【完結】美人な姉と間違って求婚されまして ~望まれない花嫁が愛されて幸せになるまで~

Rohdea

文字の大きさ
9 / 36

9. 新しい生活

しおりを挟む


「……それじゃ、仕事に行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ」

  昼食を終えた旦那様は、これから仕事に行くとの事なので私はお見送りをするために玄関までついてきた。

「……」
「……」

  何だか気恥ずかしくてそれ以上の言葉が出てこない。
  それは旦那様も同じようで、しばらくの間、私達は無言で見つめ合う。

「……あー……コホッ……」
「旦那様?」
「ルチア、何かあったらトーマスに相談するように。彼にはここでルチアを好きなようにのびのび過ごさせるように、と言いつけてあるから」
「私の好きに、ですか?」
「ああ」

  そっか、ここではお姉様の顔色を窺う必要も、お父様やお母様に邪魔だと言われることも……無い?  私が何かしようとする度に咎めてくる使用人もいない……

  そう思うと不思議な気分だった。

「それと、今夜は帰るのが遅くなるかもしれないから夕食は待っていなくていいよ」
「え?  そ……」
「そ?」
「あ、いえ……」

  それは寂しい……!
  そんな言葉が口から飛び出しそうになったので自分自身が驚いてしまった。
  このムズムズする気持ちは何なのかしら?
  
「ルチア……そんな顔しないでくれ」

  旦那様の手がそっと私の頬に触れた。

「……え?」
「そんな顔されると、仕事なんて全て放り出して、このままルチアと過ごしたくなる」
「……!  そ、それは駄目です!  ちゃんと仕事してください!」

  私が慌ててそう口にしたら、旦那様は、ははは!  ルチアらしい、と笑った。
  そのまま行ってくる……ともう一度口にして旦那様は仕事へと向かった。

「…………もう!」

  ムズムズしたりドキドキしたり、何だかずっと気持ちが落ち着かない。

「────若奥様」
「……っ!?  ……トーマスさん?」

  突然、後ろから声をかけられたので振り返るとそこにはトーマスさんが立っていた。
  聞き間違いでなければ“若奥様”と聞こえた。

「あ、あの!  今、私の事」
「はい、これからは若奥様と呼ばせて頂きます」
「奥様……」

  その響きにまたムズムズした。

「若君のあんな顔は初めて見ました」
「あんな顔?」
「頬を染めて照れたり、焦ったり……仕事に行きたくないという言葉は初めて聞きましたな」
「!」

  会話を聞かれていた?  そう思うと一気に恥ずかしくなる。

「若奥様、午後はお好きな事をして過ごして構いません。何か必要なものがあれば遠慮なく申し付け下され」
「……ありがとうございます。早速、一つお願いがあるのですが」
「何でしょうか」
「このお屋敷を案内してくれませんか?  その、広すぎて迷子になりそうなのです……」
「……!」

  私のお願いにトーマスさんは頑張って笑いをこらえていた。


────
  
  
「若奥様……何だか変な感じ……」

  トーマスさんによる、屋敷の案内が終わった私は部屋に戻る。
  分かっていたけれど、公爵家のお屋敷はとんでもない広さだった。

「……結婚」

  旦那様……ユリウス様は優しい。
  私を大切にしようとしてくれるのが伝わって来て嬉しかった。

「今はまだお姉様の事を想っているかもしれないけど……いつかちゃんとした夫婦になれるかしら?」

  その為にはよい妻にならないと!

  そう決心した私は、書庫から借りて来た本を開く。
  自由にしたい事をしてもいい、と言われてもすぐに思いつく事が無かった。
  それならば、一日でも早く旦那様のお役に立てるように勉強しようと思い立ち本を借りてきた。

  けれど。
 
「ポカポカ…………日当たりが良すぎて……眠い……わ」

  気付くと私はうとうとしていて眠りに落ちていた。



❋❋❋



「……なんだ、ユリウス。その締まらない顔はどうした?」
「……は?  締まらない顔?」
「騙されていた……という報告を受けたから、てっきり怒り心頭で不機嫌な様子でやって来ると思ったのだが?」
 
  王宮に着くなり王太子殿下が俺の顔を見てそう言った。

「それで?  代わりに花嫁としてやって来たのは妹だったと言っていたな」
「…………その、代わりに嫁いで来た花嫁が、びっくりするくらい可愛かった」
「は!?」

  俺がつい感じたままの本音の言葉で返すと、殿下は口をあんぐり開けて固まった。
  締まらない顔……
  そうか。俺はそんな顔をしていたのか……
  だが、ルチアの顔を思い浮かべると、自然とこうなってしまうんだ。

「待て。そんなに可愛い……のか?  あれの妹なのだろう?  それなら可愛いと言うよりどちらかと言えば……」
「似てない。それから、殿下も会ったら多分、驚く。俺は驚いた」
「……“スティスラド伯爵家の令嬢”は美貌が売りだそうだぞ?  なのに似ていない?」
「ああ、ルチアは…………」

  俺がありのままに答えると殿下は「何っ!?」とまた目を剥いた。

「しかし……まさか、するとは……驚いたぞ」
「……騙されたからな。あの女は間違いなく“ルチア”と名乗っていたんだ。あと、こうなったのは殿下が急がせたからだぞ?」
「…………分かっていたのは、スティスラド伯爵家の令嬢って事だけだったからな……すまん」

  何であれ、予定は大きく狂ってしまった事は間違いない。
  そもそも、命令とはいえ……なんで俺がこんな事を引き受けねばならなかったのか。
  万が一にもあんな女と本当に結婚する……なんて考えただけでも嫌だ。吐き気がする。

「どうしてくれる?  パーティーの招待状はすでに出してしまっているんだぞ!?」
「今頃手元に届いてはしゃいでいるのでは?  ……喜んでやって来そうですね」

  いや、きっと来るだろう。

「……」

  殿下は心底、嫌そうな顔をする。そんな顔をされてももう遅い。

「残念ながらもう予定通りの事は出来ませんよ?  俺はルチアを妻として迎える事にしましたので」
「は?  ユリウス!?   本気か!?」
「…………そういうわけで、俺は新婚の身となりましたので可愛い妻の元になるべく早く帰りたいですね」 
「おい!」

  殿下が、嘘だろう!?   何故だ!
  という顔をしているが本気だ。俺はルチアを大切にしたい。

「今までのように好き勝手に利用するのはやめてもらいますので」
「いや、待て!  こら!  ユリウス!!」
「……」



  喚く殿下を尻目に俺は溜まっている仕事を片付ける事にした。
  仕事中も頭に浮かぶのは、妻となる事を受け入れてくれたルチアの事ばかり。

  もう、泣いていないだろうか?
  笑顔で過ごしてくれていれば良いのだが。
  なんと言ってもルチアのあの笑顔は…………

「……ふぅ、こんなにも仕事に集中出来ないのは初めてだ……ルチア……」

  ───俺は、ルチアへと抱く自分の感情に驚きと戸惑い……そして温かいものを感じていた。


しおりを挟む
感想 313

あなたにおすすめの小説

メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です

有沢楓花
恋愛
エセル・エヴァット男爵令嬢は、二つの意味で名が知られている。 ひとつめは、金遣いの荒い実家から追い出された可哀想な令嬢として。ふたつめは、何でも綺麗にしてしまう凄腕メイドとして。 高給を求めるエセルの次の職場は、郊外にある老伯爵の汚屋敷。 モノに溢れる家の終活を手伝って欲しいとの依頼だが――彼の偉大な魔法使いのご先祖様が残した、屋敷のガラクタは一筋縄ではいかないものばかり。 高価な絵画は勝手に話し出し、鎧はくすぐったがって身よじるし……ご先祖様の石像は、エセルに求婚までしてくるのだ。 「毎日磨いてくれてありがとう。結婚してほしい」 「石像と結婚できません。それに伯爵は、あなたを魔法資源局の粗大ゴミに申し込み済みです」 そんな時、エセルを後妻に貰いにきた、という男たちが現れて連れ去ろうとし……。 ――かつての救国の英雄は、埃まみれでひとりぼっちなのでした。 この作品は他サイトにも掲載しています。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます

珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。 そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。 そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。 ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。

【完結】教会で暮らす事になった伯爵令嬢は思いのほか長く滞在するが、幸せを掴みました。

まりぃべる
恋愛
ルクレツィア=コラユータは、伯爵家の一人娘。七歳の時に母にお使いを頼まれて王都の町はずれの教会を訪れ、そのままそこで育った。 理由は、お家騒動のための避難措置である。 八年が経ち、まもなく成人するルクレツィアは運命の岐路に立たされる。 ★違う作品「手の届かない桃色の果実と言われた少女は、廃れた場所を住処とさせられました」での登場人物が出てきます。が、それを読んでいなくても分かる話となっています。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていても、違うところが多々あります。 ☆現実世界にも似たような名前や地域名がありますが、全く関係ありません。 ☆植物の効能など、現実世界とは近いけれども異なる場合がありますがまりぃべるの世界観ですので、そこのところご理解いただいた上で読んでいただけると幸いです。

【完結】【番外編追加】お迎えに来てくれた当日にいなくなったお姉様の代わりに嫁ぎます!

まりぃべる
恋愛
私、アリーシャ。 お姉様は、隣国の大国に輿入れ予定でした。 それは、二年前から決まり、準備を着々としてきた。 和平の象徴として、その意味を理解されていたと思っていたのに。 『私、レナードと生活するわ。あとはお願いね!』 そんな置き手紙だけを残して、姉は消えた。 そんな…! ☆★ 書き終わってますので、随時更新していきます。全35話です。 国の名前など、有名な名前(単語)だったと後から気付いたのですが、素敵な響きですのでそのまま使います。現実世界とは全く関係ありません。いつも思いつきで名前を決めてしまいますので…。 読んでいただけたら嬉しいです。

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

姉の厄介さは叔母譲りでしたが、嘘のようにあっさりと私の人生からいなくなりました

珠宮さくら
恋愛
イヴォンヌ・ロカンクールは、自分宛てに届いたものを勝手に開けてしまう姉に悩まされていた。 それも、イヴォンヌの婚約者からの贈り物で、それを阻止しようとする使用人たちが悪戦苦闘しているのを心配して、諦めるしかなくなっていた。 それが日常となってしまい、イヴォンヌの心が疲弊していく一方となっていたところで、そこから目まぐるしく変化していくとは思いもしなかった。

【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

buchi
恋愛
ポーシャは、平民の特待生として貴族の学園に入学したが、容貌もパッとしなければ魔力もなさそうと蔑視の対象に。それなのに、入学早々、第二王子のルーカス殿下はポーシャのことを婚約者と呼んで付きまとう。デロ甘・辛辣・溺愛・鈍感コメディ(?)。殿下の一方通行がかわいそう。ポジティブで金儲けに熱心なポーシャは、殿下を無視して自分の道を突き進む。がんばれ、殿下! がんばれ、ポーシャ? 

処理中です...