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27. 愚かな人達
しおりを挟む───悪夢。
そうだった。私はずっとずっと……出口の見えない闇の中にいるみたいだった。
抱きしめてももらえない、頭を撫でてももらえない、手を伸ばしても冷たく跳ね除けられ……
家族と過ごして楽しかった思い出なんて一つもない。
「……ルチア。俺は家にやって来たのが“ルチア”だと分かってから、君の事……“ルチア”について調べていた」
「え? あ……そう、ですよね……」
旦那様に言われて気付く。
お姉様の事を好きでは無かったと言っても、何らかの事情で迎える事にしてやって来た“ルチア・スティスラド伯爵令嬢”が違っていたのだから、旦那様が私の事を調べるのも当然。
「…………調べて分かったのはルチアが伯爵家では“ひとりぼっち”だという事だった」
「はい……」
「そして、いつもルチアを除け者にする際の中心にいたのが……姉のリデルだ。調べた所によると、リデルはかなり幼い頃から誰かがルチアに構おうとするのを極端に嫌がっていたそうだ」
「……」
「最初は下の妹に親を取られたくない……そんな幼い子供の思いからだったのかもしれない…………だが」
旦那様はそこで言葉を切ったけれど、言いたい事は分かる。
お姉様の行動は成長するにつれてどんどん酷くなっていったから……
更に家族だけじゃない……使用人までをも巻き込んで徹底的に私を追い込んだ。
──
「……ルチア! これはどういう事だ! 何故、リデルが王太子殿下に責められているんだ!」
「私達が目を離した隙にどうしてこんな……ルチア! お前が殿下に何かしたのでしょう? それで、リデルがお前の代わりに責められているのね!?」
お父様とお母様が怒鳴りながら私に詰め寄ってくる。
──どうして、この人達はいつだってリデル、リデル……
お姉様がした悪い事は全て私のせいになり、私がした褒められるべき事はお姉様の手柄になる。
昔からそう。
「ルチア! 聞いているのか! 何とか言ったらどうなんだ!!」
「そうよ! 早く殿下を止めなさいよ! リデルが可哀想でしょう? あなたそれでも妹なの?」
勝手な事を言うお父様とお母様。
そして黙りを決め込むお兄様。
お兄様はわざわざ両親を呼びに行ったのだから、おそらくお姉様が殿下に追い詰められている所を見ていたはずなのに、この人はこの期に及んでも何も言わない。
「ルチア!」
「────触らないで!!」
───パシッ
お父様が私の腕を掴もうと手を伸ばして来たので、私はそれを思いっきり払い除けた。
「……ル、ルチア? お、前……」
「…………妹? こんな時だけ家族ですって? ふざけないで!」
お父様が唖然とした表情で私の事を見る。
払い除けられた手が虚しく宙をさまよっていた。
「い、今……手を払……」
おそらく、これまで私がこんな風に反抗した事が無かったからかなり驚いている。
でも、もう私も止まれない!
「もういい加減にして! リデル、リデル、リデル……そんなにお姉様の事が大切ならお父様が自分で助けに行けばいいじゃない!」
「なっ……」
お父様の顔から汗がたらりと流れる。
表情が強ばったのは、きっと王太子殿下に逆らう事を恐れたから。
「……もしかして私には、行けと言うくせに自分は怖くて行けないとでも言うの? お父様?」
「ぐっ……」
お父様は悔しそうに声を詰まらせた。図星なのだと思う。
お父様では話にならない。次に私はチラッとお母様の方を見た。
「お父様が無理ならお母様がどうぞ?」
「……ひぃっ」
お母様は小さな悲鳴をあげると私からスっと目を逸らした。
結局はお母様もお父様と同じ。自分では動こうとしない。怖くて動けない。
そしてお兄様は───……俺に触れないでくれ、そんな顔をしていた。
「お姉様が今、殿下に責められているのは自業自得です。これまで私や多くの令嬢に好き勝手な事をして来たツケが回って来ただけです!」
「バッ……う、嘘を言うな! リデルが何をしたと……」
「そうよ! リデルはそんな事をする子じゃ……」
それでも二人は必死に否定しようとする。
本当にこの人達の目には何が見えているの? と、悲しくなる。
「お兄様は話を聞いていたのでは無いのですか? お父様達に説明してあげてください!」
「……」
お兄様は答えない。この人はこんな時まで……!
何も言われない事にお父様はホッとしたのか、まるで私の方が悪者であるかのように小馬鹿にするような目で見ながら言った。
「ほ、ほら見ろ! やっぱりルチアのでまかせ──……」
「そう思いたければ思えばいいわ! でも、この公の場でお姉様は王太子殿下を怒らせた。これは紛れもない事実よ。確実にスティスラド伯爵家は王家からお咎めを受けるでしょうね!」
「……!?」
お咎め……その言葉にお父様とお母様がまさか……と顔を見合わせる。
「は、ははは! だが、わ、我が家がお咎めを受けると言うなら、ルチアお前も───」
「──お言葉ですが。ルチアは俺の妻ですよ? もう我がトゥマサール公爵家の人間です。残念ながら罰を受けるのはあなた方だけでしょうね。俺の大事な妻を巻き込まないでもらいましょうか?」
旦那様が私の肩に腕を回して抱き寄せながらそう宣言した。
「……っ! ま、まさか……本当に……リデル……」
旦那様のその言葉を聞いたお父様の顔が真っ青になる。
お母様もガタガタ身体を震わせて「罰? そんなの嫌よ……嫌……」と首を振っている。
さすがのお兄様も顔色を変えていた。
「……ルチア、大丈夫?」
旦那様が心配そうな顔で私の顔を覗き込む。
「大丈夫です……でも、少しスッキリしました」
私がそう答えると安心したように笑ってくれた。
「俺が助けようとする前に、ルチア自らが向かっていったから驚いた」
「……もう、言いたい事も言えずに、下ばかり向いているのは嫌だったんです」
「ルチア……」
旦那様がそのままそっと私を抱き寄せる。
もう、ここが私がこれから生きていく場所───
「……くっ! いや待て! ユリウス殿! リデルは貴殿とルチアが上手くいっていないような事を言っていた! ルチアと離縁したがっていて……リデルを望んでいるようだ、とも!」
諦めの悪いお父様が旦那様に食らいつく。なんてしつこいの。
旦那様は鼻で笑った。
「とんだ大嘘つきですね。俺が愛しているのは、ここにいるルチアだと先程も皆の前で宣言させていただきましたが?」
「……そ、そんな……リデル……」
お父様は旦那様の勢いに押されて、屈辱のせいか顔を真っ赤にして震えていた。
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