるもののたまにふと思い出す、“ジークフリート様はお姉様の元恋人” “私はお姉様では無い” そんな想いがどこか私の胸の中にあってモヤモヤする時があるから……
私は目を伏せながら答える。
「……ジークフリート様と一緒にいるのが……お姉様ではなく私、だからです。その事に申し訳なくなる時があるのです」
「? どういう意味?」
ジークフリート様は本当に意味が分かっていなさそうで、
「私ではお姉様の代わりにはなれませんから……」
「……え?」
私のこの言葉にジークフリート様が驚きの表情を見せた。
「レラニアの代わり? 何を言っているんだ? リラジエはリラジエだろう?」
「……ですが! 私はお姉様みたいに美人でも社交的でもありません! だから男の人は皆、お姉様を選び求めます!」
──今まで出会った人は皆そうだった! 初恋のグレイルだって、これまでのお姉様の元恋人達だって!
「男の人は皆、お姉様みたいな華やかな人が好きなのでしょう?」
だからいつも皆、私を見てガッカリした……
ジークフリート様だけは違ってあなたはガッカリした顔なんて見せず、優しかったけれど。それでも……
「リラジエ、それは違うよ」
ジークフリート様が首を横に振りながら言った。
「な、慰めはいらないです……」
「慰めなんかじゃない! なら、君を……リラジエを選ぶのが僕だけじゃダメかな?」
「…………? ジ、ジークフリート様が……?」
よく意味が分からなくてポカンとしてしまった。
「そう! さっきも言ったよ。僕には君が……リラジエが1番だって」
「あ……」
「他の男共がなんて言おうと僕はリラジエを選ぶよ。…………それとも僕だけじゃ不満? 足りないかな?」
私はフルフルと首を横に振る。
不満? まさか! そんな事は無い。そんな事は無いけれど……
どうして?
「……ですが、どうしてジークフリート様が……そんな事を言ってくださるのかが分かりません……」
あなただって、お姉様の元恋人なのに。
ジークフリート様だって、今までの人達と同じでお姉様に捨てられて、いつものように私を押し付けるかのように紹介されて……
でも、あなたは優しいからこうして私に付き合ってくれている……
それとも、そこには違う感情もあるのだと……その言葉を信じて期待してしまってもいいの?
“可愛い” “大切” ジークフリート様から貰った言葉が私の頭の中を駆け巡る。
「リラジエ……」
そんな事を思っていたら、私の頬から手を離したジークフリート様が私の両肩に手を置いて、真っ直ぐ私を見つめたままさっきよりも真剣な顔をして口を開いた。
「リラジエ、聞いて欲しい! 僕はずっと……」
───その時だった。
バーンと突然、ノックも無く私の部屋の扉が開いた。
「「!?」」
何事かと思って慌てて振り返ると……
「あら~? ジーク様、来てたのねぇ? ふふ、お邪魔だったかしら?」
開いた扉の向こうにいたのはお姉様。
「……」
「……」
さすがのジークフリート様もお姉様のこの行動には頭を抱えたくなったらしい。
ジークフリート様の、はぁ……という深いため息が聞こえた。
「レラニア嬢……君は妹の部屋にノックもせずに入るのが礼儀なのか?」
ちょっと怒りを孕んだ声でジークフリート様がお姉様を睨みながら問いかける。
「え? 何を今更。そんなの当たり前でしょう。だってリラジエなんだから別に構わないわよね?」
お姉様はどこに問題があるの?
そんなケロッとした顔で答える。
「は? 君は何をふざけた事を言っているんだ!?」
ジークフリート様が怒鳴った。
なのに肝心のお姉様はどこ吹く風。
「ふざけてなどいないわよ? 嫌だわ、ジーク様、どうして怒っているの?」
「人としての最低限のマナーすら守れない君に怒りすら通り越して呆れてるんだ!」
「まぁ、酷いわ!」
その言葉にお姉様は大袈裟に驚いてみせる。
その様子から言って自分は微塵も悪くないと思っているのが伝わって来た。
「ねぇ、ジーク様。そんな事よりもね、お話したい事があるのよ」
ジークフリート様は明らかにお姉様に対して怒っているのに、お姉様は全く気にする様子も悪びれる様子も無く、さらには擦り寄るような声を出しジークフリート様に近付いていく。
「……離してくれ。君と話す事なんて僕には無い。それといい加減にしてくれないか?」
「あら、嫌だ。冷たいわね? ふふ、私達の仲じゃないの」
お姉様が一瞬チラリとこっちを見て、私に見せつけるかのようにジークフリート様に微笑んだ。
妖艶な微笑みを浮かべるお姉様のその微笑みはまさに、社交界の毒薔薇。
数々の男性達を落とした言われる時の微笑み。
そんな本気の微笑みをジークフリート様に向けていた。
「…………どの口が言っているんだ、レラニア嬢。僕はあの時、ハッキリと言ったはずだが忘れたのか?」
「あら? なんの事かしら~? 私、最近忘れっぽくてねぇ。困っちゃうわね!」
「…………本当に人の話を聞かないんだな。そうやって君はこの間のお茶会でも聞く耳を持たなかったそうだな?」
ジークフリート様が再びお姉様を睨みながら、ため息を吐きながら言った。
この間のお茶会?
それって、私とジークフリート様がデ、デートをした……あの日のお茶会の事、よね?
「……っ! な、なんの事かしら~?」
「マディーナ嬢に諭されただろう? これからはよく考えて発言、行動した方がいい、と。そうでないと……」
「い、嫌だわ、ジーク様! あなたが何を言っているのか私には分からないわ!!」
お姉様がジークフリート様の言葉を遮るように叫んだ。
少し動揺しているようにも見える。
そんなお姉様を冷たい目で見るジークフリート様は、また、ため息と共に言った。
「お茶会の時もそのような事を言って、全く聞く耳を持たず、あろう事か憤慨したとか」
憤慨?
(……そう言えばお茶会から帰って来たお姉様は荒れていた……あれはマディーナ様に何かを言われて、暴れて来た後だった?)
やっぱりあのお茶会にお姉様を呼んだのは意図的なものがあったみたいだ。
「そ、そもそも、何でよ? どうしてジーク様があのお茶会の事を知ってるのよ!!」
お姉様が叫ぶように言った。
マディーナ様のお茶会は、よっぽどお姉様の自尊心を傷付けたらしい。
「……そんなの決まってるだろう? 僕がマディーナ嬢に頼んであのお茶会を企画してもらったのだから。レラニア嬢……君が改心する事を願ってね。報告も受けてはいたけど、今のこの様子を見る限り、やっぱり残念ながら無駄骨に終わったみたいだ」
ジークフリート様はニッコリ微笑んでそう言った。
「え!」
「はぁ!?」
私とお姉様の驚きの声が重なった。
117
あなたにおすすめの小説
可愛い妹を母は溺愛して、私のことを嫌っていたはずなのに王太子と婚約が決まった途端、その溺愛が私に向くとは思いませんでした
珠宮さくら
恋愛
ステファニア・サンマルティーニは、伯爵家に生まれたが、実母が妹の方だけをひたすら可愛いと溺愛していた。
それが当たり前となった伯爵家で、ステファニアは必死になって妹と遊ぼうとしたが、母はそのたび、おかしなことを言うばかりだった。
そんなことがいつまで続くのかと思っていたのだが、王太子と婚約した途端、一変するとは思いもしなかった。
私から婚約者を奪うことに成功した姉が、婚約を解消されたと思っていたことに驚かされましたが、厄介なのは姉だけではなかったようです
珠宮さくら
恋愛
ジャクリーン・オールストンは、婚約していた子息がジャクリーンの姉に一目惚れしたからという理由で婚約を解消することになったのだが、そうなった原因の贈られて来たドレスを姉が欲しかったからだと思っていたが、勘違いと誤解とすれ違いがあったからのようです。
でも、それを全く認めない姉の口癖にもうんざりしていたが、それ以上にうんざりしている人がジャクリーンにはいた。
姉と妹の常識のなさは父親譲りのようですが、似てない私は養子先で運命の人と再会できました
珠宮さくら
恋愛
スヴェーア国の子爵家の次女として生まれたシーラ・ヘイデンスタムは、母親の姉と同じ髪色をしていたことで、母親に何かと昔のことや隣国のことを話して聞かせてくれていた。
そんな最愛の母親の死後、シーラは父親に疎まれ、姉と妹から散々な目に合わされることになり、婚約者にすら誤解されて婚約を破棄することになって、居場所がなくなったシーラを助けてくれたのは、伯母のエルヴィーラだった。
同じ髪色をしている伯母夫妻の養子となってからのシーラは、姉と妹以上に実の父親がどんなに非常識だったかを知ることになるとは思いもしなかった。
【完結】姉に婚約者を奪われ、役立たずと言われ家からも追放されたので、隣国で幸せに生きます
よどら文鳥
恋愛
「リリーナ、俺はお前の姉と結婚することにした。だからお前との婚約は取り消しにさせろ」
婚約者だったザグローム様は婚約破棄が当然のように言ってきました。
「ようやくお前でも家のために役立つ日がきたかと思ったが、所詮は役立たずだったか……」
「リリーナは伯爵家にとって必要ない子なの」
両親からもゴミのように扱われています。そして役に立たないと、家から追放されることが決まりました。
お姉様からは用が済んだからと捨てられます。
「あなたの手柄は全部私が貰ってきたから、今回の婚約も私のもの。当然の流れよね。だから謝罪するつもりはないわよ」
「平民になっても公爵婦人になる私からは何の援助もしないけど、立派に生きて頂戴ね」
ですが、これでようやく理不尽な家からも解放されて自由になれました。
唯一の味方になってくれた執事の助言と支援によって、隣国の公爵家へ向かうことになりました。
ここから私の人生が大きく変わっていきます。
私を溺愛している婚約者を聖女(妹)が奪おうとしてくるのですが、何をしても無駄だと思います
***あかしえ
恋愛
薄幸の美少年エルウィンに一目惚れした強気な伯爵令嬢ルイーゼは、性悪な婚約者(仮)に秒で正義の鉄槌を振り下ろし、見事、彼の婚約者に収まった。
しかし彼には運命の恋人――『番い』が存在した。しかも一年前にできたルイーゼの美しい義理の妹。
彼女は家族を世界を味方に付けて、純粋な恋心を盾にルイーゼから婚約者を奪おうとする。
※タイトル変更しました
小説家になろうでも掲載してます
姉に婚約破棄されるのは時間の問題のように言われ、私は大好きな婚約者と幼なじみの応援をしようとしたのですが、覚悟しきれませんでした
珠宮さくら
恋愛
リュシエンヌ・サヴィニーは、伯爵家に生まれ、幼い頃から愛らしい少女だった。男の子の初恋を軒並み奪うような罪作りな一面もあったが、本人にその自覚は全くなかった。
それを目撃してばかりいたのは、リュシエンヌの幼なじみだったが、彼女とは親友だとリュシエンヌは思っていた。
そんな彼女を疎ましく思って嫌っていたのが、リュシエンヌの姉だったが、妹は姉を嫌うことはなかったのだが……。
政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気
ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。
夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。
猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。
それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。
「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」
勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話
【完結】契約の花嫁だったはずなのに、無口な旦那様が逃がしてくれません
Rohdea
恋愛
──愛されない契約の花嫁だったはずなのに、何かがおかしい。
家の借金返済を肩代わりして貰った代わりに
“お飾りの妻が必要だ”
という謎の要求を受ける事になったロンディネ子爵家の姉妹。
ワガママな妹、シルヴィが泣いて嫌がった為、必然的に自分が嫁ぐ事に決まってしまった姉のミルフィ。
そんなミルフィの嫁ぎ先は、
社交界でも声を聞いた人が殆どいないと言うくらい無口と噂されるロイター侯爵家の嫡男、アドルフォ様。
……お飾りの妻という存在らしいので、愛される事は無い。
更には、用済みになったらポイ捨てされてしまうに違いない!
そんな覚悟で嫁いだのに、
旦那様となったアドルフォ様は確かに無口だったけど───……
一方、ミルフィのものを何でも欲しがる妹のシルヴィは……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる