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31. 決断を迫る“王子様”
しおりを挟む錯乱したフリージアが、ランドール様を指さしながら叫ぶ。
「国を傾けた悪女……税金泥棒……そして人殺し…………たくさんたくさん私は民衆に罵られたわ! どれも全部全部あんたが煽動したのよっ!!」
「……」
ランドール様は何も答えない。
静かにフリージアの言葉を聞いている。
「美しく着飾ることの何が悪いのよ! 贅沢に過ごして何が悪かったのよ! 私は選ばれた人間だったんだからそんなの当然の権利でしょ!?」
フリージアの口から出て来る言葉は、巻き戻り前の時のことで今じゃない。
そのせいで明らかに異様な発言すぎて誰も口を挟めなかった。
───ランドルフ殿下以外は。
「お、おい? フリージア? ……いったい何の話をしているんだ?」
ランドルフ殿下だけは困惑した様子でフリージアに問いかけた。
この空気の読まなさはある意味尊敬する。
そして、ランドルフ殿下のこの発言で私はランドルフ殿下は巻き戻り前の記憶を持っていないと確信出来た。
つまり……
(この王子……本当に素で性格が悪かったんだ……)
なんとも言えない気持ちにさせられた。
「はあ? 何の話って、私がそこの男を恨んでいる理由よ! 私はこの男に殺されたようなものだもの!」
「は? 何を言っている? フリージア、君は生きているだろう?」
フリージアの返答にランドルフ殿下は困惑していた。
それは、会場内の他の人たちも同じ。
追い詰められたショックで錯乱したのか……? とまで囁かれる始末。
フリージアはランドルフ殿下を鼻で笑う。
「ふっ……本当に呑気な王子様ね! だからこそあっさり今度もこんな男に負けちゃうのよ」
「……何?」
ランドルフ殿下の眉がピクリと反応する。
「ああ、情けないわ……前もあなたは私と一緒に国を傾けた無能王子として……」
「───待て、フリージア! 聞き捨てならん! この俺がランドールに負けるなんてあるはずないだろう!?」
ガシッとフリージアの肩を掴むランドルフ殿下。
「そもそも、君はなんの話をしているんだ!?」
「……うるさいわよ! 無能王子!」
フリージアがランドルフ殿下に向かって睨みつける。
「無能!? なっ! 何だと!? この俺に向かってなんてことを言うんだ!」
「うるさいわよ! 無能に無能と言って何が悪いのよ!」
そうして、何と二人の言い合いにまで発展してしまった。
「……ラ、ランドール様」
「放っておこう。二人揃って自らどんどん破滅していってくれて助かるよ」
ランドール様は冷たく言い放った。
確かに大勢の前で啀み合う二人には周囲の視線も呆れている。
《あのこわいおねえちゃん、もうキラキラしてない》
《え? どういう意味ですか?》
突然、私に抱えられているレイリア王女がフリージアを見ながらそんなを口にする。
《あんなにキラキラしておひめさまみたいだったのに……》
《それって……》
私がもっと詳しく聞こうとした時、ヴェールヌイ王国の国王の声がした。
《それは、あんなにも醜い顔で醜い言い争いをしているからだろうな》
《おとうさま!》
《見た目だけだったのに、それすらもダメになってしまったわね》
《おかあさま!》
私は、抱っこしていたレイリア王女を王妃様にお返しする。
要するにフリージアは心の醜さが現れてしまってもうキラキラ輝いているようには見えない……
ということだと納得した。
《ブリジットおねえちゃんはキラキラよ!》
《ふふ、ありがとう》
嬉しくて笑顔でお礼を言う。
《おにいちゃんも!》
《え? 僕も?》
《そうよ! ふたりそろってキラキラよ!》
ランドール様と二人でレイリア王女様の可愛い笑顔に癒されていたら、後ろから声をかけられた。
「…………ランドール」
(この声は……)
私たちが振り返ると、そこには国王陛下が立っていた。
「父…………いえ、陛下? なんの御用でしょう」
「……っ」
陛下は口を開きかけるも、何を口にしたら良いのか分からないのか、口を開けたり閉じたりと何度も躊躇っていた。
その様子を静かに見ていたランドール様がため息と共に言う。
「まさかとは思いますが、この期に及んでまだランドルフが跡継ぎだなんて血迷ったことは言いませんよね?」
「……っ!」
「聞いたでしょう? あなたがこれまで信じて来た“ランドルフ”がどれほどの張りぼてだったのか」
ランドール様の言葉にようやく項垂れていた陛下が口を開く。
「ほ、本当にお前が全部、肩代わり……をしていた、のか!?」
「……」
ランドール様はやれやれと肩を竦めた。
「他国の王族の顔も覚えていないような王子のことを信じたいのは勝手ですが……私にランドルフの影になることを望んだのはあなたたちですよね?」
「っっ! そ、それは……」
「“まさかランドルフが元気になっても続いているとは思わなかった”とでも言うのですか?」
「……っ」
陛下の顔は図星と言っているようだった。
「ならば……あれがあなたたちが甘やかし続けた結果ですよ」
ランドール様はそう言って、今も酷く啀み合うランドルフ殿下とフリージアを指した。
「ランドルフ本当の学力を知りたければ教育係のコリン殿を当たることですね。きっと詳しく教えてくれます」
「……そ、そう、なのか……」
ここまで言っても陛下はまだ、ランドール様のことを認めたくなさそうに見える。
それは、ランドール様の実力を認めていないということではなくて、自分たちが犯した罪を認めたくない。
私にはそう見えた。
「……ああ、陛下が引っかかっているのはもしかして、王妃殿下のことですか?」
「!」
ぐっと言葉を詰まらせる陛下。
「……王妃殿下には私を“処分した”と話しているんですよね? なるほど、今更、“実は生きてました”とは言えない……と?」
「“ランドルフ”が元気になり……優秀、将来安泰……その言葉を聞いて安心したのか最近は調子が以前のように戻っていたのだ……」
陛下は下を向いてそう話す。
「ここで真実を話せば、また療養生活に逆戻り……と?」
「……」
王妃様……思い返せば、巻き戻り前も一度も会うことがなかった。
「……はぁ、陛下。もう、こんな悪の風習は終わりにするべきだと思いませんか?」
「な……!」
「そんなに王妃殿下が心配ならいっそのこと、お二人で仲良く隠居して療養生活なんてどうですか?」
「い、隠居だと!?」
ランドール様のその言葉に陛下は目を剥いた。
「く、国は……お、王は……」
「もちろん、俺とブリジットで引き継いでいきますので、ご安心を」
「ま、ま、待て! そこの令嬢は……突然王妃だなんて無理に決まっている……! 王妃教育もこれからで受けていないだろう!?」
「ははは、ブリジットは大丈夫ですよ」
「なにっ!?」
(……一応、二年間は王妃教育を受けた身ですからね……それも多分本来の必要以上の教育を詰め込まれているわー……)
それでも、もちろんまだ足りないことばかりだけれど。
ランドール様と生きていく為なら私は何だって頑張れるわ!
「あなたは今日ずっと何を見ていたのですか? その目は節穴ですか?」
「な、何を、だ?」
「ブリジットはあなたですら通訳を介さないといけないヴェールヌイ王国の言語をあんなに流暢に喋っているんですよ?」
「……っ!」
ランドール様のその言葉に会場内がザワついた。
───そう言えば……
───あまりにも言葉が自然すぎてうっかりしていた
───ラディオン侯爵令嬢は何者なんだ……?
「それ以外にも彼女はとても努力家です。あそこで騒いでいる奴らとは違って人を思いやる心だって当然、ちゃんと持っていますからね」
「ぐっ……」
何だか周囲の私を見る目が少し変わった気がするわ。
もしかして、これ少しは認めてもらえている……?
「───さぁ、陛下。とうぞご決断を」
ランドール様はとってもにこやかにランドルフ殿下の廃嫡と陛下の退位を迫っていた。
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