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32. 公開プロポーズ
しおりを挟む「うぅ……」
ランドール様の言葉に陛下がガクッとその場に膝をつく。
従うしかないと分かっていても、素直に受け入れられない。
全身がそう言っていた。
「ラ、ランドルフを王太子から降ろせ、と言うのは分かるが……何故、退位を……退位まで求めるのだ……」
「そんなのあなた方が大勢の前で恥を晒したからに決まっているでしょう?」
「は、恥……だと?」
陛下が大きなショックを受けている。
この状態なのに恥だと思っていなかったの? と、私は驚いた。
「ランドルフの振る舞いに始まり、このパーティーで王家が皆の前でどれだけの恥を晒したと思っているのですか?」
「……うっ」
「ヴェールヌイ王国にだって、国交を切られてもおかしくないくらいなんですよ?」
ランドール様の正論に陛下は「あぁ……」とか「うぅ」しか言えなくなっている。
《ギュディオール国王、そんなに渋るならこちらの彼らは我が国に貰ってもいいのだが?》
「……え?」
ヴェールヌイ王国の陛下の言葉にポカンとするわが国の国王陛下。
目をパチパチさせている。
《その場合、この国の世継ぎはランドルフ殿下になるということだろうが……》
そう言って皆の視線が、今もまだどうでもよさそうなことで啀み合っている二人──ランドルフ殿下とフリージアへと向けられる。
「……」
《そうなった場合、今後の交流は遠慮させてもらうことになるが》
「え、遠慮!?」
陛下がギョッとする。
《当然だ! ランドルフ殿下が幼い我が娘に吐いた暴言は決して許されるものではないからな!》
「っっ!」
《ランドール殿下とそこの令嬢がいなければ、国交断絶も辞さないつもりだったが?》
「国交……断絶」
陛下の声が震える。
そんな陛下を横目にヴェールヌイ王国の陛下は堂々と宣言した。
《私はランドール殿下とその妃の為の後ろ盾になる事を誓おう!》
「ラ、ランドールの……」
(……あぁ、陛下はどんどん追いやられている)
顔は真っ青。
声も身体もガタガタ震えている。
《おとうさま、ブリジットおねえちゃんとはまたあそべる?》
《そうだな。そこのおじさんがお兄ちゃんに“自分の代わりに王様になって下さい”とお願いすれば、また、遊べるよ》
《ふーん?》
レイリア王女様は、王妃様に降ろして? とお願いした。
抱っこから降ろされてヨチヨチと陛下の元へと向かう。
そして、とっても無邪気な顔で、陛下にとってはもっとも残酷なことを口にした。
《おじさま、はやくそこのおにいちゃんをおうさまにしてあげて?》
「……なっ!」
《だめなの?》
「……う、あ……」
《おねがい! わたし、ブリジットおねえちゃんともっとあそびたいの!》
キラキラの無邪気なその瞳を向けられた陛下は「うわぁぁ……」とその場に崩れた。
(す、すごい!)
まさかの無邪気なレイリア王女様の攻撃に驚いてしばらく呆然としていた。
「……とんでもない所から擁護が入ったね」
「ランドール様?」
ランドール様が私の肩に腕を回してそっと抱き寄せながら耳元で囁く。
「ヴェールヌイ王国を味方につける所までは想定内のことだったけど、王女殿下のこれは完全に想定外だったよ」
「……」
ちょっと黒い笑顔のランドール様を見ながら私は思う。
(さすがにそこまで計算していたら怖いです……)
「散々ここまで脅されて、あんな無邪気な瞳を向けられたなら、陛下は受け入れるしかないだろうね」
「……そうですね」
私も頷く。
「でも───あそこまで王女殿下に気に入られたのは、ブリジットの人柄だね、さすが僕のブリジット」
「ラ、ランドール様……」
微笑んだランドール様がチュッと私の額にキスをした。
そして私が照れていたら、ランドール様がさっきまでとは違う真剣な瞳を私に向けてくる。
「ど、どうしました?」
「……ブリジット。いや、ブリジット・ラディオン侯爵令嬢」
私の肩から腕を離すと、その場にしゃがみこんで跪くランドール様。
何事かと私は目を回す。
「ランドール様? な、何をしているのですか!?」
「───僕は心からあなたを愛しています」
「……え?」
それはもう、充分過ぎるくらい知っているわ?
「ブリジット……もう既に未来は大きく変わっているよ……」
ランドール様が小声で呟く。
その通りね。
私は無言で頷く。
「だから、この先はもう何が起こるかは分からない。君に苦労させることもたくさんあると思う」
「……」
(もう、私の知っている未来は……来ない)
「それでも僕は君にずっと隣にいてもらいたい」
「ランドール様……」
「ブリジットがいてくれたら二人で何でも乗り越えられる……僕はそう思ってる」
そう言い切ったランドール様がそっと私の手を取る。
そして、優しく手の甲にキスを落とす。
「ブリジット。僕の……ランドール・キュディオールの婚約者となって、結婚してください。この先を共に一緒に生きてください」
「……!」
それは、公の場での……公開プロポーズだった。
「ラ、ランドール様……!」
───答えなんて一つに決まっている!
私はギュッと彼のその手を握り返した。
「ランドール・ギュディオール殿下。喜んでお受けします。未熟な私ですが……生涯、あなたの隣に立って尽くし続けることをここで誓いますわ」
「……ブリジット」
顔を上げたランドール様と私の目が合う。
私は静かに微笑んだ。
「私も……あなたを愛しています!」
そう言ってから、私はランドール様にギュッと抱きついた。
ランドール様がそんな私を優しく受け止めてくれる。
《うふふ、ブリジットおねえちゃん、キラキラおひめさまね。おにいちゃんもキラキラ~》
嬉しそうなレイリア王女様のそんな声と共に会場内は大きな歓声に包まれた。
それは、まだまだ未熟だろうけれど、この国に誕生する次の新しい王と王妃の誕生を祝ってくれる声なのだと私は思った。
「……はっ!? な、何だこの歓声は……何があった!?」
「ちょっ!? 何でお姉様があんなに人に囲まれてんのよ!? どういうことなの!」
一方で、薄汚い罵りあいをしていた二人は、会場の歓声を聞いてようやく我に返った。
「新王? 新王妃だと!? ふざけるな! 何を言っている!」
「そうよ! 王妃に相応しいのは私なんだから! お姉様なんかには無理なんだから!」
二人はずっとそう叫んでいたけれど、会場内の招待客達は全く誰も見向きもしなかったという。
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