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14. 許せない人達 (ユリウス視点)
しおりを挟む「ルチア……」
……ルチアは、怯えるようにして逃げ帰ったあの男の姿を不思議そうな顔をして見ていた。
俺たちの会話は聞こえていなかったらしい。塞いだ耳の押さえが甘く多少の声を拾っていたとしても全部ではないだろう。
何より想像以上に下衆な話で怒りが抑えられなかった。
あんな酷い話、ルチアには聞かせたくない。
「……」
俺は愛しいルチアを胸に抱きながら、あの女に怒りを覚える。
ルチアの姉───リデル。
いったい、どこまでルチアを貶めるつもりなのか。
ルチアは俺の花嫁になったのだから、これまであの女が牽制してきた他の令嬢達のように、自分が虎視眈々と狙う王太子妃の座を脅かす存在というわけでもない。
なのに、わざわざ過去の見合い相手(だと思う)に、ルチアを傷付ければ求婚を前向きに検討する……なんて守る気もない嘘をついてまで陥れようとする理由はなんなんだ!
「あの、旦那様……」
「うん、どうした?」
「先程の方は、前に……その、お父様が私に持って来ていた縁談でお会いした方なのです」
「うん」
やっぱりお見合い相手だったのか。
あの様子だと男は、どこかでリデルに会って本性も見抜けずにコロッと靡いたのだろうな。
それで見合いは破談……か。
「……」
その事で上手く話が進まなかったから、今、俺がルチアの隣にいられる……
そう思うと気持ちは少し複雑ではあるが、きっとルチアはたくさん傷付いたはずだ。
やはり、あいつは許せない。
そんな事をしておいて、今日のこの態度! ルチアの事なんてまるで考えていないじゃないか!
「彼は何で今ごろ、私に声をかけて来たのでしょう……」
「ああ……」
「……それに、何だか目線がとっても気持ち悪かったです」
「ルチア……」
可愛いルチアの顔が曇ってしまう。
せっかくのデートだったのに……あの男のせいでぶち壊されてしまった。
「大丈夫だ。あの男は二度とルチアの前には現れないようにきつく言っておいたから」
「旦那様が?」
「ああ」
「そうなんですね、ありがとうございます」
俺がそう告げると、ようやくルチアがホッとした顔で微笑んだ。
「……ルチア、どうする? 今日はもう帰るか?」
「……あ、」
俺の質問にルチアが何か言いたそうな顔をする。
だが、躊躇ったのもほんの少しの間で、ルチアはすぐに決心したように言った。
「旦那様が迷惑でなければ、もう少し……デートしたい……です」
「……!」
「もう少し……こうして一緒にいたいです」
「ルチア……!」
頬をほんのり赤く染めて、照れ臭そうにそう口にするルチアが可愛すぎて俺の頭がクラクラした。
❋❋❋❋
「それで、可愛い妻を思う存分愛でたくなって、一緒に甘い物を食べに行ったらお前も食べすぎた、と。胸焼けしたがとても幸せな胸焼けだった、と」
「はい」
殿下が呆れた顔で俺を見てくる。
翌日、休み明けで仕事に向かうと、殿下がデートはどうだったのかと根掘り葉掘り聞いてきた。
リデル絡みの件は、後でまとめて報告するので、とにかくルチアの可愛かった所だけを掻い摘んで話したら、最初は「そうか、そうか」と嬉しそうに聞いていた殿下がだんだん苦い表情に変わっていく。
「聞いてるだけでこっちが胸焼けがしそうな話だな。口の中が甘くてしょうがない」
「……そうですかね?」
あの後、何か食べたい物はあるか? と聞いた俺にルチアは恥ずかしそうに「甘い物を……」と答えた。
ルチアらしくて可愛いなと思っていたら……
『……たまに参加したパーティーや夜会でしか口にする事が無かったので……一度でいいからいっぱい食べてみたかったんです……駄目ですか?』
───駄目なわけないだろう!
こんな言葉を聞かされたので、一度と言わず、これからは何度でも連れていかねば! と決意し、お土産に街中のお菓子やケーキを全て買い占めてルチアに贈りたくなる衝動に駆られた。(一応思いとどまった)
『旦那様! これ甘くてとっても美味しいです!』
と、お店でケーキを頬張りながら、最高に可愛い笑顔を見せてくれたルチア……を思い出してしまい、頬が緩みそうになるが今はとにかく報告をしなくては。
油断するとすぐに緩みそうになる頬に気合いを入れる。
「……スティスラド伯爵夫妻は、とにかく姉のリデルを可愛がって妹のルチアの事は蔑ろにしていたのは間違いないですね」
俺はトーマスが調べた報告書を殿下に渡しながら説明する。
「……親がそんなだから、勘違い女が出来上がるんだろう」
殿下は大きなため息を吐く。
「リデルは、甘え上手な性格で何より夫人とそっくり。周囲もかなり彼女をチヤホヤして可愛いがり甘やかされて育ったようですよ」
「最悪なパターンだな」
「成長し、美しさがプラスされると“それだけ美しければ王太子妃も夢では無いのでは?”と周囲に言われるようになって、リデルは王太子妃になる事を本気で夢見るようになったそうで」
「……夢見るだけで終わっていれば良かったものを……! 誰だ余計な事を口にした奴は!」
殿下が頭を抱える。
「両親は基本的に妹のルチアには無関心、しかし、姉のリデルだけはあの手この手でルチアを陥れようと画策し様々な事をルチアに実行していたようですね……」
俺はトーマスの調べて来た報告書を読んで今すぐリデルを殴りに行きたいと思った。
ルチアの縁談を潰したのも一度や二度では無いだろう。
そんな報告書と昨日のルチアの元お見合い相手の件も殿下に報告する。
「……なぁ、ユリウス。こういう勘違い女が一番痛手を受けて悔しがるのはどういう時だろうか?」
「これまでチヤホヤされて来たのなら、大勢の前で辱められる事じゃないですか? あれだけ自分の美貌に自信を持っているのだから、醜い本性を皆に知られてしまうのはかなりの屈辱でしょう」
「……そうなると」
「はい。今度のパーティーで分からせるしかないでしょう」
結論は一つだった。
❋❋❋
殿下に諸々の報告を終え、仕事も片付いたので帰る準備をする。
少しだけいつもより早く帰れそうなので、ルチアに何かお土産にお菓子でも買って帰るか……
などと考えていたら、執務室の扉がノックされ俺の側近が困った顔をして戻って来た。
「ユリウス様に会いたいと言っている者がおりまして」
「俺に? 誰だ?」
こんな時間に? いったい誰が───……
「……若奥様の……父君……スティスラド伯爵です」
「は?」
聞き間違えたかと思った。
だが、何度聞いても側近は“スティスラド伯爵”だと言った。
「───それで、わざわざこんな時間に何の用でしょうか?」
「……そ、それが……お、お願いがありまして……」
腐っていても愛するルチアの父親だ。
俺は仕方なく部屋に伯爵を招き入れる。
しかし、俺の機嫌が悪い事を感じ取ったのか、スティスラド伯爵は俺の顔を一目見るなり脅えだした。
「お願い? ルチアに関する事で何かありましたか?」
「い、いえ……ルチアの事は特に……」
「……」
その言葉にますますイラッとする。
この男は、娘は元気でやっているか? と聞く事すらしないのか。どこまで無関心なんだ!?
そんな義理の父親とも呼びたくもないこの男は、突然俺に土下座する勢いで頭を下げ……そして、こう言った。
「ユリウス殿! 金を……少しでいいので金を貸してくれないだろうか!?」
───と。
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