【完結】美人な姉と間違って求婚されまして ~望まれない花嫁が愛されて幸せになるまで~

Rohdea

文字の大きさ
30 / 36

29. お兄様の語る過去

しおりを挟む


「お兄様……やめてよ!」

  お姉様はお兄様の元に駆け出してそれ以上語らせないようにと口を塞ごうとした。
  だけど……

「きゃっ……痛っ!」
「それは大変、興味深そうな話だな。是非とも聞かせてもらいたい」
「で、殿下!?  ……は、離して……離してください!」

  王太子殿下がお姉様の腕を掴んで止めてしまう。
  お兄様の口を塞げなかったお姉様が絶望の表情を浮かべた。

「……すまないが、この場にいる皆には、もう少しこのまま話を聞いていてもらおうか」

  パーティー参加者は明らかに困惑していたけれど、王太子殿下にそう言われて嫌ですとは誰も言えない。

「い、嫌!  は、離して……ください!」

  それでも唯一、お姉様だけは嫌です、と口にした。
  だけど、殿下はもちろん許さなかった。

「これまで、身勝手に天使を散々傷付けておいて、おいそれと許されると思うな!  スティスラド伯爵令嬢!」
「……え、て、ん?」

  ───ん?
  気のせいかしら?  今……?

「───コホッ……というわけで、いいから話を続けろ。スティスラド伯爵令息、カイリ!」
「……はい」

  殿下に促されたお兄様は顔を俯けたまま続きを語ろうとする。
  お姉様は、それでも必死にやめて、余計な事を言わないで!  と喚いている。

「……俺には歳も同じで領地も隣同士の仲の良い幼馴染の男がいました。家族ぐるみで仲が良く、彼はよく我が家にも遊びに来ていたのですが」
「……やっぱり……!  お兄様……やめてぇ……」

  淡々と続きを語り出すお兄様と、何を言われるのか確信したのか取り乱すお姉様。

「……ルチア、そうなの?」
「うーん……」

  旦那様に聞かれて、そんな人いたかしら?  と、考えて記憶の糸を辿るも、ぼんやりとしか思い出せない。
  確かに子供の頃によく遊びに来ていた人はいた気がする。でも、私には関係がなかった。
  だから、その人が何か?  そんな思いしかない。
  なので黙ってお兄様の話の続きを聞く事にした。

「…………よくある話です。リデルはそいつに恋心を抱いていました」
「~~お兄様!!」
「よく遊んでくれる年上の兄のような存在に憧れる事は何も別に珍しい話でもありません。リデルはとてもそいつに懐いていて、そいつもリデルの事を可愛がっていました……ただ……」
  
  そこでお兄様は一旦言葉を切る。
  そして、少し言いにくそうに続きを口にした。

「ある日、そいつは俺に言いました───」



─────……


『なぁ、カイリ。今日、久しぶりにルチアちゃんを見かけたぞ』
『ルチアを?』

  ルチアはあまり部屋から出て来ないのに珍しいな、と思った。
  そんな俺の気も知らずに彼はどことなく嬉しそうにペラペラと喋り続ける。

『俺、あの子は将来すっごい美人になると思うんだ』
『は?  ルチアがか?』
『そうだよ!  え……お前、いつも何を見てんの?』
『……何って』

  言葉に詰まってしまう。
  ルチアに対して興味が無い……とは言えない。
  だって俺にとってのルチアは本当に大人しくて、気付くとその辺にポツンといるな……くらいの存在でしかない。
  何かと『お兄様~!』と可愛く甘えてくるリデルとは大違いだ。

『美人になる……と言うなら、リデルの方だろ?』

  俺の言葉にそいつは、うーんと悩んだ顔をする。

『リデルちゃん?  あぁ……まあ、あの子もの美人にはなるとは思うけど、ルチアちゃんの方が絶対、美人で可愛くなると思う』
『……そうか?』

  正直、その言葉には半信半疑だった。

『そうだって!  何で分からないかなぁ。兄妹ってそんなものなのか?  ……そうそう!  だから俺、スティスラド伯爵家と縁組するなら相手はルチアちゃんがいいなと思ってる。父上に話してみようかなぁ』
『は?  本気か?』
『ああ!』

  リデルではなくルチアがいい?
  あんなに可愛く甘えてくるリデルより、ルチアがいいなんて。
  こいつの女性の趣味はよく分からないな……そう思った。
 

────……


「その時の俺は何も知りませんでした。この何気ない会話をリデルが立ち聞きしていた事も、リデルがそいつに恋心を抱いていた事も……」

  お兄様の語った話に驚いた。
  ───知らない。そんな話、私は一切知らない。
  要するに、お姉様が昔好きだった人が、私の方がいい。将来はお姉様より美人で可愛くなると口にした……
  そしてお姉様がそれを耳にしてしまって?

  (それがお姉様が私を執拗に追い詰める……理由?)

「…………俺のルチアに求婚……だと?」
「……だっ!?」

  ぐるぐる考えていたら、旦那様の低く呟いた声が聞こえて来てびっくりした。
  私は小声で旦那様を諌める。
 
「お、落ち着いてください。子供の頃の話ですよ?  ……そ、それに求婚された記憶はありませんので!」
「……そう、なのか?」
「はい。少なくとも私は何も聞いていません。それに私の中では名前も顔も誰?  といった感じでして……」

  その彼は結局、婚約を申し出なかったのか、それともお姉様が何かしたのか───……
  詳しくは分からないけれど、ただ、お兄様は過去形で話しているので、今はもう何らかの理由でその人との交流は無いのだと思う。

「……それなら、いいが………………面白くない」
「旦那様……?」

  これは、ヤキモチ?  もしかしてヤキモチなの?
  こんな時だというのにその事に嬉しくなってしまい、思わず頬が緩んだ。
  すると、旦那様がますます不貞腐れた顔をしながら、そっと私の頬に触れる。

「…………ルチア、なぜそんな可愛い顔で笑うんだ?  ま、まさか……その男の存在が嬉……」
「決まってますよ、旦那様が……ヤキモチを妬いてくれたからです!」
「!」

  私が満面の笑みで答えたら、旦那様がうっ……と恥ずかしそうに照れた。

「ヤキモチ……」
「あ、もしかして違いましたか?」

  私の早とちりだったのかしら?  とシュンっと落ち込むと旦那様が慌てて否定した。

「いや!  …………ヤキモチだ!」
「旦那様……」
「は、初めての感情に戸惑っただけだ!」
「……は、初めて?」
「あ、ああ。何だかどす黒い気持ちだ……」
「……」

  どうしよう!  やっぱり、とっても嬉しい。

「旦那様……嬉しいです」
「……ルチア」

  ふふふ、と、私達が見つめ合って笑っていたら、咳払いと共に王太子殿下の声が聞こえた。

「…………コホン、そこのイチャイチャ新婚夫婦。頼むから、それは家でやってくれ…………カイリに続きを語ってもらうのだが良いか?」
「「!」」

  その言葉に、すっかり二人の世界に入ろうとしていた私達はハッとする。
  王太子殿下はどこか呆れたような……いえ、どことなく羨ましげな目で私達を見ていて、そんな殿下に未だに腕を掴まれているお姉様は半泣きで私を睨んでいた。
  その口が「ルチアのくせに……」と動いていた。

 
  そして、気を取り直して、お兄様の話の続きを聞く。
  そんなお兄様、やっぱり表情は見えない。けれど、どこか顔色が悪いような気がする。
  気のせいかしら?  声もさっきより震えて──……まるで、この先は語りたくない……そんな様子にも思えた。

「……──そ、その日の夜、の事でした……」
「嫌っっ!  お兄様ーー!  もう、いいでしょう!?   これ以上は……」

  お姉様がさっきより顔を青くしてお兄様を必死に静止しようとする。
  それでもお兄様は口を開いた。それも、どことなく辛そうな声で。

「……ルチアが…………原因不明の腹痛で倒れたのは」

  しんっ……とした会場内にはお姉様の「やめてぇぇー」という声だけが響いていた。
しおりを挟む
感想 313

あなたにおすすめの小説

メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です

有沢楓花
恋愛
エセル・エヴァット男爵令嬢は、二つの意味で名が知られている。 ひとつめは、金遣いの荒い実家から追い出された可哀想な令嬢として。ふたつめは、何でも綺麗にしてしまう凄腕メイドとして。 高給を求めるエセルの次の職場は、郊外にある老伯爵の汚屋敷。 モノに溢れる家の終活を手伝って欲しいとの依頼だが――彼の偉大な魔法使いのご先祖様が残した、屋敷のガラクタは一筋縄ではいかないものばかり。 高価な絵画は勝手に話し出し、鎧はくすぐったがって身よじるし……ご先祖様の石像は、エセルに求婚までしてくるのだ。 「毎日磨いてくれてありがとう。結婚してほしい」 「石像と結婚できません。それに伯爵は、あなたを魔法資源局の粗大ゴミに申し込み済みです」 そんな時、エセルを後妻に貰いにきた、という男たちが現れて連れ去ろうとし……。 ――かつての救国の英雄は、埃まみれでひとりぼっちなのでした。 この作品は他サイトにも掲載しています。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます

珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。 そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。 そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。 ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。

【完結】教会で暮らす事になった伯爵令嬢は思いのほか長く滞在するが、幸せを掴みました。

まりぃべる
恋愛
ルクレツィア=コラユータは、伯爵家の一人娘。七歳の時に母にお使いを頼まれて王都の町はずれの教会を訪れ、そのままそこで育った。 理由は、お家騒動のための避難措置である。 八年が経ち、まもなく成人するルクレツィアは運命の岐路に立たされる。 ★違う作品「手の届かない桃色の果実と言われた少女は、廃れた場所を住処とさせられました」での登場人物が出てきます。が、それを読んでいなくても分かる話となっています。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていても、違うところが多々あります。 ☆現実世界にも似たような名前や地域名がありますが、全く関係ありません。 ☆植物の効能など、現実世界とは近いけれども異なる場合がありますがまりぃべるの世界観ですので、そこのところご理解いただいた上で読んでいただけると幸いです。

【完結】【番外編追加】お迎えに来てくれた当日にいなくなったお姉様の代わりに嫁ぎます!

まりぃべる
恋愛
私、アリーシャ。 お姉様は、隣国の大国に輿入れ予定でした。 それは、二年前から決まり、準備を着々としてきた。 和平の象徴として、その意味を理解されていたと思っていたのに。 『私、レナードと生活するわ。あとはお願いね!』 そんな置き手紙だけを残して、姉は消えた。 そんな…! ☆★ 書き終わってますので、随時更新していきます。全35話です。 国の名前など、有名な名前(単語)だったと後から気付いたのですが、素敵な響きですのでそのまま使います。現実世界とは全く関係ありません。いつも思いつきで名前を決めてしまいますので…。 読んでいただけたら嬉しいです。

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

姉の厄介さは叔母譲りでしたが、嘘のようにあっさりと私の人生からいなくなりました

珠宮さくら
恋愛
イヴォンヌ・ロカンクールは、自分宛てに届いたものを勝手に開けてしまう姉に悩まされていた。 それも、イヴォンヌの婚約者からの贈り物で、それを阻止しようとする使用人たちが悪戦苦闘しているのを心配して、諦めるしかなくなっていた。 それが日常となってしまい、イヴォンヌの心が疲弊していく一方となっていたところで、そこから目まぐるしく変化していくとは思いもしなかった。

【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

buchi
恋愛
ポーシャは、平民の特待生として貴族の学園に入学したが、容貌もパッとしなければ魔力もなさそうと蔑視の対象に。それなのに、入学早々、第二王子のルーカス殿下はポーシャのことを婚約者と呼んで付きまとう。デロ甘・辛辣・溺愛・鈍感コメディ(?)。殿下の一方通行がかわいそう。ポジティブで金儲けに熱心なポーシャは、殿下を無視して自分の道を突き進む。がんばれ、殿下! がんばれ、ポーシャ? 

処理中です...