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1. 砕け散った初恋と婚約破棄
しおりを挟む私の初恋はある日、呆気なく散って終わってしまった。
「オリヴィア! 俺はお前の事がずっと嫌いだった!」
「──は?」
「……」
「……」
何の脈絡も無く、突然、そう叫ばれた後はそのまま互いに沈黙。
私も彼も何故かその先の言葉が出なかった。
(嫌い? 私の事がずっと嫌いだった?)
仲良くしていると思っていた。
私は彼の事が好きで、何なら彼も私の事を好きなんじゃってそう思っていた。
歳も家格も釣り合っているから、このまま婚約して結婚して……なんて夢まで見てしまっていたのに……どうして?
「ヒューズ……どうして?」
「……っ! だから、俺はオリヴィアの事が! ……嫌い、なんだ……」
ヒューズの発した二度目の言葉には先程までの勢いは無い。
それでも、もう一度同じ事を言われてしまった。
(そんなに私の事が嫌いなの?)
「…………私も、あなたなんて嫌いよ!」
「!」
初めてついた嘘だった。
悔しくて悲しくて思わずそう叫んでいた。
私のその言葉を聞いたヒューズは、自分の方が先に私に嫌いだと告げたくせに、何故か驚いた顔をしていた。
(何でそんな顔するのよ!)
───こうして、幼馴染で大好きだった私の初恋の彼、ヒューズは、ある日突然、私に向かって“お前の事が嫌いだ”宣言をして……
…………そして、私の前から忽然と姿を消した。
◇◇◇◇◇
───そんな私の初恋が砕け散ってから5年。
「殿下。また、シシリーさんを呼ばれたのですか?」
「そうだが? それが何か問題だろうか?」
その日の私は婚約者である王子、ヨーゼフ殿下との二人でお茶会……のはずだった。
「オリヴィア様、酷いですぅ~。どうして私がご一緒してはダメなんですかぁ?」
「シシリー気にするな。オリヴィアは君が可愛いからちょっと嫉妬しているだけだ」
それなのに、ヨーゼフ殿下は最近、懇意にしている男爵令嬢のシシリーさんをこの場に呼び出していた。
「嫉妬? 違います。これは嫉妬とかそういう事では……」
婚約者とのお茶会に別の女性を呼んでおいて“それが何か問題だろうか?”ですって?
どう考えてもおかしいでしょう!?
私は頭を抱えた。
「オリヴィア。今日の所はシシリーに免じて許してやってくれ。そんなに私と二人での茶会が良いのならまた今度機会を設けてやる」
「……!」
「きゃー、ヨーゼフ様、優しいんですねぇーー! オリヴィア様いいなぁー。羨ましいです~」
(どこが優しいの!? シシリーさんはこれを本気で言っているの?)
はっきり言って正気を疑う。
二人に言いたい文句はたくさんあったけれど、私は黙って飲み込む事にした。
誰に何を言っても、
“殿下の期限を損ねるな”“王子妃になるのだから側妃や愛妾を受け入れるのは当然だ”
そんな言葉しか帰って来ないのだから。
(無駄よね……)
「きゃー、ヨーゼフ様! このお茶すごく美味しいですねぇ~」
「そんなに気に入ったか? それなら、手土産に持たせてやろう」
「ありがとうございますぅ~! わーい!」
「ははは、そんなに喜んで貰えて私も嬉しいよ」
シシリーさんに笑いかけるヨーゼフ殿下。
(婚約した頃は優しかったのに)
まるで私なんてこの場にいてもいなくても構わないと言うように、仲睦まじく過ごす二人を眺めながら飲んだお茶は何の味もしなかった。
気付けば婚約者の王子とはそんな冷え切った関係になってしまったから、こうなる事は必然だったのだと今なら思う。
「───オリヴィア・イドバイド侯爵令嬢! 君は私の婚約者に相応しくない! 私は君との婚約を破棄する事をここに宣言する!!」
その日はヨーゼフ殿下の誕生日パーティーが開かれていた。
そろそろ婚約者との結婚式の日取りが発表されるのでは? そう囁かれていたこのパーティーで私の婚約者のヨーゼフ殿下は大勢の前で突然そんな宣言をした。
「……ヨーゼフ殿下? 今なんて?」
「聞こえなかったか? 私は君との婚約を破棄する! そう言ったんだ」
───婚約破棄?
聞き間違いでは無い。殿下は確かにそう言った。
さすがに私の声も震える。
「何故……ですか? 理由をお聞かせ願いますか?」
「理由? ははは、オリヴィア。それは自分の胸に聞いてみるといい」
「!?」
(自分の胸に……って)
「ヨーゼフ様、いいんですかぁ? 皆さん見てますよぉ?」
殿下の横で彼の腕に自分の腕を絡めて、胸を押しつけながらそんな発言をするのは、もちろんシシリーさん。
この場で彼女を侍らかしてのこの発言。つまりは、そういう事。
「いいんだ。オリヴィアにきちんと分からせる必要があるからな」
「そうですかぁ~。でも、何だかオリヴィア様、可哀想ですねぇ~ふふふ。でも、自業自得みたいだから仕方ないですよねぇ」
ふふんっと勝ち誇った目でシシリーさんは私の事を見た。
そして、周囲の私を見る目もとても冷ややかだった。
その後はあれよあれよと私とヨーゼフ殿下の婚約は無くなり、世間で私は“ヨーゼフ殿下に捨てられた女”となった。
浮気をしたのはどう見ても誰が見てもヨーゼフ殿下の方なのに、殿下が浮気をしたくなったのも婚約破棄を決断させたのも、全てオリヴィアの方に問題があったから、と言う噂と共に。
「……もう、婚約なんて懲り懲りよ」
「お嬢様……」
むしろ、好きだとか嫌いだとか……そんな恋心を抱くのも面倒で懲り懲りだわ。
今日も、気分転換にと思い夜会に参加した所、ヒソヒソとある事ない事を言われ、しまいには嘲笑された。
殿下の婚約者という立場は確かに僻まれやすかったかもしれないけれど、こんな扱いまで受けるなんて。
「もう、社交界も懲り懲り。私はこのまま家にこもって誰とも会わずに暮らして行きたい!」
「お嬢様、そんな悲しい事仰らないでください」
私付きのメイドはそう言って慰めてくれようとするけれど、ここまでやさぐれた私の気持ちはどんどん落ちるばかり。
「いいのよ、こんな私と結婚したいなんて物好きはもう現れないでしょう」
「お嬢様……」
「政治の道具にもなれない娘なんてお父様達もどうでもいいと思ってるに違いないわ」
「そんな事はありません!」
(初恋の人にはあんな風に言われ、婚約者にもあんな風に惨めに捨てられた私なんて……もう、価値なんて無い)
「慰めてくれなくていいのよ……将来、このイドバイド侯爵家を継ぐ弟のジュートには申し訳ないけれど、私は小姑として生きていく事にするわ」
「なんて、後ろ向きな発言をするのですか!」
領地の片隅にでも家を建てて貰ってひっそりと生きて行く……それでいいじゃないの。
これからはそうやって平凡に生きて行きたいわ。
なんて、やさぐれていた数日後の朝。
私の元に、血相を変えたお父様が手紙を片手に乗り込んで来た。
「オリヴィア! お前に婚約の申し込みだ!」
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