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19. 私の我儘
しおりを挟む「ルチア、大丈夫?」
お姉様が帰った後、放心状態でソファに座っている私に旦那様が優しく声をかけてくれて、そのまま隣に腰を下ろす。
「だ、大丈夫です!」
自覚してしまった恋心がジワジワと胸の中に広がっていく。
そのせいで、途中から何だか恥ずかしくなってしまい顔をあげていられなかった。
だから、嘘泣きを終えた後のお姉様の様子は私の中でぼんやりしている。
「本当に? でも、顔が赤いよ?」
「そ、それは……!」
「……! まさか、熱でもあるんじゃ……」
そう言って旦那様は、素早い動作で私の前髪をそっと除けるとそのままコツンと額を合わせてきた。
「……っ!?」
───近っ!!
旦那様の顔のドアップに息が止まりそうになる。
と、同時に心臓が今までにないくらいバクバク鳴り始めた。口から飛び出そう!
「うーん……ちょっと熱い……かな?」
「~~っっ!!」
「……って、ん? ルチア!? さっきよりすごい顔が真っ赤になっている!」
旦那様のドアップに耐えきれなくなった私の目がグルグル回る。
好きだと自覚したばかりの人の顔(しかも、かっこいい!)をこんな間近で見て平常心でいられるはずがない!
私はフラっと倒れ込む。
「ルチア……! 大丈夫か?」
「…………です……」
「ルチア!?」
支えてくれた旦那様の心配する声が聞こえる。
旦那様のせいです……
という言葉は声にならなかった。
────
──
───夢を見た。
まだ、子供だったの頃の夢。
私以外の皆───お父様とお母様とお兄様とお姉様が楽しそうに笑っている。
中心にいるのはやっぱりお姉様。
『リデルは何を着せても可愛いな』
『ふふ、ありがとう!』
お父様が鼻の下を伸ばしながらお姉様に向かってそう褒めると、お姉様も嬉しそうに満面の笑みで答えている。
『こっちのドレスも、似合うんじゃないかしら?』
『僕はこっちも可愛いと思う』
お母様やお兄様もそれに続く。
今度、子供たちを集めたお茶会があると言っていたから、その為のドレスを選んでいるみたいだった。
(いいなぁ……)
私は新しいドレスなんて買って貰った事が無い。
私が持っているドレスは全部お姉様のお下がり。新しいドレスを買って貰えるお姉様が羨ましくて仕方が無かった。
『あら? ルチア、どうかしたの?』
『え……あ……』
羨ましい目で見ていた事がお姉様に気付かれてしまった。
『お父様、お母様、ルチアが何か言いたい事があるみたい! 聞いてあげましょ?』
お姉様に言われてお父様とお母様が私に視線を向ける。
私は勇気を振り絞って声にしてみた。
『あ……のね、私も、お姉様みたいなドレス……欲しい』
そんな私に向けて返ってきた言葉は……
『え? リデルのお下がりで充分でしょう? 何が不満なの?』
『そうだぞ! 我儘言うな!』
『わ、我儘……?』
たった一着でもいい。自分の為だけに選んでもらったドレスが欲しかっただけなのに。
我儘だと一蹴された。
『酷いわ……ルチア……そんなに私のドレスは気に入らなかったのね? くすん……もう、あげたくないわ』
『え、お姉様……違っ……』
そこでお姉様が泣き出してしまい、私は皆に冷たい目で見られた。
私が何かを欲しがる事は“我儘”なんだと知った。
じゃあ、“我儘”言わなかったら私にもお姉様みたいに笑ってくれるのかな?
頭を撫でて抱きしめてくれるのかな?
“我儘”を言わない“いい子”になったなら、きっと────……
────
──
「…………っ!」
ハッと目が覚める。私はベッドに寝かされていた。
「…………ルチア?」
旦那様がベッドの脇で心配そうな顔をしながら私を見ていた。
もう、この光景は何回目かしら?
「旦那様……」
「覚えてる? ルチア、目を回して倒れちゃったんだよ」
「あ……」
そうだった!
旦那様の顔がとても近くてドキドキし過ぎて───
「やっぱり、あのおん……リデル嬢にはもっと早く帰ってもらうべきだった、ごめん」
旦那様が私の手を取り、優しく握りながらそう話す。
「いえ、お姉様の事は……大丈夫です」
「ルチア……?」
「……旦那様が……私の事を信じてくれましたから」
「え?」
「それだけで充分なのです。ありがとうございます、旦那様」
私がそう言ったら旦那様は柔らかく笑ってくれた。
私は旦那様のこの笑顔が好き。
「……ルチアは本当に……」
「?」
旦那様が苦笑しながら優しく私の頭を撫でてくれる。
この手も好き。
そう思ったら自然と口にしていた。
「私、これからも……旦那様とずっと一緒にいたいです……」
「ルチア?」
旦那様が不思議そうな顔して私を見る。その顔を見てハッとした。
これは“我儘”なのかな?
望まれた花嫁じゃなかったくせに、ずっと一緒にいたいと口にする事は“我儘”?
だから、そんな顔をするの?
「ルチア」
「……は、い」
旦那様がそっと私を起こすとそのまま優しく抱きしめてくれた。
「当然だろう? ルチアは俺の可愛い可愛い奥さんなんだから。これからもずっと一緒だ」
「……」
「可愛すぎてルチアのお願いは何でも聞きたくなっちゃうなぁ」
私の耳元で旦那様はそんな事を言う。
「そ、そんな事を言ったら、と、とんでもない我儘……を言うかもしれません……よ?」
「ルチアが我儘を?」
「そう、です……我儘です」
旦那様が少し身体を離して私の顔をじっと見る。
そしてすぐに、嬉しそうに笑った。
「ルチアの我儘なら喜んで!」
「え!」
「え?」
思っていた反応と違って驚いた私の声が裏返った。そして旦那様も驚いて何故か、お互いにきょとんと見つめ合う。
「わ、我儘ですよ?」
「ああ」
「嫌……じゃないのですか?」
「まさか!」
まさか?
そんな返答が来るなんて……
「だってそうだろう? 可愛い妻の我儘を叶えてみせることが俺の役目なんだから」
「旦那様……」
「だから」
旦那様は私の頬を両手で掴み、顔をそっと上を向かせる。
私の事を真っ直ぐ見てくれる真剣な瞳と目が合った。
「ルチアは、もっと俺に我儘を言ってもいいんだよ」
「……!」
「俺は決してルチアを嫌ったりしないから」
「あ……」
どうしてこの方は……
旦那様はいつも私の欲しい言葉をくれるの?
「ルチア……何か俺に言いたい“我儘”ある?」
「……」
「遠慮しないで?」
「……ほ、本当に……言ってもいいのですか?」
私がおそるおそる聞き返すと、旦那様は「もちろん!」と笑った。
「…………それなら、一つだけ」
「うん」
私は、ギュッと目をつぶり、自分自身に気合を入れながら言った。
「こ、こ、今夜! 私と一緒に寝て下さい!!」
「!?」
ズリッと旦那様がベッドから落ちる気配がしたような気がした。
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