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8. 決心
しおりを挟むユリウス様がそっと手を伸ばして私の目尻に触れる。
そこは泣き腫らしたせいで涙の跡が残っている気がするわ。
「ここで出てくる言葉が自分の事じゃなく俺の仕事の心配なんだからな……全く……」
「あの……?」
ユリウス様の声が小さくて、聞き取れなかったので起き上がる。
すると、ユリウス様はもう一度優しくギュッと私を抱きしめた。
「っ! あ、あ、あの!?」
「……おまけのサービスだ」
「お、おまけ、ですか!?」
「……そうだよ」
ギュッ……
優しくて温かくて……胸の中がポカポカしてくる。何だか今度はほっこりした気持ちになった。
❋❋❋
「そ、それで、私がこのまま花嫁に……と言うのは本気の話なのですか?」
「もちろん」
ずっとユリウス様の腕の中にいたかったけれど、そうも言ってはいられない。
大事な大事な話をしそびれてしまっている。
ユリウス様がお仕事に行かれる前にハッキリさせたかった。
「……ですが、本当は“ルチア”ではなく“リデル”を……お姉様を求めていた求婚だったのですよね? 私では……」
「ルチアの言いたい事は分かっている」
ユリウス様が目を伏せた。
そうよ。
だって、ユリウス様は“私”ではなくルチアと名乗ったお姉様に求婚していたはずなのよ?
そこで、私はハッと気付く。
まさか……ユリウス様も、なの?
そんな人じゃないと思いたいけれど、ユリウス様も今までの男性達みたいに……私を利用して……と考えている……?
とりあえず、このまま私を花嫁として迎えておいて適当な所で離縁……する、とお考え……とか?
いえ、いくら離縁が女性ほどダメージを受けないにしてもさすがにそれは外聞が悪いわ。
それにお姉様に近付きたいにしてはリスクが大きすぎる!
では何故……?
私は、ふぅ……と小さくため息を吐いた。
モヤモヤしたままでいるのは嫌。
「もしかして、お姉様に近づく為に私を利用しよう……というお考え……ですか?」
「え? 利用……?」
ユリウス様が顔を上げると酷く驚いた顔で私を見た。
私も目の前のユリウス様を見つめる。
彼の今の驚きの中には、かつてお姉様目当てで私に近づいて来た男性達のような打算は感じない。それに顔を上げた時に私と目が合ったけれど、その目はちゃんと“私”を見てくれている気がした。
だけど、ユリウス様は私の質問に非常に申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「ルチア……すまないが……」
「!」
やっぱりこの人は違う! 疑った私の方がバカだったわ。そう思ったのに!
“すまない”?
なんだ、ユリウス様も結局は他の人と同じ考えを────……
「利用とはどういう事だろうか?」
「は、い?」
思っていたのと違う反応が返ってきたので、間抜けな声が出てしまった。
「何故、君の姉に近付くために、わざわざ君を利用? する必要があるんだ?」
「……」
ユリウス様は大真面目な顔をして聞いて来た。
え? これ、本気で聞いてるのかしら? もしかして私が説明しなくてはならないの?
「よく分からないんだが……そんな回りくどい事をして何になるんだ?」
「さ、さぁ……」
「そんな事をしても、本人に誤解されるだけでは無いのか?」
「ま、まぁ……」
「すまないが……俺にはその気持ちがさっぱり分からない!」
「そ、そうですか……」
…………えっと?
よく分からないけれど、ユリウス様の中で私を利用するという気持ちは全く無い……という事でいいのかしら……?
「だいたい、本当に人を利用すると言うのはだな───……って、すまない、何でもない……」
「……?」
ユリウス様は何かを言いかけて、ハッとした様子で口を噤んだ。
何かしら、と思っていたら……
「…………ん? 待てルチア。君の口からそんな言葉が出てくるという事は……」
「え?」
ユリウス様が私の両肩をガシッと掴んだ。
表情が……怖い。まさか、怒ってる? 私が馬鹿な事を聞いたから?
「ご、ごめんなさ───……」
「まさか! ルチアはこれまで、そういった馬鹿な下衆い考えの男共に近寄られたりしていたのか!?」
「…………え?」
私に詰め寄るユリウス様の目は真剣だった。
もしかして、私にではなくお姉様に近づく為に私を利用しようとした男性達に怒っているの?
「そうなんだな?」
「……」
私は無言で頷く。
「なんて事を……はぁ………………馬鹿な奴らだ」
───馬鹿な奴ら?
それはどういう意味かしらと思ったけれど、何となく聞けなかった。
「ルチア……」
「!」
ユリウス様がそっと私の手を握る。
「君には本当にすまない事をしたと思っている」
「……」
「色々、文句も不満も沢山あると思う。いや、あって当然だ。だから、言いたい事は今みたいに遠慮なく言ってくれ」
「……」
「だが、出来ればこのまま俺の花嫁としてルチアにはここにいて欲しい」
「……お姉様ではなく私なんかでいいのですか?」
この聞き返し方はずるいかもと思ったけれど、聞かずにはいられなかった。
そんな意地悪な質問なのにも関わらず、ユリウス様は逃げること無く真っ直ぐ私の目を見て答えた。
「今、俺の目の前にいる君、ルチアがいい。俺は君を花嫁に望む……君を幸せにしたい」
「……っ!」
「だから、ルチアも自分の事を“私なんか”とは言わないでくれ」
「あ……」
こんな事を言ってくれた人は初めてだった。
ユリウス様は私に“初めて”をたくさんくれる。
そして今は、私を幸せにしたい……と言ってくれた。
───この人の事を……その言葉を信じたい。
ユリウス様は、自分だって傷ついてるはずなのに私の事ばかり気遣ってしまう優しい人。
この人の望んだお姉様の代わりにはなれないかもしれないけれど、もっと、この人のそばにいたい。
素直にそう思った。
「…………だ、旦那様」
「えっ!?」
「……どうぞ、よろしくお願いします、旦那様」
「ル、ルチア……!」
私が微笑みながらそう口にすると、ユリウ……旦那様は少し頬を赤く染めて嬉しそうに笑ってくれた。
───この日、間違って求婚された私だったけれど、トゥマサール公爵家のユリウス様の花嫁となった。
✣✣その頃のリデル✣✣
「……どういう事よ! なんでルチアが帰って来ないのよ!!」
もうすぐ昼だというのに、早くて昨日の夜中……遅くとも今朝には帰ってくると思っていたルチアが帰って来ない。
私はイライラしながら部屋の中をグルグルと動き回っていた。
「どういう事よ! ……まさか、花嫁として迎え入れられた? そんなはず……」
私は頭を抱えた。
何故なの? ユリウス様はまさかルチアを私だと思い込んで……?
「有り得ない、そんな事は絶対に有り得ない……だって誰よりも美しいのは私だもの」
あんなのを花嫁に迎えるなんて──……
私は唇を噛む。
「……はっ! そうよ。あんな性格のユリウス様の事だもの、勘違いしてのこのこやって来たルチアに、よくも騙しやがって! と、痛い目をみせてやるつもりなのね……それでまだ屋敷に留めているんだわ」
やだやだ、一瞬本気で公爵家に嫁ぐルチアなんかを想像してしまったわ。有り得ないのに。
私がその結論に達して満足した時だった。
「リデル! 遂に来たぞ!」
「お父様? なんの話しですの?」
お父様が、興奮して部屋に飛び込んで来た。そして、私の前に一通の手紙を見せる。
「なぁに? また、私への求婚? お父様、何度も言ってるけれど私は……」
「王宮からのパーティーの招待状だ」
「……え?」
そ、それは、まさか!
私の手が震える。
「いよいよ時期的にも間違いないだろう! これはおそらく王太子殿下の花嫁候補を集めたパーティーだ、リデル!」
「!」
あぁ! とうとう! 遂に! この時が……!
こうなったら、ルチアなんかに構ってる場合ではないわ! そのうちボロボロになって戻って来るでしょうし? 放っておけばいいわよね?
それよりも今はこっちよ!
当然、妃に選ばれるのは私だと決まっているけれど、最高の私で参加しなくてはね。
「ふふ、ふふふ……」
私は笑いが止まらなかった。
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