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29. 自爆していく王子様
しおりを挟む「ランドルフ! やめろ! それ以上、余計なことを言うんじゃないっ!!」
ランドルフ殿下の叫び声に焦った陛下が止めようとした。
けれど、興奮したランドルフ殿下は止まらなかった。
ランドール様に向けて指をさしながら叫ぶ叫ぶ。とにかく叫ぶ。
「貴様! ランドールのくせにそんな澄ました顔でよくもノコノコと俺の前に現れてくれたな!」
「澄ました顔……?」
「そうだ! 貴様のせいで俺が今、周りにどんな目で見られているか知っているか!?」
「……ああ! その愉快な話ですか?」
「愉快……だと!?」
ランドルフ殿下の表情が大きく歪んだ。
「こちらのヴェールヌイ国王陛下と王妃様も口にされていましたが、ランドルフ殿下に何があった? “優秀”ではなくなってしまった……とあちらこちらで嘆かれているそうですね」
ランドール様がとてもいい笑顔で言い切る。
その笑顔はもちろん、ランドルフ様を怒らせるため……だと思う。
案の定、ランドルフ殿下は怒り狂った。
「ぬぁ~にをぬけぬけと! 全部全部貴様のせいだろうが! これまで通り大人しく俺の影に隠れていれば良かったものを! それを……」
ランドルフ様のその言葉を聞いた会場中の人達が騒ぎ出す。
───影? 何の話だ?
───これまでのランドルフ殿下の実績はまさか……
───そんな事より、二人の顔がそっくりなんだが!
───ランドルフにランドール? 名前までそっくりじゃないか?
───ランドルフ、ランドール……ランディ様? ま、まさか、これは……
ランドルフ殿下はそんな周囲のヒソヒソ声が耳に入っていないのか、怒鳴るのをやめない。
おそらく、完全に頭に血が上ってしまっていると思われた。
(ランドルフ殿下って、頭に血が上ると暴露する癖でもあるのかしら?)
さっきのフリージアへのドレスの件といい今といい、あまりにも単純で迂闊すぎる。
「そもそも、貴様! 誰の許可を得てその姿をしているんだ!? 誰が元に戻していいと言った!?」
「許可? まぁ、誰の許可もありませんが……でも、愛する人の為にもそろそろ、自由に生きてみようかと思いましてね」
ランドール様はランドルフ殿下にだけでなく、陛下の顔も見ながらそう言い切った。
陛下はランドール様の顔を真っ直ぐ見ることが出来なかったようですぐに視線を逸らしてしまう。
「自由だと!? ふざけるな! 貴様なんかに自由など必要ない! それに愛する人の為だと? ははは! 残念だが貴様の大事な……」
「黙れ、ランドルフ! お前は僕の愛する大事な人を奪うことに必死で全然周りが見えていない!」
(あ、ランドール様の口調が変わったわ!)
「どうやらお前は色々と企んでいるようだが──僕は今、ずっと大事に思っていた愛する人と心通わせることが出来て幸せなんだ」
「は?」
ランドルフ殿下は全く意味が分からないという顔をした。
そしてすぐにランドール様に向かって小馬鹿にするかのように笑い出した。
「何を言っている? お前の大事な人と言ったら、そこの女、ブリ───えっ? おい、待て……まさか!」
ランドルフのその言葉にランドール様がニヤリと笑う。
「……その通りだよ─────おいで、ブリジット!」
「はい! ランドール様!」
ランドール様が両手を広げて待っていてくれたので、私は迷わずそこに飛び込んだ。
やっとやっとこの温もりの元に来れたわ!
そうして抱きついた勢いで私はランドール様に訊ねる。
「……ランドール様。驚きました……こんな現れ方をするなんて思っていませんでしたわ」
「いやいや、僕も当初はこんな予定じゃなかったんだけど……さ」
「え?」
ランドール様の胸の中で顔を上げて、彼の顔を見ると苦笑いをしていた。
「ランドルフがあまりにも馬鹿で自ら墓穴を掘りにいくから、予定がすっかり変わってしまったんだ」
「あ……まさか他国の王族の顔まで分からないなんて思いもしませんでしたものね?」
そうなんだとランドール様も深く頷く。
「うん、特徴的な言語だから聞けばすぐに分かるはずなんだけどなぁ」
「はい。それに、来賓として訪問されていることまですっかり頭から抜けているだなんて……」
「ああ。僕もそれには衝撃を受けたよ」
私たちが抱き合いながら堂々とそんな会話をしていると、ランドルフ殿下が顔を真っ赤にして更に怒り叫んだ。
「くっ! 貴様らはこの俺をバカにしているのか!? どういうことなんだ! ブリジットは今日、正式にこの場で俺の婚約者となるはずのおん……」
「何をバカなことを言っているんだ? ランドルフ。お前はブリジットではなく、そこで未だに蹲っている妹のフリージアを選んだのだろう? さっき皆の前で堂々とそう宣言したじゃないか」
「──は?」
ランドール様の指摘にランドルフ様はポカンとした顔になる。
名指しされたフリージアも、えっ? と顔を上げる。
ランドール様はため息を吐いた。
「なんだその顔は? さっきお前が自分で言ったんだろう? フリージア嬢にドレスを贈ったと」
「……え、あ?」
「そこのフリージア嬢の方もお前から贈ってもらった最高級のドレスよ、と嬉しそうに応えていただろう?」
「……っっ!?」
ランドルフ殿下はようやく自分の発言を思い出したのか、どんどん顔色が悪くなっていく。
そんなランドルフ殿下に、ランドール様はにっこり笑って更なる追い討ちをかけようとする。
「まさかとは思うが、“王子”として知らないわけがないだろう? 未婚の令嬢にドレスを贈る意味……」
「っっ! ぅあ、そ、れは」
「……ああ、すまない。ランドルフは何一つ勉強などもせずにいつも僕に公務を押し付けていたから、そういう常識も知らなかったのかもしれないな。これは悪いことを聞いた」
ランドール様の挑発にランドルフ殿下がカッとなる。
「……貴様っ!」
「何かな? ああ、でもフリージア嬢の方は、ちゃんと意味を分かっていて受け取っていたようだよ?」
ランドール様にジロッと睨まれて、ビクッとフリージアの身体が跳ねる。
同時にチッと小さく舌打ちしたのが私の耳には聞こえてきた。
「残念だったな。ランドルフ。そしてフリージア。愚かなお前たちの失敗が何だったかを教えてあげよう」
「……なん、だと?」
「ちょっと! 私が愚かですって!?」
フリージアももうさすがに黙っていられなくなったのか、ランドール様と私を鋭い目付きで睨んで来た。
可愛かったフリージアの面影なんてもうどこにもない。
「ブリジットが好きなのはランドルフじゃない。僕だ。僕とブリジットは心から互いを想い合っている恋人同士だ」
ランドール様がギュッと私を抱きしめながら力強く宣言した。
「は?」
「え?」
二人と私の目が合う。
「だから、お前たちがどれだけ親密になろうとも、ランドルフが最高級のドレスを贈ってフリージアがそれを身につけて自慢しようとも、ブリジットは何一つショックを受けることもなければ傷付くこともない!」
ランドール様のその言葉に、二人が理解出来ない……という表情になる。
「……え? は?」
「そ、そこの男と恋人……? ど、どういう事よ……こんなの知らない……!」
ポカンとするランドルフ殿下。
頭を抱えるフリージア。
そんな二人を無視してランドール様は私に微笑んだ。
「そうだろう? ブリジット」
ランドール様に訊ねられた私は笑顔で答える。
「はい。私が好きなのはランドルフ殿下ではなく、ランドール様ですわ!」
「ブリジット……」
嬉しそうに笑ったランドール様が軽くそっと私の頬にキスを落とした。
大勢の人の前なのに……と思いつつも、やっと“堂々とランドール様のことを好きだと言える喜び”の方が勝った。
なので私も嬉しくて笑みが溢れる。
「僕も本当は君にドレス贈りたかったけどさすがに無理だった」
「構いません! 私は最高級のドレスなんかより、好きな人……ランドール様の傍にいられる方が幸せです!」
そう言って私はギュッとランドール様に抱きつく。
ランドール様も優しく抱き締め返してくれた。
「ブリジット、君が好きだよ」
「はい、私もです、ランドール様」
しかし、そんな互いへの想いを確かめ合っていた私たちの間に弱々しい声での“待った”が入る。
「…………ま、待ってくれ、ブリジット。おま、お前が今、愛を告げて抱きあっている方は……」
「お父様……」
お父様だった。
娘二人が騒ぎの中心となっているせいか、青白い顔をしていて今にも倒れてしまいそうな様子のお父様。
「えっと……彼は、ランドール様は……」
「ブリジット、大丈夫。僕が自分で言うよ────私の名前は、ランドール・ギュディオール」
私の言葉を遮って、ランドール様がよく通る声で自分の名前を告げる。
そして、一旦言葉を切ると会場中を見渡し、はっきりとした口調で続けた。
「今、そこで間抜けな顔をさらしている、ランドルフ・ギュディオールの双子の弟だ!」
───それは長年、王家によって隠されてきた“もう一人の王子・ランドール”が初めて公の場……表に出た瞬間だった。
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