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25. 旦那様の愛と悪足掻きするお姉様
しおりを挟む旦那様の叫び……に、 私は耳を疑った。
もしくは、盛大な聞き間違いをしたのかと思った。
私を……好き?
「えっと……旦那様……?」
私はおそるおそる旦那様を見上げる。
私の事を好きで愛してる? …………お姉様の事は一度だって好きだった事は……無い?
目が合った旦那様は申し訳なさそうな顔をした。
「これまでごめん、ルチア。たくさん君を悩ませたと思う……」
「……旦那、様」
旦那様の手がそっと私の頬に触れる。
いつもと変わらない優しい手。私の大好きな手。
そして、やっぱりいつもと変わらない優しい目で私を見ている。
この手もこの目も……?
「あの日の“ルチア・スティスラド伯爵令嬢”への求婚については……改めてじっくり説明させて貰いたい。だけど、ルチア……俺は君が好きだ」
「好き……私、を?」
頭の中が追いつかず、どこか呆然とした様子で聞き返す私に旦那様は優しく微笑む。
その笑顔に胸がキュンとした。
「ああ、大好きだ。ルチアの事を“可愛い妻”だと周囲に触れ回っているのも、嘘なんかじゃない、全部全部俺の本心だ。俺はもうずっとルチアの事が可愛いくて可愛くて仕方がないんだ」
「だん…………ユリウス様」
「ルチア」
──チュッ
旦那様が顔を近付けて私の額にそっとキスを落とす。
「……愛してるよ、ルチア」
「…………!」
ポロッと私の目から涙が溢れた。
“愛してる”
その言葉の響きがこんなにも嬉しいものだなんて…………知らなかった。
「……知らなかった……です」
「ルチア?」
「……“愛”って……こ、こんなにも温かい……」
「ルチア……」
ポロポロと涙を流す私を、旦那様が優しく目元を拭ってくれる。
ちょっとお化粧が落ちてしまったかもしれない。
「せっかく天使のように美しかったのにな……」
「……天使って私の事、だったのですか?」
「そうだよ、ルチアはいつだって天使のように美しくて……綺麗だ。あぁ、泣いていてもそれは変わらないな」
「……」
大袈裟ですよ、そう言いたいのに声が出ない。
何だか胸の中が、ホワホワして……あぁ、そうだわ。私、私の気持ちも伝えなくちゃ! そう思った。
私も旦那様……ユリウス様の事が大好きです! って。
“求婚の事情”とやらも気にならないわけではないけれど、旦那様の事だもの。きっと何か事情があったに違いない。そして絶対に嘘は言っていない。
……私は旦那様を信じるわ!
「だん……」
私が自分の気持ちを伝えようと口を開こうとした時だった。
「ふっ……ふふ」
「「?」」
目の前のお姉様から、不気味な声が聞こえて来た。
下を向いているのでその表情はよく見えない。それがより一層、不気味さを増していた。
「や、やぁだ、もう! 突然、何を言っているのかと思えば~……ふ、ふふ……」
お姉様は顔を上げると愉快そうに笑い出した。
「私の事は好きじゃなかったですって? そんなはずないじゃない。もう、冗談はやめてくださいな? ユリウス様ったら嫁いで来たのが“お目当ての私”じゃなかったからヤケになってそう言っているだけなのでしょう?」
クスクスとお姉様は笑い続ける。
「ふふ……これは、あれよね? ルチアの事をダシにして遠回りな私へのアプローチなのでしょう?」
「……は?」
この期に及んでお姉様は、まだ旦那様の気持ちが自分にあると思っているみたいな発言をする。
「ですが、私はユリウス様の気持ちには答えられないですし、もちろん次の公爵夫人にもなれ……」
「当たり前だ。公爵夫人になるのはルチアだ」
旦那様はキッパリとした口調でお姉様を睨みながらそう言う。
「すでにルチアには公爵夫人の“証”を贈ってある。これは父上……現当主も認めた事だ。誰がなんと言うと、俺の愛する花嫁はここにいる“ルチア”だ」
「……な!」
旦那様が私の指にはまっている公爵家の指輪をお姉様に見せる。
「ほ、本物!?」
「当然だろう! この指輪をはめている女性がいるのに、他の女性にアプローチなどするはずがない! 夢を見るのもいい加減にしろ!」
お姉様が大きく目を見開いたまま、“嘘でしょう?”といった顔で私を凝視している。
やがてその表情は怒りへと変わっていく。
「ル、ルチアなんかの……こんな子のどこがいいと言うの!? こんなにも美しい私の! 足元にも及ばないようなこんな子を!」
「……」
「何を言っている? ルチアは見た目だけのお前と違って、全てが美しいじゃないか」
「なっ!」
「ルチア美しさの足元にも及ばないのは君の方だ! スティスラド伯爵家の令嬢リデル!!」
「な、な……」
旦那様のその言葉はお姉様の逆鱗に触れたらしい。
お姉様はここまでは、まだ“美貌が自慢”のスティスラド伯爵令嬢リデルをギリギリ保っていたけれど、旦那様のこの言葉で様子が一変する。
「ふざけないでよ! そんなわけないでしょう! どこからどう見ても美しいのは私! ルチアじゃないわ!!」
「……ここまで来るとある意味、洗脳だな……」
旦那様は盛大にため息を吐くと呆れたように呟く。
「どういう事ですか?」
私が聞き返すと旦那様が優しく笑う。
お姉様へと向けていた目とは大きく違う。
「もう、これは“自分は美しい”“ルチアは自分より劣っている”そんな思い込みだけで生きている。自分の事もルチアの事も客観的に見る事が全く出来ていない」
「……」
確かにその通りだと思った。
「いいこと? 私はね? この誰もが振り返るような美貌で王太子妃になる事が約束されたも当然の……」
「…………なれないよ」
その時、お姉様の言葉を遮るような声が入った。
「……はぁ?」
「…………君はなれない。そんな資格は初めから無いからね」
「資格ですって? ふざけないでよ! 誰よ!? そんな好き勝手な事を言うのは! 黙っていなさいよ!」
お姉様がもはや美しいとも思えない醜悪な表情で勢いよく振り返り、その声の主に噛み付こうとした。
「この私に向かって何様のつもり────……!?」
「うーん、好き勝手な事を言ったつもりはないのだけどなぁ」
「え、あっ……お、お……」
お姉様の顔が盛大に引き攣る。
「何様ではなくて……王太子様? かな。どうも、スティスラド伯爵令嬢。賑やかだね」
このタイミングで登場したのはお姉様の意中の人、王太子殿下。
王太子殿下は先程の挨拶した時と違って冷ややかな目をお姉様に向けている。
その目に睨まれたお姉様の顔は一瞬で真っ青になった。
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