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28. お姉様は認めない
しおりを挟む「お、お父様、お母様、お兄様! そ、そこにいるなら、ルチアなんかに構っていないで私を助けなさいよ!!」
ちょうど向こうからお姉様のそんな声が聞こえて来た。
こんな時でもお姉様は上から目線なのだな、と驚く。
「リ、リデル……」
お父様が情けない声を出す。そしてやっぱり足は動かさない。
……その時思った。
あぁ、この人の……いえ、スティスラド伯爵家の人間の“愛情”ってこんなに薄っぺらいものだったのね、と。
旦那様が私にくれる愛情を知った今では、そのペラッペラな薄さが余計に際立つ。
そう思った私は旦那様に感謝を伝えたくなった。
「旦那様……私、旦那様と出会えて良かったです」
「ルチア……」
私を抱きしめる旦那様の腕にグッと力が入った。
「初めは“間違い”だったのかもしれません。でも今は思います。間違えてくれてよかった、と。そういう意味ではお姉様に感謝しなくてはいけないかもしれませんね」
私が笑顔でそう言ったら、旦那様は苦笑した。
「なら、俺はろくに調べる時間を与えてくれなかった殿下に感謝するべき……かな?」
「そうですね」
もし、お姉様がユリウス様に私の名前を騙らなければ。
もし、求婚前にユリウス様が“ルチア・スティスラド伯爵令嬢”の事をきちんと調べていたら。
私達は出会っておらず、私はこんなにも優しい愛を知らずに今も孤独に……いいえ、ユリウス様では無い別の人の所に嫁がされていたかもしれない。
(もう、あなた以外は絶対に嫌……)
「旦那様……」
「ルチア」
旦那様の背中に腕を回してギュッとお互い強く抱きしめ合うけど、そんな時間は長くは続かない。お姉様の怒鳴り声が聞こえてきた。
「ルチア! この私がこんなにも酷い辱めを受けているというのに、私の目の前で何してんのよ! ふざけんじゃないわよ!」
「お姉様……」
「殿下もよ……! この私が醜いだなんて! どこに目をつけてるのよ!」
遂にお姉様は殿下にまで暴言を吐き出す。
「そんなんで将来この国を……」
「や、やめろ! リデル……! それ以上は口にするな!」
「いいえ! わたしを醜いなんて言う殿下の目はどう考えても節穴だもの!」
「……」
焦ったお父様がお姉様の発言を止めようとするけれど、もう遅い。
お姉様の吐いた暴言はしっかり殿下も耳にした。
呆れてしまったのか、もう口を聞く価値も無いと思ったのか、特に言葉を発する様子は無いけれど、冷めた目でお姉様の事を見ていた。
「終わった……我が家は終わりだ……」
「どいつもこいつも……何なのよ……!」
項垂れるお父様を無視して、完全に被っていた猫が逃げ出し、本性が顕になったお姉様が怒鳴り散らしている。
殿下が口にされたように今のお姉様はとっても醜い。
ううん、本当はずっと醜かったのだと思う。ただ、誰もが騙されていただけ。
「……お姉様はどうして今、自分がこんな状況になっているのか分かっていないのですか?」
「は?」
「何かある度に、私をこきおろしては蔑む……お姉様は何をしたかったのですか?」
親の愛情を妹に取られるのが嫌……
お姉様が私にしてきた事はもうその域をとっくに超えている。
狭い世界にいた時は気付けなかった。これが当たり前だと思っていた。
でも違う。
公爵家で生活するようになって私は“愛”を知った。
私のいた世界は当たり前なんかじゃなく異様な世界だった。
「何かあれば必ず私を盾にして悪者にしたてあげ、したくもない格好と化粧をさせられて……時にはお姉様の引き立て役として連れ歩く……どうしてこんな事ばかり!」
「……」
お姉様は答えない。
こういう所はお兄様とそっくり!
「……ルチアの美しさを妬んだのか?」
「……!」
旦那様の質問にピクッと身体が反応するお姉様。
「さっきから聞いていれば、君の発言は“自分は美しい”そればかりだ。王太子妃にもその美貌だけでなれる、とも言っていたな」
「……私が美しいのは事実ですもの。実際、私の美貌に負けたと思って、お妃候補から身を引いた令嬢も多かったもの」
「見た目だけはな。だが、ルチアはお前とは違う。それを一番分かっているのは自分自身なのではないのか?」
「……ふっ! 冗談はやめてくださいな、ユリウス様」
ふふ、とお姉様は笑いだした。
「ルチアが美しい? どこがですの? この子は昔から可愛さもなく……」
「そうやってお前は、何度も何度もねちっこくルチアに自己暗示をかけさせたのか」
「…………何ですって?」
旦那様の言葉にまたしてもピクッと反応するお姉様。
「今のお前の姿がとても、醜いと感じるように、内面からの美しさというものはあるからな。お前は、それを感じ取り、わざとルチアからずっとそれを奪い続けて来たんだ。そのせいで自信を奪われたルチアが本来持つ美しさは、お前の影に隠れるようになった……そんな所だろう?」
──あぁ、そっか。
私はいつもお姉様の言葉をそのまま受け止めて自分を否定して来た。
“私は愛されない” “私は可愛くない”
そんな後ろ向きでいる私が誰かに美しいと思われるはずなんてなかった───
「ま、まあ! ……ど、どうして私がそんな事を? 人聞きの悪い……ルチアは私にとっては可愛い妹よ?」
ここまで言われても、お姉様は自分のした事を認めようとはしない。
「滑稽だな。今のルチアをよく見てみろ。公爵家の指輪をはめて、俺の色の装飾品を纏って輝いているルチアを」
「……!」
お姉様の顔が醜く歪んだ。
「お前のように、いかにも金をかけましたと言わんばかりのゴテゴテのドレスや装飾品が無くてもルチアはこんなにも綺麗だろう? 何故、それを認めようとしない?」
「……」
「リデル……お前がそこまでしてルチアを陥れる理由は……」
旦那様がそこまで言いかけた時だった。
「…………リデルは確かに子供の頃から可愛くて綺麗で将来は国一番の美人になるとチヤホヤされてきた」
この声は……!
後ろから聞こえて来た声に私は慌てて振り返る。
「お兄様……?」
まさか、ここでお兄様が喋るなんて……!
けれど、俯いたままボソボソ喋るお兄様の表情はよく見えない。
「リデルは性格も甘え上手だったから、父上も母上も俺も……周囲の誰もがリデルをそう言って甘やかした。そして実際、リデルは美しく成長した」
「……」
それを聞くと思う。お姉様は、本当に挫折する事が無かったんだわ。
「一方、ルチアは目立たず大人しかった。リデルのように笑って甘えてくる事も……ない。しかもリデルに迷惑ばかりかける厄介者……ルチアが美しいなんて考えた事も無かった」
……そうね。
これがスティスラド伯爵家の人達の私への評価。
「ルチア……」
旦那様が心配そうな目で私を見る。
でも、私は大丈夫です、という意味を込めて微笑んだ。
今更、家族だった人達にどう思われようとも傷ついたりはしない。
「華のように明るく美しいリデルと、何を考えているのか分からない影に隠れた妹……」
お兄様が一旦そこで言葉を切る。
「だが、一度だけそんなリデルにとって、許せない事が起きた……もしかしたらリデルのルチアへの当たりはそれから更にキツくなった……のかもしれない」
「……っっ! お、お兄様!やめてよ! よ、余計な事は言わないで!」
ハッと顔色を変えたお姉様が慌ててお兄様の口を塞ごうとした。
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