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15. 真っ白な手紙に込められた想い
しおりを挟む「これは……」
「さぁ、オリヴィア。これでいい加減に分かっただろう? 私への当てつけでお前も愛されていない結婚生活を無理に続ける必要は無い! 意地など張らなくても……」
「……」
どっかのバカ王子が何やら目の前でごちゃごちゃよく分からない事を言っているけれど、今の私の頭の中はそれどころでは無かった。
真っ白で一見何も書かれていないように見える手紙。でも、私はこれを知っている。
───これは、ちゃんと父さんに話をして2枚だけ分けてもらった紙だ!
(あの時の暗号遊び!)
そうよ。あの時の手紙も真っ白だった。特殊な紙とインクで書かれていて……
ヒューズはあれで私に手紙を書いていたの?
この紙は特殊だと言っていたから、何かしらの制約のあるヒューズにも文字が書けたのかもしれない。
(ならば、ここに……この真っ白な手紙にはヒューズの想いが記されているはずよ!!)
これを読む為には──……私はキョロキョロと辺りを見回す。
(あった!)
私は無言のままそこに向かって駆け出した。
「ん? おい、オリヴィア。どうした? 何をしているんだ?」
「……」
煩いバカ王子がこっちに近付いて来ようとする。本当に本当に邪魔な人!
こんな奴に見られる前に読んでしまいたい。
この特殊な紙とインクで書かれた文字は、熱をあてると読めるようになる。
私は今、部屋の隅にあったランプで紙を温めていた。
「おい! オリヴィア?」
「……」
そうこうするうちに、真っ白だった紙に文字が浮かび上がる。
やはり文字は隠されていた。
私は慌てて浮かび上がった文字に目を通す。
「っ!?」
(こ、これ……!)
「んん? 何だこれは。へぇ? 文字が隠されていたのか」
「っ!」
書かれていた内容に気がいってしまい、近付いて来ていたバカ王子の気配に遅れて気付く。慌てて手紙を隠そうとしたけれど既に一歩遅かったようで、手紙を覗き込まれてしまう。
「勝手に見ないで下さい! これは、私への……ヒューズから私への愛を綴った手紙なんです!」
「は? 愛の手紙だと? それがか? ははは、笑わせないでくれ」
バカ王子は小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「どうやら、白紙ではなく文字が隠されていたようだが、ざっと見たところ意味不明の文字が羅列しているだけではないか! これのどこが愛の言葉だ! 笑わせてくれる!」
「……」
(あなたが読めないだけでしょう? ……バカだから)
そう言ってやりたいけれど煩いだけだから止めた。
「オリヴィア……お前、ヒューズにからかわれたのだろう? 可哀想な奴だ」
「からかわれてなどいませんし、私は可哀想なんかではありません!」
私が手紙を握りしめたまま、そう反論するとバカ王子は再び鼻で笑った。
「何を言っている、どこをどう見てもここに愛なんて──」
「……オリヴィア……好きだった、ずっと愛してた……俺は君を……忘れられなかった……」
「は?」
「5年前はすまなかった……ヨーゼフ殿下、呪い、魔術師……?」
「なっ!?」
(呪いですって?)
ヒューズからの手紙を読み上げていく私の声に殿下がビクッと大きく反応を示した。
その反応だけでこの手紙に書かれている事が真実だと分かる。
ヒューズからの手紙に書かれているのは全て暗号が使われていて、一見、意味不明に見える。だけど、これにはちゃんと法則がある。その通りに読み解けば何て書いてあるのかは一目瞭然。
中身は私への愛の言葉、5年前のあの日の真実……そして、今も彼に起きている事……つまり、全てだった。
読み終えた私の身体が怒りで震える。
「殿下……あなた、ヒューズに何をしたのですか?」
「何の話だ? わ、私は何も……」
この期に及んでまだ、すっとぼけるつもりらしい。
「嘘つき! 呪いって書いてあります! あなたのお抱えの魔術師にかけられた呪いだと!」
「し、知らん! そんなものは奴のでっちあげだ! 私は関係なー……」
「関係ないはずないでしょう!? 何をしたのかって聞いているのよ!!」
目が完全に泳いでいるので、何かしたのは間違いない。
ヒューズがおかしかったのは全部こいつのせいだ!
「許さない……」
「おい、オリヴィア……頼むから落ち着いてくれ、な?」
バカ王子が、どこか引き攣った笑みを浮かべながら私の肩に触れようとするので、私はその手を思いっ切り払い除けた。
「オリヴィア!」
「私に触れないで! 最低! 最低よ!! あなたのせいでヒューズは、ヒューズは!!」
───ずっと子供の頃からオリヴィアの事だけが好きだった。
傷付けてすまない。
(私だって酷い事を言ったのに! ヒューズは自分が悪いとひたすら謝っている……)
───口で言えなくてすまない。
だが、俺はオリヴィアを愛している。ヨーゼフ殿下より俺の方が絶対にオリヴィアを愛している。
こんな情けない俺だけど……
結婚して欲しい。
ヒューズからの手紙は私への愛で溢れていた。
「……くっ! これはどういう事なんだ……」
「……」
「何故、呪いの事が? 魔術師の事だって……」
バカ王子が小さな声でそう呟く。
「ヒューズに謝って!」
「は?」
「5年前、あなたがヒューズにした事を認めてちゃんと彼に謝って!」
「バカを言うな! 私は謝るような事は何もしていない」
あくまでもシラを切り通すつもりなんだわ。
その事にも腹が立ってくる。
「そんな事より、オリヴィア。いい加減に戻って来い」
「……は?」
私は耳を疑う。
戻って来いですって?
「仰ってる事の意味が分かりませんが?」
「ははは、照れ隠しはもう良いだろう? 意地を張るのも遊びも終わりだ、オリヴィア」
「!?」
その笑いに背筋がゾクッとした。
私はもうヒューズの妻なのに戻って来いと言うその意味は……
「私はヒューズと結婚しました!」
「そんなもの離縁すればいい話だろう? そもそも、何を勝手に結婚なんてしているんだ! そのせいで残念だがオリヴィア。白い結婚だと証明出来ないと君は私の正妃にはなれない」
「なっ!」
(婚約破棄を言い出したのはあなたでしょう!? ──バカ王子!)
そう叫んでやりたかったけれど、今のこの人にそれを言ったら自分の身が気が危険になるような気がして口を噤む。
「離縁なんてしません! ヒューズだって……」
私を好きだって。ずっと好きだったって。手紙に全部書いてある!
私がそう感じたのは勘違いなんかじゃなかった!
ヒューズの想いはこの手紙に込められている!
「あぁ、ヒューズの事は心配するな。シシリーを差し向けておいた」
「───え?」
私が驚いて固まると、バカ王子はそれはそれは嬉しそうに笑った。
「私がオリヴィアを返して貰ったらアイツも妻がいなくなって困るだろう? さすがに二度も女を奪うのは申し訳ないからな。だから今回はシシリーをオリヴィアの代わりに」
「あなたは! なんて勝手な事を……!」
「ははは!」
私はバカ王子を睨みつけたけれど、何がおかしいのか彼はますます笑う。
「分かっていないな、オリヴィア。男なんて好きな女がいても別の女に迫られればあっという間に堕ちるのさ。今頃、ヒューズもシシリーの魅力にやられてよろしくやってる頃だろう」
「!! そんなのはあなただけよ! ヒューズをあなたなんかと一緒にしないで!!」
「オリヴィア……」
バカ王子は私のその言葉にカチンと来たのか、それまで浮かべていた笑みを消した。
「!」
(しまった! 逆撫でし過ぎないようにしようと思っていたのに……)
「随分と生意気になったものだな。大人しく従順な女だと思っていたのに。これもヒューズと結婚したからか?」
「……」
「だとすれば、躾をし直さないといけないな」
「!?」
な、何を言い出したの?
その言葉に動揺していたら、グイッと腕を掴まれた。
「痛っ! 嫌! 離して!!」
「煩い! 黙れ! オリヴィア、お前は王城に連れて行く」
「王城? 嫌よ! 絶対に嫌!!」
「いいから来るんだ!!」
掴まれた腕にさらに力が入る。
部屋の中にいるメイド達は、この事態にどうしたらいいのから分からずオロオロしているだけ。
助けは期待出来そうにない。
「……っ! ……けて、ヒューズ! ヒューズ、助けて!!」
私は必死にそう叫んだ。
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