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26. 王太子殿下は追い詰める
しおりを挟む王太子殿下の登場にお姉様は完全にパニックに陥っていた。
「あ……う、そ……何で……」
お姉様がこの世の終わりみたいな顔になった。
こんな顔は初めて見た気がする───
これまで、幾度となく“私は王太子妃になる人間よ”と、当然のように言い続けていたお姉様。
本人の語るその理由はただただ“美しいから”
昔からそれだけで? と、疑問に思っていたけれど、自分が未来の“公爵夫人”に立つ立場になったらよく分かる。
“美しいから”そんな理由だけでなれるものなんかじゃない!
「旦那様……」
「ルチア?」
私が思わず旦那様にしがみつくと、旦那様は優しく笑って頭を撫でてくれた。
その目は“大丈夫だよ”そう言ってくれているのが伝わって来た。
一人じゃない、旦那様がいてくれる。それだけでもう心が強く持てる。
「……スティスラド伯爵令嬢、逆に聞きたいけれど……せっかくのパーティーで、ここまでの騒ぎにしておいて私が出て来ないとでも思っていたのかい?」
「……そっ! それ、は」
お姉様の声ガタガタ震えている。
「それから、ずっと聞きたかったのだけどね。何故か君は昔から周囲に自分の事を“未来の王太子妃”だと言っているそうだね? いったいその話はどこから来たのだろう?」
「……知っ……!」
「不思議だよね? これまで君とまともに話をした記憶は無いし、私は何かを表明した記憶も無いのだけど?」
「あ……う……」
「何か勘違いさせるような行動をとった事もないはずなのだけど?」
「……う」
王太子殿下は笑顔でお姉様を追い詰めていく。
さっき、挨拶した時の殿下とはまるで別人のよう……
「うーん……知ってはいたけど……相当、怒っているなぁ」
「旦那様?」
そんな王太子殿下を見ながら旦那様がポツリと言った。
「ルチアはあの女……リデルが、これまで殿下の婚約者候補の令嬢に何をして来たか知っている?」
「婚約者候補の方々に、ですか?」
「そうだよ」
そうして初めて聞かされるお姉様の話。
知らなかった……!
お姉様の口癖とも言える“王太子妃になるのは私”は、家族や私の前だけで言っていたわけじゃなかったんだ!
「殿下からすれば勝手に未来の花嫁候補を潰されたわけだからね。それもかなりの人数……」
「お姉様……」
私がそんな事実に驚いている間にも、王太子殿下はお姉様への追求の手を緩めない。
「と、まぁ、どうやら君の頭の中だけにあるらしい満開の花畑理論……はともかくとして……周りを見てご覧?」
「……え?」
そう言われてお姉様は、辺りを見回す。
そして、そこでようやく今、自分に向けられている視線に気付いたお姉様。
それは、お姉様がこれまで多くの人に向けられて来たであろう視線とは違う種類の視線。
それを肌で感じとったお姉様は、必死に足掻こうとする。
「……ち! 違うのです! こ、これは……これは……そうです、私はルチアに……ルチアに嵌められて!」
お姉様は目に涙を浮かべるとお得意の、私を蔑みながらの“可哀想な自分”を演じようとした。
これまで、数々の人を騙して来たお姉様の涙。
けれど、王太子殿下はそんなお姉様の涙も一蹴する。
「……あー、えっと何だっけ? その嘘の泣き落とし? は見苦しいから止めてくれないかな?
ヒクッ
という音が聞こえそうなくらいの驚いた顔でお姉様が固まった。
「う、嘘の……泣き落とし……?」
「そう。君はいつだってその“泣き落とし”で周囲を騙して来たのだろう?」
「だ、騙す!? ……い、嫌ですわ! な、なんの話ですの?」
お姉様は表情が固まったまま、必死に誤魔化そうとするけれど、もう遅い! 殿下の目がそう語っていた。
「……うーん、見苦しくも言い訳をしようとする今の君の姿を見て、ショックを受けている者達が目に入らないのかな?」
「え!」
殿下のその言葉でお姉様は再び辺りを見回す。
知っている顔を見つけたのか、その人達から向けられる冷たい視線や軽蔑の眼差しにグッと唇を噛んだ。
そんなお姉様を見て王太子殿下は、はぁ、とため息を一つ吐きながら続ける。
「ところでさっき、君には“王太子妃”になる資格はないと言ったのを覚えているかな?」
その言葉にハッとするお姉様。
「そ、そうですわ! ど、どういう事なのですか! 私はあなたの花嫁になる事だけを考えてずっとずっと殿下一筋で……」
「みたいだけどね……だが、それなら何をしてもいいと言うのかい?」
「……え?」
お姉様の表情が再び固まる。
「それなら、天…………妹を陥れて孤立させても構わないと?」
「……なっ!」
「私の婚約者候補の令嬢達を汚い手を使って蹴落としても構わないと?」
「……っっ!」
「スティスラド伯爵令嬢、君はこんなに派手な仕打ちを他人にしておいて、何も調べられないとでも思っていたのかい?」
お姉様はきっと深く考えてはいなかった。
誰からも褒められるその“美貌”で都合の悪い事はどうにでもなる!
そう思っていた。
「───そんなの! この“美しい私”なら……」
「君は醜い」
王太子殿下はお姉様の言葉を遮ってハッキリと言った。
「外見じゃない。容姿だけなら君は綺麗なのだろう…………もっと綺麗な人が世の中にはいるけどね」
「……もっと? 誰の事です!?」
「……」
お姉様は“自分より綺麗な人”という言葉に反応したけれど、殿下は答えず、そのまま続けた。
「心が醜い。そして、その醜い心が顔にまで現れているよ。そんな君が王太子妃に選ばれる? それだけは有り得ない。陰湿な行動ばかりしている君にその資格は初めから無い!」
「……っっ」
追い詰められたお姉様が、言葉を失ったその時、
「待ってくれ! ──こ、これは、何事だ!? リ、リデル……!」
「どうして皆で寄って集ってリデルを攻撃しているの!?」
「……」
そう叫びながらお姉様の元に駆け寄っていくお父様達。
お姉様をエスコートしていたはずのお兄様の姿が見えないと思ったら、両親を呼びに行っていたのかとようやく理解した。
そんな会場の真ん中に堂々と現れたスティスラド伯爵家の面々を見て旦那様が言った。
「……ああ、揃ったな、良かったよ。探すのが面倒だと思っていたんだ」
「旦那様?」
ニコッと微笑んだ旦那様がそっと私を抱き寄せる。
「ルチア、俺はルチアの事が大事だから、姉のリデルだけじゃない……ずっとルチアを苦しめて来た奴らがのうのうと暮らしているのが許せないんだ」
「……!」
「だから、一緒に長かった悪夢を終わらせよう? ルチア」
そう言って旦那様は私に手を差し伸べた。
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